第11話 初めての夜会
「あ、アッシュさん……。その、本当に今さらなんですけどやっぱりこのドレスはわたしなんかには派手過ぎるような……」
「全然そんなことない。むしろもうちょっと飾り気があっても良かったくらいだと俺は思うよ」
夕方、レグナー夫妻に頼んで正装の着付けをしてもらった俺たちは学院が家に寄越した馬車に乗って成績上位者表彰式のパーティー会場となっている学院大講堂へと向かっていた。
フィーネのドレスは昨日選んだゲームで着ていたものとはやや違う瑠璃色を基調としたもので、今日はそれに加えてちゃんとした化粧もしている。あの王都の路地裏で感情の死んだ目でボロボロの服を着ていた女の子と目の前の美少女が同一人物だとは我ながら信じられない。
一方俺が着ているのはごく普通の黒の燕尾服で特別語るようなものは何もない。
「あ、あの、表彰式には一体どれくらいの人が来られるんですか……?」
「えっと、確か100人くらいだったかな?」
うん、ゲーム内でも『100人前後が参加する』と言われていたから多分それで合ってるだろう。
「ひゃ、100人もの方にこの格好を……!?」
フィーネはパーティーの参加人数を聞くとさらに恥ずかしさで顔を真っ赤に染める。
うーむ、別に恥ずかしがるようなところはないのに何がそこまで気になるのだろうか。
「そのドレス、そんなに着るのが嫌だったのか?」
「い、いえ! このドレスはとても綺麗だと思っています。ただ……」
「ただ?」
「ド田舎の芋娘がこんな格好をしてたら、その、笑われそうだなって……」
……まさかそんな理由で恥ずかしがっていたとは。ゲームではここまで気にしていなかったはずだが。
いや、このフィーネはバッドエンドを迎えていたのだったか。それに俺が彼女を見つけるまでは……。
「フィーネ、まず君は相当な美少女だということを自覚すべきだ。そしてもし君を嘲笑うような奴がいたとしたら俺がそいつを黙らせる。だからもっと自信を持っていいと思うよ」
「びっ!? えと、あの、それは本気で言っておられるのですか……?」
「もちろん、本気で言ってるよ」
「そ、そうですか……」
俺がそう言うとフィーネはさらに顔を俯かせてしまう。
おや? 励ましたつもりだったのだが……?
と、そこで馬車の車輪が止まる音がした。
続いて馬車のドアが開けられ、王太子の侍従が俺たちに一礼してキャビンから降りるように促す。
「フィーネ、行こう」
「は、はい……」
俺はフィーネに手を差し出すと、彼女は震えながら手を掴む。
「……あの、手、離さないでくださいね?」
「勿論。だからほら、君も顔を上げて」
フィーネは覚悟を決めたのか、恐る恐る顔を上げる。
「わぁ……綺麗……」
そして彼女の意識は今日この日のためだけに取り寄せられた様々な装飾により華麗に彩られ、豪華な宮殿へと大変身を遂げた学院大講堂へと向けられた。
1日だけとはいえここまで豪華な建物は王国内でも王城を除いて存在しないだろうからな。目を輝かせる理由はよく分かる。
「内装はもっと凄いぞ。さ、行こう。フィーネ」
「はいっ!」
ようやく元気を取り戻してくれたことに内心安堵しながら俺はフィーネと共に大講堂内へ入っていく。
王立魔法学院の大講堂は入学式と卒業式、それと実力試験成績上位者表彰式と稀に王族や上級貴族の子が主催する夜会以外で使われることはなく、俺のような下っ端貴族が近づくことすら滅多にない。
だからゲームとして一度見ているとはいえ、この豪華さには目を奪われてしまう。
「おーい! アッシュ! フィーネちゃん!」
そうして暫くあちこちを見学していると、俺たちの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
声が聞こえた方を向くと、そこには大きく手を振るイアンの姿があった。
「おう、イアン。もう来てたのか。早いな」
「オレは学院寮から直接来たからな。ところで……」
イアンは俺の背後にあるものをどうにか見ようとしている。
「どうした? 俺の後ろに何かあるのか?」
「何かあるっていうか……、フィーネちゃんは何でしゃがんでるんだ?」
言われて振り向いて見ると、そこには俺の手を掴みながらまた恥ずかしそうにしてしゃがんでいるフィーネの姿があった。
「フィーネ……」
「ご、ごめんなさい! 知ってる人に見られてると思うとまた恥ずかしくなってきちゃって……!」
これはまた重症だな……。そんなことを考えていた俺はそこで入り口の方がざわついてるのに気付く。
「君! 本気でそんな格好で式典に参加するつもりか!?」
「たわけ。服装は自由でいいと書いたのは貴様らだろう」
「だからといってそんなだらしない格好で王太子殿下の前に出るのは――」
見るとそこには一昨日と似たようなサイズの合ってない服装にぼさぼさな髪と、とてもパーティーの参加者とは思えない格好のサラサ嬢の姿が。
「見ろ、フィーネ。世の中にはあんな格好でも堂々と教師と口論が出来る人間もいるんだ。だから君はそこまで恥ずかしがる必要はないんだよ」
「いや、アッシュ。あれはサラサ嬢の胆力? がおかしいだけだと思うぞ……」
サラサ嬢の常識はずれな行動とそれを咎める教師との口論を眺めてつつそんなことを話していると、王城のBGMと同じ曲を宮廷楽団が演奏し始めた。
それに合わせて周囲の人間が直立不動で奥の入場口の方を見始めたので、俺はフィーネを立ち上がらせると彼らと同じようにする。
『王太子殿下、入場』
風魔法を応用して拡声されたアナウンスが会場に響き渡り、周囲の空気は先ほどまでの騒々しいものから一変して厳かなものへと変化していく。
王太子エルゼスの姿が見えると全員彼に向かって深く頭を下げる。
エルゼスが壇上に設けられた一際豪華な椅子に着席すると学院長が原稿を持って現れ、一礼してから彼の前に立ち式典開始を告げる演説を行う。
「王太子殿下の御臨席を仰ぎ、王立魔法学院魔法・剣術実力試験並びに勲章授与式の開催を行うにあたり―――」
……さあて、いよい夜会の始まりだ。気合いを入れて乗り越えるとしよう。
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