第13話 夜会②

side.????


「いい加減真面目に答えろ。お前は、どこの誰から、【宝剣】の在処を聞かされた!?」


 夜会前日の夜。

 窓のない石造りの薄暗い部屋で、足を組んで椅子に座る仮面の男は苛ついた様子で机を強く叩く。

 それに男と机を挟んで対面に座っていた少女――エリーゼ・リングシュタットはその音にびくっとすると、萎縮しながら小さな声でぼそぼそと喋り始める。


「……本当、です。あたしは前世の記憶があって、それで……」

「はあ……。また指を折る必要があるようだな」

「待て、こいつに割けるグレートポーションはもうない。それにこいつはとっくに壊れている。これ以上尋問しても得られる情報はないだろう」


 仮面の男が椅子から立ってエリーゼへ手を伸ばそうとするが、暗闇に隠れていたまた別の仮面の男がそれを止めた。

 グレートポーションは伝説の光の聖女が使う聖魔法と同じ治癒効果があり、それにより怪我であればすぐに治すことが出来る希少なアイテムだ。最も精神的な損傷については別だが。

 これにより何度でも取り調べ・・・・を行うことが出来るのだが、もう1人の仮面の男はエリーゼに尋問をすることも、これ以上彼女のために使えるグレートポーションはないと話した。


「……確かにそうだな。ゼンセだのゲームチシキだの訳のわからないことをほざいているし、もう処分した方が―――」


「いいや、その女にはまだ利用価値がある」


 仮面の男たちがエリーゼの扱いについて話し合っていると、突然暗い室内に威勢のいい声が鳴り響く。


「で、殿下!?」

「このような場所に一体何のご用で……?」

「言ったであろう。その女に利用価値がある。だから最大限有効活用するのさ」


 そう言って声の主―――王太子エルゼスはエリーゼを優しく立ち上がらせると、何の抵抗もしない彼女を部屋の外へ連れ出そうとした。


「おっ、お待ち下さい、殿下! その者は宝剣強奪に関わった重罪人です! 国の威信にかけて厳罰にかけなければ―――」


 その態度を見てエルゼスがエリーゼを解放するのではないかと勘違いしたのか、仮面の男たちは慌てて立ち上がって止めようとする。

 一方のエルゼスは彼らの行動を予想していたのか、温和な笑みを浮かべてこう返した。


「そう身構えるな。お前たちの働きが無碍となるようなことは絶対にしないと王太子の名において約束しよう」



◇◇◇


「王立魔法学院2年生、アッシュ・レーベン。汝は魔法・剣術実力試験双方にて優秀な成績を収めた。王国のため、これからも奮励努力するように」

「はっ!」


 エルゼスの侍従から今日3度目となるお褒めの言葉を賜わった俺は3つ目の勲章を受け取る。

 剣術部門の表彰式はサラサというイレギュラーがいなかったので平穏に進み、総合部門表彰式も俺たちが慣れたこともあってかなりスムーズに終わった。

 だがこの夜会のメインディッシュと呼べるイベントはまだ始まってすらいない。……それを考えると胃が痛くなってきたな。


「続いて叙勲式を執り行います。アッシュ・レーベン、並びにフィーネ・シュタウト、前へ!」


 俺がその場で改めてエルゼスに跪くと、程なくしてフィーネの俺の側にやって来て同じように跪く。

 そしてエルゼスは侍従から書状を受け取ると重々しい声で話し始める。


「王立魔法学院2学年、アッシュ・レーベン。並びにフィーネ・シュタウト。汝らは賊に奪われた王家の秘宝を取り戻した。王家は汝らの功績を称賛し、両名に勇者勲章を贈呈、そしてアッシュ・レーベンに子爵の位を授けるものとする」


 そう言ってエルゼスは俺たちに立ち上がるよう促すと、勇者勲章と子爵位を現す貴族章を納められた箱を持った2人の侍従が慎重な足取りでこちらへやって来た。

 侍従たちはまず箱に入った勇者勲章を俺たちに手渡すと、続いて子爵位の貴族章を俺の服の胸あたりにつける。

 そして一連の工程が終わるとエルゼスは相変わらず何を考えているのか分からない不気味な笑顔で口を開く。


「これにて汝らはラクレシア王国が誇る当世の英雄となった。今後も国家と国民のため、どうかその力を貸して欲しい」

「はっ、謹んでお受けいたします」


 そう答えてみたものの、これからもこの国で一生を過ごすかどうかはまた別の話だ。

 エルゼスからは嫌な気配を感じる。

 アルベリヒらとはまた違う、無邪気で手加減というものを知らない子供のような気配が。


(多分こいつと一緒にいたら早死にする。賭けてもいいくらいだ)


 俺はエルゼスの不気味な笑みに必死に耐えながらフィーネともに叙勲式が終わるその時を待つ。

 


「ところで汝らは我が愚弟と先の決闘で約束をしていたそうだな」


 と、そこでエルゼスはまるでさっき思い出したかのような素振りをしながら俺に問いかける。

 約束、約束、……あ。


『では俺たちが勝った場合は殿下たちとエリーゼ嬢がばらまいた嘘やデマの否定と謝罪、そしてフィーネ・シュタウト嬢に二度と退学を強要しないこと、並びに彼女の関係者に危害を加えないことを約束していただきましょうか』


 そういえばあんなことを言ったな……。

 取り決めをした時には単純にフィーネに謝って欲しいという思いから出したものだったが、宝剣クリアの持ち出しでそれどころじゃなくなったからすっかり忘れていた。

 というか今このタイミングでそんな話をするっていうことは……。


「王家に連なる人間が決闘の定めを放棄するなど許されない。遅れてしまったがこの場で約束を果たさせてもらう」


 そう言ってエルゼスは指パッチンをすると、壇上の袖から従者が少年少女を引き連れて現れる。

 ――会うのはあの決闘以来だが見間違えるはずがない。

 そこにいたのは手を縛られた4馬鹿とエリーゼ嬢だった。


「……っ!」

(ったく、何でこのタイミングでこんなことをやるかなあ……)


 俺はアルベリヒからの殺意と憎悪が籠った視線に頭痛を感じながら、とりあえずこの場の流れに従うことにした。

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