第9話 王都にて

「フィーネ、準備できたか?」

「は、はい! 今出ます!」


 ドア越しに声をかけると、少し慌てた声がした後に学院の制服を着たフィーネが飛び出してくる。

 

「……フィーネ。もしかして私服とかって持ってないのか?」

「えっと、持ってはいるんですけど孤児院で作業などで着ていたものですからその……」


 あー……、確かに孤児院時代の立ち絵やスチルを思い返してみるとフィーネの私服は王都だと悪目立ちしそうだな……。

 とはいえ私服なしだとそれはそれで困るよなあ。


「よし、決めた。この機会にフィーネの私服も買っちゃおう! 金なら俺が支払う!」

「え、ええ!?」


 キズヨルだとフィーネの私服姿は無く、デートイベントではもっぱら制服姿だった。

 まあフィーネの、というか王立魔法学院の制服のデザインは優れているし、外出した際に一目で身分が高い人間と分かるから色々と都合が利く。

 しかし学院の制服しか持っていないというのはそれはそれで面倒なことになるし、卒業した後のことも考えると私服を調達しておいた方が良いだろう。


「い、良いんですか? ドレスだけじゃなくて私服まで買っていただいて……」

「それくらいの余裕はあるよ。もし買ってもらうことが嫌だというのなら出世払いってことで」

「出世払い……。そ、それでお願いします!」


 フィーネは申し訳なさそうにしながらも俺の提案に頷く。

 さて、となると口座から金を引き出さないとな。


「坊っちゃま、お出かけになられますか」

「うん。多分夕方まで帰ってこないから食事の準備はしなくて構わないよ」

「わかりました。どうかお気をつけてください」

「ああ、わかったよ」


 見送りにきたレグナーにそう告げると、俺とフィーネは家の外に出た。

 今日は学院は休みとなっており自由時間は十分にあるから、納得のいくものを選べるだろう。


「えと、まずは何処に行くんですか?」

「とりあえず口座から金を引き出したいから冒険者ギルドに行きたいかな?」

「冒険者ギルドに口座が?」

「ああ、冒険者ギルドは冒険者向けに色々とサポートすることが目的に設立された組織だからな。そのサポートの1つに完全冒険者向けの銀行があるんだ」


 大手の商業ギルドが運営している銀行と違い冒険者ギルドが運営している銀行は登録したギルド内の口座からしか引き出せないというデメリットがあるが、その分開設する手間が殆どないというメリットがある。

 そして冒険者の中には文字の読み書きができない者や公的な証明書を取得できない者も少なくないので冒険者ギルド銀行は重宝されているのだ。

 事実、俺が口座を設立した時も血縁も何もないメイドを連れていっただけですぐに開設することが出来たからな。


「お、着いたな」


 冒険者についてフィーネに説明している間に俺たちは王都中央広場の一角にある冒険者ギルドにたどり着く。

 中央広場は今日も活気に溢れていて、様々な屋台が立ち並んでいる。


「それじゃ金を下ろしてくるわ。フィーネはここらで適当に時間を潰しててくれ。まあそこまで時間は掛からないだろうけど」

「わ、わかりました」


 フィーネに「ここで待っているように」と伝えると俺は冒険者ギルドの中へ入っていく。


「「「――――!!!」」」

「……相変わらずここはうるっさいなあ」


 ギルド内は併設された酒場で仕事を終えた、あるいは仕事初めの景気付けに酒盛りをする冒険者たちの騒々しい声とアルコールの匂いで満ちていた。

 うん、やはりフィーネを広場に待たせておいて正解だったな。この荒くれ者の集まりにフィーネを連れてきたらどんなことになっていたか。


 その光景を流し見しながら俺は総合カウンターへと向かう。


「あ! アッシュさん、お久しぶりですね。今日はどんな依頼をお受けしますか?」


 カウンターに立っていた俺と同年代で知己の受付嬢は笑顔を浮かべながら話しかけてきた。


「いや、今日は金を下ろしにきただけだよ。とりあえず金貨50枚引き出してくれないか?」

「わかりました。少々お待ちください」


 俺が自分の冒険者カードをカウンターに置くと受付嬢は一礼してから金を引き出すために奥へ引っ込んでしまう。

 

「おい、聞いたかい? ルーヴェン公国がこの国の冒険者を大枚はたいて集めてるらしいぜ」


 後は受付嬢が金を持ってくるのを待つだけだ。そう考えていると近くで黒いフードを被った冒険者が酒が注がれたコップを片手に大剣を背負った冒険者に話しかけ始めた。


「ルーヴェン公国って南の山岳地帯にある国だっけ? なんであそこがこの国の冒険者を集めてるんだ?」

「何でも共和国と一緒にこの国に攻め込もうとしてるとかで地理に詳しくて即戦力になる冒険者を集めているんだとか。あんたどうするよ?」

「うーん、今のところはパスかな。行くにしてももうちょい情報が集めないと」


 南の隣国がこの国に攻め込もうとしているだって? それが本当なら一大事だが……。


「お待たせしました、アッシュさん。こちら金貨50枚となります」

「あ、ああ。ありがとう」

「? どうかされましたか?」

「いや、何でもない。また何かあったらよろしくな」

「はい!」


 軽く挨拶をして俺はさっきの話について詳しく聞こうと黒いフードの冒険者を探そうとするが……。


(……いないな)


 既に周囲にフードを被った冒険者の姿はそこにはなく、大剣を背負った冒険者も仲間と合流して出発しようとしているところだった。


(この人混みだと探すのも一苦労しそうだな)


 さっきの話は頭の隅に置いておくとして、とりあえず今はフィーネのところへ早く戻ろう。

 そう考えた俺は冒険者ギルドを後にしたのだった。



「…………」



◇◇◇



「ごめん、待たせちゃったかな」

「いえ、大丈夫ですよ」


 ギルドを出てフィーネと再開した俺は軽いやり取りをして目的地の服屋へ向かおうとする。


「……」


 ……のだが、彼女の視線は食べ物を売っている屋台の方へと向いていた。


「何か気になる屋台でもある?」

「い、いえ!? そういうわけじゃ―――」


 フィーネはそう言って否定しようとするが、それを遮って可愛いらしいお腹が鳴る音が聞こえてくる。


「せっかくだし何か買ってこようか」

「……はい」


 というわけで俺たちは中央広場へ戻ると食べ物系の屋台を見て歩く。


「どうする? 何が食べたい?」

「えと、あそこの串焼きが気になります……」

「りょーかい。串焼きね」


 俺はフィーネが指差した屋台へ向かい、そこで売られていた豚の串焼きを2本買う。


「これで良かった?」

「は、はい。ありがとうございます。そうだ、お金……」

「これくらい奢るさ。それより早く食べないと冷めちゃうぞ」


 そう言って俺は串焼きにかぶりつく。

 うん、この甘過ぎもせず辛過ぎもしないタレと肉の旨味が合わさっていて最高だ。

 フィーネは何かを言おうとしたが、俺が旨そうに串焼きを食べているのを見て我慢出来なくなったのか彼女も食べ始める。


「美味しい……。それに昔故郷でお祭りの時に食べたものに似てて懐かしいです……」


 あー、ユージーンルートでそんなシーンがあったなあ。

 あのルートだとフィーネが攻略対象を屋台に連れていってユージーンに串焼きを渡して慣れない食べ歩きを楽しんでたんだったか。


「へえ、フィーネの故郷のお祭りってどんな感じだったものなんだ?」

「女神様に豊作を祈るお祭りで、普段は出ないような料理が出るんです。それで皆で踊ったりして、楽しかったなぁ……」


 フィーネは感慨深そうに故郷について話す。

 ……ふむ。


「フィーネは故郷に帰りたいと思ってたりするのか?」

「……どうなんですかね。帰りたいような帰りたくないような。ごめんなさい、曖昧な答えになってしまって」

「いやいや、俺の方こそ急に変な質問をしてごめんな」


 帰りたいような帰りたくないような。

 そして出会った頃から変わることのないこの畏まった口調。


 色々と気になる返答だが今はこれ以上深掘りしない方がいいだろう。


 そんなやり取りをしている間にも目的の服屋が視界に入る。

 

「ここが目的の服屋ですか?」

「そうそう。魔法学院の生徒御用達の服屋だからとりあえずここで買ったものを着てけば問題ないはずだ」


 と言って俺たちはそのまま服屋の中へと入っていった。

 内装はゲームと同じで高そうな男性もののスーツや女性もののドレスが綺麗に展示されている。


「あー、それでフィーネはどんなドレスが着たいんだ?」

「どんなドレス……」


 この台詞もゲームと口調以外は変わらない。フィーネは最初目立たなさそうとあまり似合わない地味なドレスを選ぼうとしたが、攻略対象に押されて白とピンクの少し派手だがそれでも彼女の容姿によく似合ったドレスを選ぶことになる。

 しかしこの世界はバッドエンド後という本来あり得ないルート。この世界線で彼女は果たして何を選ぶのだろうか。


「……あの、本当にこの中から選ばないといけませんか?」

「ん? ここのドレスのデザインは気に入らなかった?」

「い、いえ! そういうわけでは! ただその、わたしなんかが着たらむしろこの美しさを損なってしまいそうなくらいどれも綺麗で……。正直この制服もわたしにはもったいないと思っているくらいですし、これで参加した方がアッシュさんの負担にもなりませんし、ここのドレスももっと相応しい相手に選んでもらえて幸せになるでしょうから……」


 うん。謙虚なことはいいが、これはただ自分のことを卑下しているだけだな。

 となると俺の返事は……。


「フィーネ、1つ言っておくがどれだけ綺麗で高くても服は人間に使われるために作られた道具だ。人間が道具に気を遣う必要はない」

「そ、そうですか……?」

「ああ。だから君は自分に嘘をつかず正直に着たいと思ったものを選べばいい。それが皆が一番幸せになれる選択だ」

「皆が幸せになれる選択……」


 フィーネは俺の言葉を呟きながら改めて展示されているドレスを見始める。

 そして彼女はゲームで着ていたものと同じピンクと白のドレス……の隣にあった瑠璃色のドレスの前で立ち止まった。

 そのドレスはゲームのものとは違い露出度は低いが、間違いなくフィーネの美しさをより引き出せそうな一品だ。


 フィーネは深呼吸をすると店員にドレスを試着したいと申し出、奥の着替え室へ連れて行かれる。

 それから程なくして瑠璃色のドレスを着た彼女が戻ってきたのだが……。


「……!」

「あ、あははは。やっぱり似合いません、よね……?」


 などとフィーネは言っているがそんなことはない。正直に言って本編のドレスを着た彼女より今、目の前にいる彼女の方がずっと美しい。


「いやいやスッゴい似合ってるよ。」

「ほ、ほんとですか……?」

「マジマジ。フィーネ、ファッションのセンスあるよ」

「……アッシュさんがそう仰るのでしたら、このドレスにしようと思いますよ」


 フィーネは頬を赤らめながら店員にこれを買いたいと話す。

 うん、この調子なら私服についても俺が何かを薦めるよりフィーネに自由に選ばせた方が良さそうだな。


 ゲームでも見たことがない彼女の美しい姿を見て俺はそう実感するのだった。

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