第15話 夜会④

 “共和国解放戦線”


 『キズヨル』ではサブイベで間接的にしか触れられることのない勢力だが、このラクレシア王国で過ごしていれば一度は必ず耳にいれることになる隣国ヴァスキア共和国に拠点を置き、凶悪なテロを幾度となく実行しているテロリストだ。


 ヴァスキアは数年前まではこのラクレシアと同様に王政国家だったのだが、様々なが出回った結果革命が起きて共和国となった。

 しかし革命の旗振り役となった若い騎士たちにはお世辞にも政治の才能がなく、程なくして内ゲバが発生。ついにはかつての同士を闇討ちしたり、処刑台に送るなどの過激な手段を取るようになり、今では革命の中心核となった者は1人残らず墓の下に送られるという有り様。

 そして現在ではヴァスキアは各地域を支配する軍閥が主導権争いを繰り広げる戦国時代に突入してしまっているというわけだ。

 さて、その軍閥の中には共和制至上主義を掲げ、国境を越えてラクレシア側の農村からも若い男や子どもを徴兵という名の拉致を行い、軍資金調達という名目で荷馬車や商会を襲うなどの犯罪行為を繰り返しているテロ組織がある。

 とはいえ彼らがやることは辺境で賊と同レベルのことをするくらいで、兵士が多く駐屯している王都に直接乗り込むなんてことはこれまでしてこなかった。というか出来なかったのだ。

 なのにどうして今になって学院を直接攻撃するなんてことをしたのか。


「我々には共和主義の名の下にヴァスキアを卑劣な旧貴族や豪商共の支配から人民を解放するという崇高なる使命、否、天命がある―――」


 さて、会場では共和国解放戦線が夜会の場を占拠した後に仮面にフード付きのローブを纏った集団が雪崩れ込み、さらにそいつらを率いているリーダーらしきおっさんが壇上に上がって自分たちがした行いを正当化するように熱弁を振るっていた。

 

「な、なあ? オレらどうすれば……」

「……今は奴らの動きを観察していよう。幸い中にいる奴も外を取り囲んでいる奴も俺たちに気付いていないみたいだからな」


 先の大講堂に対する魔法を使った攻撃で構造物が破壊され、その時に生じた煙のおかげで上手く共和国解放戦線の連中の目を誤魔化せている。


(だけど……)


 しかし真下には武器を持った奴らの仲間が大勢いるのでこの煙が晴れたらすぐに見つかってしまうだろうし、その時は集中砲火を浴びてしまう。実力行使で突破するにしてもこの数を相手するのは面倒だし、フィーネたちを庇いきれる自信もない。


 というか本当にこいつらは一体どこから湧いてきたんだ?

 まるで今回の夜会の参加者、それも主宰に近い人間が予め潜伏させていたような……。


「アッシュ、どうする? このまま救援が来るまで隠れてるか?」

「……いや、ここで息を潜めていてもいずれバレる。煙がある間にどこか安全な場所に移動しよう」


 不安そうな顔で尋ねてきたイアンにそう返すと、俺は侵入できそうな部屋を探す。


(ん、あそこならフィーネたちを抱えて飛び移れそうそうだな)


 そしてちょうど目立たない位置に無人の部屋があることを確認した俺はフィーネたちを手招きする。


「アッシュさん、どうかしましたか? もしかして何かこの状況から脱する策を思いついたのですか?」

「ああ。というわけでフィーネ、イアン、ちょっと失礼するよ」

「へ? えええええ?!」

「は、はああああぁぁ……!?」



 そう言うと俺は2人を抱ながら駆け出すと、勢いよくバルコニーからジャンプした。



◇◇◇


「ん? 今そこのバルコニーに何かいなかったか?」

「鳥か猫と見間違えただけだろ。それより外からの構えをちゃんとしろよ」

「ハイハイ、わかってますよ」


◇◇◇


 そして衝撃を風魔法で相殺し、そのまま室内に突入する。

 思っていた通りこの部屋にあのテロリストの仲間はいない。それに外の連中も気づいていなさそうだ。


「おまっ、お前! 何かするなら事前に説明しろよ!」

「悪い悪い。時間が惜しくってさ」


 イアンの抗議を軽く流しつつドアに耳を当てて廊下に人がいるかどうかを確認する。


「あっ、あのアッシュさん。これからどうするんですか?」


 そうしていると今度はフィーネが何故か顔を赤らめながら今後の方針について質問してくる。


「あいつら仮面やらローブつけてただろ? あれを適当にパクって仲間のフリをしながら正面から堂々と出られないかなって」

「な、なるほど……」


 とは言ってみたもののこの部屋の近くからは人の気配を感じられない。

 何かしらの方法で潜伏しているという可能性もなくはないが、これは単純に周りに奴らがいないということだろう。

 この部屋は倉庫のようで保存食などが備蓄されている。水についても魔法で生成すれば何とかなるだろう。トイレは……、まあその時に考えるか。


(最悪救助が来るまでここで籠城するか?)

「……おい! ガキが逃げたぞ!」

「騎士団の詰所に駆け込まれる前に捕まえろ! 最悪傷物にしても構わん!」


 そう考えた矢先、ドアの向こうから複数人の足音と怒鳴り声が聞こえてくる。

 どうやら共和国解放戦線を名乗るテロリストが子供を追いかけているらしい。


「……イアン、頼みたいことが――」

「言われずとも分かってるよ。追われてる子供を助けたいんだろ? 喜んで協力するさ」

「ありがとう。それじゃ、俺がタイミングを見てドアを開けるからすぐに【ウインドロック】をぶっ放してくれ」

「了解」


 イアンにそう伝えると俺は近くの木箱にかけられていた長縄を手に取り奇襲の機会を伺う。


「あの、わたしはどうしたら――」

「フィーネは……物陰に隠れてもしもの時は魔法でサポートしてくれ。あと危ないから俺の前には絶対に出ないように」

「っ、はい……」


 フィーネは悲しげに返事をすると俺が言った通り大きな箱の後ろに身を隠す。

 それを見届けた俺は外の足音が近づいてきたことを確認するとイアンとアイコンタクトをとると勢いよく扉を開いた。


「なっ!?」

「こんなところにまだガキが……!?」


 廊下では仮面とローブを着たテロリスト2人が突然の事態に狼狽し、思わず足を止めてしまう。


「はあっ!」

「「ぎゃあ!?」」


 さらにそこにイアンが放った【ウインドロック】が直撃して2人は身動きを取れなくなる。

 そして俺は力任せにテロリスト共を壁に叩きつけて失神させると、すぐに縄で固く縛り上げて倉庫へと放り投げた。

 他に敵の姿はなし。あとは……。


「あんた、大丈夫か?」

「あ、ああ……。私なら問題ない」


 俺が声をかけると明らかに自分の身長と合っていない学院の制服を着た少女は肩で息をしながら立ち上がる。

 ……あれ? この格好にこの声、もしかして。


「まさかきみに命を救われるとは思ってもいなかったよ。アッシュ・レーベン」

「さ、サラサさん……?」


 そこにいたのは異端児、サラサ・エンフォーサー嬢だったのだ。

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