第16話 作戦会議

「いやはや、まさかトイレから出たら賊が襲ってくるとはな。流石のわたしもこれは予想できなかったよ」


 と、フィーネの聖魔法を受けながらサラサ嬢は心底疲れ果てた様子でそう話す。

 まあトイレに行っている間にテロリストが襲ってくるなんて中二病の妄想のようなことが現実で起きるとは普通予想できないわな。

 そう考えていると。


「いや待った。その口振りだと君、勲章授与式の最中に会場を抜け出してたのか?」

「その通り勲章を貰ったらすぐ会場を抜け出したが……君は誰だ?」

「イアン・モーレフ! 表彰式で君の1つ前に殿下から勲章を貰ってただろ!?」

「ああ、そうだったか。すまない、どうも興味のない人の顔と名前を覚えるのは苦手でな」

「おまっ……!」

「い、イアンさん、落ち着いてください! サラサさんも悪気があって言っている訳では……」


 や、むしろ悪気がないからこそたちが悪いと思いますよ、フィーネさん。

 内心でそんなツッコミをしつつ、俺は改めてサラサに向き直る。


「ということは君はあのテロリストがこの建物に入ってくる瞬間を目撃していなかったということで合ってるか?」

「そういうことになるな。さらに付け加えるとわたしは奴らについて有益な情報を何一つ持ち合わせていない。助けてもらったにも関わらずなんの役にも立てず申し訳ない」


 サラサは口調こそ魔法・剣術実力試験で俺に絡んできた時と同じだが、その顔に本当に申し訳なさそうな表情を浮かべながら深く頭を下げた。


「いやいや、俺たちは損得勘定で助けたわけじゃないから。な、イアン?」

「まあそういうことだ。ただ助けてもらったことに感謝してるっていうのなら年長者には敬意を払って敬語を使うように」

「……なるべく努力する」

「あはは……」


 イアンとサラサのやり取りにフィーネが困惑した笑みを浮かべるのを横目に、俺は未だに気絶しているテロリストの身ぐるみを剥ぐ。

 捕まえた時は仮面やローブのせいで分からなかったが、共和国解放戦線のテロリストは俺たちと同い年くらいの男女だ。顔立ちも似ているから双子か年の近い兄妹あるいは姉弟だと思われる。

 まあ正直なところ彼らがなぜテロに加担しているのかについてはどうでもいい。問題は用意できた服が2着しかないということだ。


「うーん……」

「アッシュ・レーベン、あなたは何について悩んでいる?」

「いや、こいつらの服を着て仲間のフリをしながら脱出できないかなと思って」

「それは無理。この仮面には細工がされてあるから」

「細工?」


 サラサは仮面を手に取るとそれらに刻まれた魔法陣を俺たちに見せる。


「この仮面は予め魔術契約をした装着者が被った場合にのみ特殊な魔力波が発生して敵と味方を識別する術式が組み込まれている。あなたたちがこの仮面を被ったらすぐに敵だとバレる」


 パッと見ただけでそこまで分かるのか。

 流石は1年生でいきなり表彰式に招待される天才だな。


(しかしこれは困ったことになったぞ)


 適当に敵の装備を奪って楽に脱出しようという算段だったのだが、まさかそこまで手の込んだ代物だったとは。うーむ、これはどうやって脱出したものか……。


「サラサさん。その魔力がどこから供給されているのか分かりますか?」


 するとフィーネがハッと何かを思いついたようにサラサに問いかけた。


「……術式を解析してみる。少し待ってもらおう」

「お願いします」


 サラサはそう言って仮面に刻まれた術式について改めて調べ始める。


「フィーネ? 何か作戦を思いついたのか?」

「作戦……というほどのものではありませんが、その魔力の大本を断ったら混乱が起きて脱出の隙が出来るのではないかなと」


 そういえばフィーネは作中でもここぞという時に事態を解決するための打開策をとっさに思いつく展開が多かったな。

 今起きているテロリスト襲撃事件はキズヨル本編には存在しない完全に未知のイベントだが、それでもゲームと同じ発想力は失われてはいなかったか。


「なるほど。聞いた限りじゃ悪くない案だと思うけど……」


 フィーネの話を聞いてからサラサの方を見るが、彼女は首を横に振る。


「術式を解析してみたけど魔力は大講堂の壇上から供給されているようだ。常に動いているということを見るに恐らく何者かがその莫大な魔力を賄える何かを持っているのだろう」

「そうですか……。すみません、余計な手間を取らせてしまって」

「手間と呼べるようなことは何もしていない。気に病むことはないさ」


 しょんぼりするフィーネにサラサは自分が年長者の先輩であるかのように振る舞いながら、つま先立ちをして彼女の肩をポンポンと叩く。

 

(あの子、イアンの話をもう完全に忘れてるっぽいな)


 そんな呑気なことを考えていると俺も1つアイデアを思い付いた。


「ところでその供給元から膨大な魔力を流し込んだり出来るか?」

「相当な数の仮面に魔法を供給しなくてはならない以上、術式は簡素なものとなっている。第三者が魔力は流し込むことは可能……なるほど、そういうことか」


 俺の意図を察したのか、サラサはにやりと笑みを浮かべる。


「え? ど、どういうことだよ?」


 一方状況を把握できていないイアンは困惑したままだ。


「イアン、“魔力酔い”は知ってるか?」

「初等魔術教本に何度も書いてあったから当然知ってるよ。でも何で今それが出てくるんだ?」


 魔力酔いとは自分の力量レベルを遥かに越えた魔力を帯びたもの、または魔力そのものに触れた際に発生する酷い乗り物酔いのようなものだ。

 メタ的にはいきなりラスダンの魔王城に行けないようにしたり、後半で使用可能になる便利な移動ギミックを序盤から入手できないようにするためのものなのだが。

 ちなみに【秘匿領域】はどういうわけか魔力が存在しないため、あそこでどんなものに触っても魔力酔いを起こすことはないし、装備品や消耗品などで魔力酔いを起こすことは基本的にない。

 閑話休題。


「その供給元を奪って俺が一気に魔力を注いだらあいつら全員魔力酔いを起こすんじゃないかなって。サラサ、どうだ?」

「……きみほど強大な魔力を持つ者はそうはいない。恐らく成功するだろう。問題はどうやって檀上に向かうかということだが」

「―――ああ、それなら多分問題ないよ」


 俺は口角を上げながら窓の方を見る。

 それを見てフィーネとイアンは何故かひきつった笑みを浮かべたのだった。


 解せぬ。

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