第14話 夜会③


「縄をほどいてやれ」

「はっ!」


 突然のアルベリヒら4馬鹿とエリーゼの登場に会場がざわつく中、エルゼスは従者にそう命じて彼らの手を縛る縄をほどく。

 しかし拘束が解かれたところですぐ側に片手に鞘を持った従者が付いているため、アルベリヒたちは自由に身動きすることは出来るわけではない。

 そのため彼ら――特にアルベリヒは殺意と憎悪が籠った視線を俺に向けてはいるが、それでも従者を押し退けてこちらへやって来る様子はない。


「さてお前たちも話は聞いていただろう。王家と貴族に連なる人間が決闘の誓いを放棄することなど許されない。今ここで約束を果たすのだ」


 エルゼスは明らかに挑発するような態度でアルベリヒらへ俺たちに謝罪するよう命令した。


「ぐっううう……」


 4馬鹿たちは俺たちに頭を下げなくてはならないということに怒りで歯を食いしばり、血が滲み出るほど拳を強く握りしめている。

 ……ま、いくら王太子エルゼスの命令でもあいつらが素直に謝ることはないだろう。

 このギスギスした空気の真っ只中に居続けるのは耐えられないし、ここは適当なことを言ってこの場を切り抜けよう。


「え、エリーゼ……?」

「ま、待つんだ! あいつに近づいたら――」


 ――そう思った矢先、これまで人形のように黙り込んでいたアルベリヒの呼び掛けを無視してエリーゼ嬢が突然俺たちの前に歩み出る。

 エリーゼのこれまでの行動からフィーネに何か危害を加えるのではないかと考え即座に警戒したが、彼女は俺たちの数歩手前で立ち止まると――。


「なっ!?」

「エリーゼ!?」


「度重なる愚行、本当に申し訳ごさいませんでした。この程度のことで赦されるような罪ではないと分かっておりますが、それでも謝罪させてください。申し訳ございませんでした」


 彼女は土下座をしながらあっさりと自分の非礼を認めて、俺たちに抑揚のない声で謝罪の言葉を述べたのだ。


(おいおい、こいつ今度は何を企んでいるんだ?)


 エリーゼの言葉を聞いて最初に感じたのは困惑と不安だった。

 あの女はこれまで言葉巧みに4馬鹿を操りフィーネを貶めたという前科がある。

 加えて馬鹿ではあるがこの国で最高位の権力者たちの息子4人を自分の逆ハーレムにしたことから相当に物欲や承認欲求が強いと思われる。

 そんな人間がこうもあっさり自分の非を認めて謝罪するだろうか?



(……というか、こいつ。だいぶ変な匂いの香水を使っているな。まるでポーションみたいな……)

「さあ、お前たち。エリーゼ嬢が謝罪したのだ。お前たちも約束を守り、頭を垂れよ」

「ぐっ、うううう……!」


 そんなことを考えているとエルゼスが4馬鹿に早く謝るようにと圧をかける。

 アルベリヒたちは屈辱で顔を歪めたり、血が滲むほど拳を強く握ったりするが、未だに土下座しているエリーゼの姿を見て嫌々ではあるが頭を下げていく。


「も……、申し訳なかった……」


 そしてアルベリヒたちは何とか声を絞り出して俺たちに謝罪の言葉を告げたのだった。



◇◇◇


「はぁ……」


 この夜会の最後の催しであるダンスパーティーが行われる中、「お手洗いに行く」と適当に理由をつけて人混みから抜け出した俺は1人バルコニーで盛大にため息をついていた。

 息の詰まる空間から脱出してようやく新鮮な空気を吸えたことで少しだけリラックスした俺は、そのまま夜風を浴びることにする。


 ――あの後、謝罪を終えたアルベリヒとエリーゼ嬢は再び従者たちによって何処かへ連れていかれた。

 そして大講堂を出る間際、アルベリヒは俺たちの方を見るとこう叫んだ。


『覚えていろよ、アッシュ! 貴様らの卑劣さと悪行は必ず暴いて見せるからな!』


 それが負け犬の遠吠えだということは誰の目にも明らか。はっきり言って気にする必要はない。

 だから「あのクズ野郎が頭を下げた!」とだけ考えてスッキリしているべきなのだろうが……。


(ああいう形で公開処刑みたく謝罪させられたわけだから変に勘繰る奴は出てくるだろうな……)


 ったく、エルゼスは一体どんな目的であんな注目を集めるような形で約束の履行をさせたのだろうか。

 おかげで俺は悪い意味でより注目を集めることになってしまった。


(あー、早く帰りたい……)


 仮病で途中退席することも出来なくはないのだが、そうすると「気も体も弱い」と他の貴族に盛大に舐められることになる。

 かといって素直に会場内で終わるまで過ごそうとすれば、待っているのは各界のお偉いさんに囲まれて窮屈な思いをしながら1時間過ごさなくてはならないという地獄だ。

 ひたすらダンスに興じるという手もあるが、俺にはその分野の才能はないし……。


(進むも地獄、戻るも地獄。どうしたものか)

「――アッシュさん」

「うお!? ふ、フィーネ?」


 そうして物思いにふけっていると突然フィーネに話しかけられる。


「あ、あれ? イアンと一緒にいたはずじゃ――」

「その、アッシュさんがどこか思いつめた顔をしていたのが気になって……」


 ……どうやら考えていることがガッツリ顔に出てしまっていたようだ。穴があったら入りたい。


「それでアッシュさんは何を悩んでいたのですか?」

「素直に白状するとどうしたらこの伏魔殿から脱出できるか、かな?」

「あ、あはは……。確かにここにずっとはいたくないですね……」


 俺の返答にフィーネは苦笑しながらも同意する。

 そうだ、周りに人もいないしエリーゼの行動についてフィーネの感想も聞いておくか。


「フィーネ。さっきのエリーゼの行動についてどう思った? 何でもいいんだ。感じたことを言って欲しい」

「エリーゼさんですか? ……そう、ですね。無感情というか何も感じたくないという強い拒絶の意思を感じました。それと……」

「それと?」

「あの人は心身共に弱りきっているという印象も感じました。……まるでわたしがアッシュさんと出会う前と同じように」


 ……心身共に弱りきっている。それもあの時のフィーネと同じように?

 もし何かされたとすれば、エルゼスに連行された後くらいだろうが……。


「おいアッシュ! いつまでそんなとこにいるんだよ! お偉いさん方がお前のことを探してるぞ!」


 そう考えているとイアンが俺たちの元へと駆け寄ってくる。

 イアンはかなり草臥れた様子で、どうやらここに来るまで色々な人に囲まれたようだった。


「……仕方ない。俺は一旦戻るよ。フィーネはどうする?」

「わたしはここでもう少し休んでから戻ります」

「わかった。それじゃ――」


 そこまで言いかけて、俺はバルコニーから見下ろせる学院の敷地の一角から光が発生するのを目撃する。

 それは猛スピードで大講堂上部へ目掛けて飛翔し、着弾と同時に激しい閃光を伴い爆発した。


「きゃあっ!」

「うぉっ!?」

「な、なんだあ!?」


 突然の奇襲に夜会の参加者や使用人の大半が混乱状態に陥る中、一部の人間はそれぞれの得物なのだろう杖や武器を持って会場を取り囲む。

 その中の1人、妙に貫禄のあるおっさんが剣を持って壇上に上がると完全に腰が抜けてしまっている貴族を冷たい目で見下しながら口を開く。


「我々は共和国解放戦線である! ラクレシア王国政府に告げる。貴公らは直ちに我々に対する敵対行動を取り止め民族解放のための聖戦に協力せよ! さもなくばこの場にいる人間全てを処刑する!」

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