第10話 罪と罰



side.アルベリヒ


「クソ、クソ、クソクソクソ、クソッ!」


 僕は怒りに駆られながら部屋の写し鏡を破壊する。

 何かを破壊しないとやっていられない。

 そうとしか言い表せられない気分だった。


 王立魔法学院大講堂の中……だと思われるこの窓のない部屋に閉じ込められる直前、僕とその仲間は不愉快でそして卑怯極まりない手段によって決闘に敗北した、ということにさせられた。

 その上、僕たちと仲間は【宝剣クリア】を強奪した犯人に仕立て上げられ、エリーゼとも引き離されてしまったのだ。


 彼らがどうなったのか、エリーゼが今どうしているのか、どんな扱いを受けているのか。何も知らされず、この部屋に監禁され続けるだけの毎日。

 僕の心の中にあるのはあんな訳のわからない卑怯な方法で僕たちから勝利を奪ったあのクズへの怒りと、今すぐエリーゼの元へ駆け付けたいという衝動だけだ。

 しかし部屋の扉は食事が届けられる時以外は外側から施錠されており、加えてその間もあの兄上直属の騎士が武装して見張っているので逃げ出す隙もない。


 結局僕に出来るのは激しい怒りに苦しみながらいつ出られるか分からないこの状況に耐えることだけだった。


「はあ、はあ、クソッ……!」


 鏡を割った際に破片が刺さったのか両手に痛みを感じるが、そんなことはどうでもいい。

 あのクソ野郎に報復を……! エリーゼとの再開を……!


『ガチャリ』


 その時、扉の鍵が開かれる音が聞こえてくる。

 おかしい。食事の時間にはまだ早いはずだ。なのにどうして扉が……?


「失礼いたします、アルベリヒ殿下。エルゼス殿下が応接室にお呼びです。ご同行を」


 そう考えていると突然騎士が部屋の中に入ってきて、僕に外へ出るように告げてきた。


「兄上が僕を……?」

「ええ。至急お越しになるようにと伺っております」


 兄上、いやエルゼス! あのクズに同調して僕たちを敗者に、そして宝剣クリアの強奪者に仕立て上げた愚かな人間……!

 だけどここで命令を拒否したら僕は一生この部屋から出してもらえないかもしれない。

 直感的にそう感じた僕は唇を噛み締めながら渋々頷き、部屋を出る。


「では参りましょうか」

「……ああ」


 騎士たちは僕の四方を陣取るように配置につくと応接室に向かって歩き出した。

 それは僕を守るというより僕が脱走してしまわないよう自由を奪っているようだ。

 いや、ようだじゃない。実際その通りなのだろう。


(クソ……、これじゃまるで囚人じゃないか……)


 王族に対してあまりにも非礼極まりない態度にさらに苛立ちを感じながらも、何とかそれを堪えて大人しくする。


「こちらです。どうぞお入りください」


 それから程なくして応接室に到着すると、騎士は僕に1人で入るように告げた。

 僕は仕方なくそれに応じて無言で扉を開け室内に入る。


「っ!?」


 そして僕の体が完全に部屋の中へ入るのを確認した彼らはすぐに扉を閉じてガチャリと鍵をかける。

 クソ、どこまでも囚人扱いかよ……!


「……アルベリヒ、か?」


 騎士の態度に改めて苛つきを感じていると弱々しい声が聞こえてくる。

 振り向くとそこには顔に大きな痣ができていて、まるで別人のように弱々しい態度の友の姿があった。


「お前、ユージーンか!?」

「あ、ああ……。そうだ……」

「そ、その顔の傷は……?」

「これは……、親父に殴られたんだ。家宝を壊した上に家を危機に陥れた罰だってな。レコンやデイヴィットもオレと同じように殴られて、それで今日まで屋敷の物置に閉じ込められていたんだ」


 そこで僕はようやく他の仲間――レコンとデイヴィットが部屋の奥の席にいることに気づく。

 彼らの顔にもまた大きな痣があり、そして席に座り俯いたまま一言も喋らないでいる。

 


「……すまない。君たちが大変な目に遭っていたというのに僕は……! 本当にすまない……!」

「アルベリヒが気にする必要はない。悪いのはあの卑怯者の――」


 ちょうどそのタイミングでユージーンの言葉を遮るように外が騒がしくなる。

 それから少しして再び鍵が開けらられる音が聞こえ、僕をこの応接室に連れてきた、いや連行と言った方がいいだろうか。ともかくその騎士たちが室内にぞろぞろと入ってきた。

 そして彼らは僕たちが逃げ出さないように扉の周りに陣取ると、奥から周囲の騎士より頭1つ高い鳶色の髪のあの人がこちらへやって来るのが見える。


「ふむ。全員元気そうで何よりだ」


 あの人――エルゼスは僕たちの姿を見て笑いながらそんなことを言ってきたのだ。

 僕たちのどこが元気そうだと……? 何よりとはどういう意味だ……!

 思わずそう叫びたくなるが、エルゼスの前に武装した騎士が2人立ち塞がり押し騙されてしまう。


「…………っ!」

「ほうら。そんな目付きが出来るんだから元気だろう?」


 エルゼスはそんな僕らを嘲笑いながら見下すと、あいつの後方に控えていた騎士に誰かを連れてくるようにハンドサインをする。


「……兄上、僕たちを集めて一体何をさせようというのですか?」

「いや何、お前たちが先の決闘で済ませていないことがあったのを思い出したからな。今日はそれをさせに来た」


 そう言ってからエルゼスは騎士に連れてこさせた者を僕たちの前に突き出す。


「エリーゼ! 良かった、無事だったんだな!」


 僕はエリーゼの元へ駆け寄り強く抱きしめる。


 ……彼女は間違いなくエリーゼだった。

 その姿は僕たちと引き離される前と全く同じで、その華奢な体には傷一つ付いていない。それを確認できた僕たちはホッと安堵する。

 ただ気になるのは彼女が妙な匂い、強いて言うならポーション・・・・・に似た香りの香水を付けていたということ。

 そしてエリーゼが何も喋ることなく、僕にハグされても何の反応をすることもなく、その場に立ち尽くしているということが少し気になった。


「感動の再開が叶って何よりだ。それでは私についてきてもらおうか」

「エルゼス殿下。我々に一体何を……?」


 エリーゼの無事を確認できて少しだけ元気を取り戻したデイヴィットが恐る恐る兄上に尋ねる。

 それに兄上は変わることなく笑みを浮かべながらこう返した。


「言ったであろう。先の決闘でお前たちがまだ済ませていないことをしてもらう、と」

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