第4話 列車強盗

 ――――ギャアアアアア!!


「うわっ!?」

「きゃあっ!」

「な、なんだ!?」


 王都を出発して17時間。途中何度も気分が悪くなり、その都度フィーネに『聖魔法』で介抱してもらうという何とも不甲斐ないところを晒しながら何とか乗り物酔いに耐えていると、列車がものすごい音を立てて急ブレーキをかける。

 野生動物にぶつかったのか、それとも人身事故? もしくは車両トラブルでも起こったのか?


『な、なんだ貴様ら! ここを何だと――』

『……うるせえな。黙ってろと言ったのが聞こえなかったのか?』


 そんなことを考え始めたその時、後方の客車から怒鳴り声と何かが破裂するような不快な音が聞こえてくる。


「おらよっと」


 次の瞬間、列車の扉を押し倒す形で一等車両に乗り込んでいた護衛と同じ格好をした男が胸を切り裂かれ、口から血を吹き出しながら倒れ込む。


「けけけ、こりゃ随分とご立派なものに乗ってるなあ……!」

「こいつはいい! そこらのものを適当に剥ぎ取っただけで結構な稼ぎになるぞ!」

「おいおい。そんな端金なんかよりあの成金貴族からひったくれる金の額の方を考えなさいよ」


 続いて現れたのは浮浪者のような格好をした男女3人。彼らの手には鞭やサーベルが握られていて、威嚇するようにその剣先を俺たちに向けていた。


「この、賊がぁっ!」


 浮浪者もとい列車強盗の女が苦し気に血混じりの息を吐く男の胸を踏みつけているのを見て激昂した護衛が、そう強く叫びながら剣を抜く。


「おい、まだ残弾があるんだろ? 今ここで使っちまいな!」

「へへ! 言われずともそのつもりでしたぜ、姉御!」


 女の言葉を聞いて小男は懐から毒々しい色をした卵を護衛の前へ投げつける。

 卵は床に着地した瞬間、紫色の煙を放ちながら姿を変えていき、やがてそれは巨大な植物型のモンスター『ギルティー・フラワー』となって護衛が持っていた剣を蔦の一振で弾き飛ばしてしまう。


「さあ、これで分かっただろ? この列車の支配者はアタシたちだ。命が惜しければさっさと金目のものを出しな!」


 女は最早脅威となり得るものがない確信したのか、鞭を振り回しながら俺たちに命令してくる。



「……アッシュさん。どうしますか?」

「どうするも何も金目のものを出したら本当に命を助けてくれるかの保証がない以上戦うしかないだろう。俺はあのモンスターと強盗を排除する。フィーネは怪我人の治療を」

「わかりました」


 シートに隠れて今にも飛び出しそうなフィーネを抑えつつ様子を確認した俺は、あいつらは面倒なことをせずとも倒せると判断して行動を開始した。


(幸い今は列車も止まってるからな……!)

「そこのガキ! 勝手な動きを――ぐあっ!」


 護衛が身動き出来ないでいる中、俺は近くにいた敵の元へ駆け出すとそいつの利き手の関節を外して無理やり武器を取り上げる。


「ちっ、まあいいさ! 馬鹿なことをしたと思い知らせてやろうじゃないか!」


 仲間(というより部下か?)が悶え苦しむ様を見て列車強盗の女は舌打ちをするが、すぐに態度を戻すと、モンスターに鞭を振るって俺を攻撃するように仕向けた。


『GAAAAAAAA!』


 『ギルティー・フラワー』はその薔薇のような頭部から毒液を飛ばしてくるが、それを風魔法の一種『シールド・トルネード』で弾き返す。


「はあっ!」

『Aa……AAAAAAAAAA!!』


 そして俺は床に転がっていた護衛用の剣を手に取ると、それでギルティー・フラワーを真っ二つに切り裂いた。


「は、はあ!? こ、こんな手練れが乗り込んでいるだなんて聞いてないわよ!?」

「あ、姉御……、オレらどうすりゃ……」

「っ、残りの弾を全て使いな! そいつらを持って帰るために仕事をしてるわけじゃないんだからねえ!」

「へ、へえ!」


 そんなやり取りをしながら小男はポケットからさっきと同じ毒々しい色の卵を床に投げつける。

 それらは『ギルティ・フラワー』と同様にその姿を変容させ、多種多様な植物型・昆虫型のモンスターに変貌すると一斉に俺へ襲い掛かってきた。

 パッと見える範囲だが出現したモンスターの平均レベルは15~20程度。間違いなくあんな列車強盗ごときが従えられるような力量のモンスターではない。


(もちろん負けるつもりなんてないけど。あと背後を洗うためにもこいつらの内の誰かは生け捕りにしないとな)


 ……当然のことだが、こちらは何もせず相手の会話が終わるのわざわざ待ってやる理由はない。

 

『キュイ?』


 最初に違和感を覚えたのは最前列にいた体長が1メートルはありそうな巨大芋虫、『ギガント・キャタピラー』だ。

 そいつはどれだけ必死に足を動かしても全く俺に近づけていないことを理解し、視線を自分の足元へと向ける。


 ここで彼ら、もしくは彼女らはようやく自分たちが置かれた状況に気づく。

 自分たちが風魔法『ウインド・ロック』を行使することで生じた竜巻により、列車強盗ごとある1点に引き寄せられているということに。


「な、こりゃあどうなって―――」

「このっ、アタシの体に勝手に触るんじゃないわよっ!」


 列車強盗たちの言葉も空しく、彼らは自分たちが呼び寄せたモンスターらと一塊にされてしまう。


「ほいっと」


 最後に俺は塊の頂上付近に小さな雷雲を発生させ電撃を浴びせ、列車強盗とモンスターをまとめて無力化する。


「さて、他に侵入者がいないか探すとしますか」


 そう呟いて俺は塊を片手で持ち上げながら残りの列車強盗をひっ捕らえるために他の車両へと向かうのだった。



♢♢♢



「アッシュ様、そしてフィーネ様。この度は賊を討伐していただき、本当にありがとうございました」


 襲撃から1時間後。あの塊を見せることで戦意を喪失した賊を一人一人厳重に拘束した後に魔道列車は移動を再開し目的地の駅に到着した俺たちは、応援で駆けつけていた自警団と鉄道警備隊の面々、そして駅長やその町の領主にまで感謝の言葉を述べられ、同時に握手を求められたりとまるでスターのような扱いを受けていた。

 ちなみに18人の賊――俺たちが最初に出くわした3人含む―――と、奴らに襲われて重症を負った護衛はフィーネの聖魔法により全員無事だ。

 最も列車強盗などという大それた犯罪をやらかした彼らはあそこで死んでいた方がマシだと思うような経験をすることになるだろうが。


「や、やっと解放されたな……」

「まさかもっと疲れる目に遭うなんて……」


 このまま祝宴に連れて行かれそうになったのを「お礼は後日改めてお願いする」と言って何とか臨時にあてがわれた宿屋入り口のベンチにまで逃げ出してきた俺とフィーネはベンチで息を整えていた。

 恐らくあの過剰なまでの持ち上げっぷりは自分の担当区画に賊が現れ、さらには一等車両付きの魔導列車が襲われたという失態を俺たちという英雄を演出することによって打ち消す狙いがあったのだろうが、そんなのこちらの知ったことじゃない。


「……あの、学生さん。少しよろしいかしら?」


 なんて考えていると、聞き覚えのある声で呼び掛けられる。

 声のする方に振り向くと、そこには一等車両に乗っていたあの夫人と女の子が立っていた。そういえばこの2人もこの宿屋に泊まることになったんだったか。


「えと、俺たちに何か用ですか?」

「用、というほどのことではないのだけれどお礼が言いたくて。あなたたちの勇敢な行動のおかげで私とこの子は救われたわ。本当にありがとう」

「いやいや、そこまで褒められるようなことでは。と、そうだ。怪我とかはされてませんか?」

「ええ。私もこの子もどこも怪我をしていないわ」

「なら良かったです」


 それにしてもこの人、やっぱりどこかで見た覚えがあるんだよな。

 直接会ったというものではない。画面、いや画像越しに会っただけというか……。


「あなたたち、王立魔法学院の生徒さんよね。王都の下町で父が仕立屋をしているから何か服で用があったら私の名前を出して頂戴。タダで仕事をしてくれるわ」

「はあ……」


 父親が下町の仕立屋? そんな身分の人があの魔導列車の一等車両に乗り込めるものなのか……?


「あら、いけない。私ったらまだ自己紹介をしていなかったわね」


 俺がこの2人の背景について怪しんでいると夫人は帽子を取り、痣ができている額を露にしながら自分と娘の名前を告げた。


「私はカルラ・レーベン。そしてこの娘はアイシャ・レーベン。どうかよろしくね」


 夫人が告げた彼女とその娘さんの名前。それは俺の兄、カール・レーベンの奥さんの名前だったのだ。

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