第8話 一時の安らぎ

「それじゃまあ、全員良い結果を出せて試験を終えられたってことで乾杯!」

「「乾杯!」」


 俺とイアン、そしてフィーネはそれぞれジュースや菓子などを持ち寄り学院寮の俺の部屋でお疲れ様会をしていた。

 今は王都の家から通ってはいるが学院寮の部屋自体は変わらず普通に使えるし、清掃についても各部屋に取り付けられた生活魔道具によって自動で掃除されるのでいつでも暮らせる状態に整えられている。

 メタ的に見るとこの便利機能はシナリオ終盤でフィーネが学院を一時離れるイベントがあり、その後に学院寮へ戻った時に掃除云々の話をするのは流れが悪くなるからということで付けられたものなのだろうが……。


(ま、小難しいことはどうでもいいや。今はこの宴を楽しもうじゃないか)


 と、思考を停止させると俺はフライドポテトをつまみながら炭酸ジュースを口に流し込み、口内の塩味と油を洗い流す。


「それにしても本当に良かったよ。ここにいる全員が各試験と総合成績でトップ5に入ることが出来て」

「アッシュさんの修行があってこそですよ。ね、イアンさん?」

「ああ。師匠の教えがなかったらオレは去年より成績が落ちていたと断言できるぜ」


 そしてしみじみと今回の実力試験の結果について話すと、フィーネとイアンは俺を褒め始めた。


「よせよ。おだてたところで何も出やしないぞ」

「冗談じゃないさ。お前の修行のおかげで明後日の成績上位者表彰式・・・・・・・・に出られるんだからな。前にゴルドの話をしたよな? 今回の成績発表でゴルド派に勧誘されてた家臣がオレのところに来てこう言ったんだ。『自分は若様についていきます』って」

「分かった。ならその感謝は素直に受けとることにするよ」


 そう言いながらもう一度炭酸ジュースが注がれたコップを口につけ、イアンも語っていたとあるイベント・・・・・・・について考えを巡らせる。


 王立魔法学院実力試験にて各部門、並びに総合成績が5位以上となった者には国王陛下が主宰する表彰式への招待状が届く。


 この式典は夜会も兼ねており、宮廷魔術師や騎士、高級官僚などが多数出席して将来有望な人材である成績上位の生徒に声をかけたり、あるいは逆に生徒側が出世街道を歩んでいる者たちとパイプを作ろうとするなど様々な思惑が動く場となっている。


 そしてこの表彰式で俺とフィーネは勇者勲章を授与され、そして俺はさらに子爵の位に叙されることになっているのだ。

 参加する面々は間違いなく常日頃から腹の内を探り合っている宮中の怪物。下手な失言をすれば後々大損失を招くことになるだろう。

 やめだ、やめ。ここで気が滅入ることを考えても何の得にもならない。


「ところでアッシュ、お前正装で行くのか?」

「一応親父が王立魔法学院に入学する時にモーニングコートと燕尾服を郵送してくれたからな。ちゃんと身なりを整えて行くよ」

「やっぱ正装じゃないと駄目かあ……。あれ、着てるとすっげー疲れるんだけど」

「それは俺も同感。でも王太子殿下が主宰する式典に私服や制服で出るわけにはいかないからな」


 実力成績上位者表彰式はこの国のトップである国王陛下が主宰される格式高い式典だ。

 今回は何故か・・・エルゼスが国王の名代として主宰するとのことだがそれでも位が高い式典であることに変わりない。

 いくら息苦しくても正装で参加しないといけないだろう。


「……ぁ、あの。制服じゃ駄目なんですか……?」


 そこでフィーネが恐る恐るといった様子で俺たちにそう尋ねてくる。


「そりゃまあ王族がいらっしゃる式典だし、夜会の最後にはダンスパーティーも行われるからな。制服で出ると返って目立つし反感も買うだろうからドレスで参加した方が……」


 いや待てよ? さっきのフィーネの台詞、ゲームでも聞いたことがあるような……。


「も、もしかしてだけどフィーネちゃん。ドレスとかって――」

「……持ってないです」


 イアンが尋ねるとフィーネは恥ずかしさで顔を赤く染めながらこくりと頷く。

 あー、そう言えばあったな。フィーネのドレス購入イベント。

 成績上位者実力試験も表彰式も1年生の時に発生するイベントだからすっかり頭から抜け落ちてた。

 それにフィーネは今回勇者勲章を授与されることが決定している。そんな重要な式典に制服で参加、というわけにはいかないだろう。

 確かゲーム内だとその時点で一番好感度が高いキャラと一緒に街へ行ってドレスを買うんだったか。


「……おい、アッシュ。どうするんだよこれ? 流石に制服参加は……」

「……分かった。分かってるよ。どうにかするから」


 俺はイアンと声を潜めて話し合うと、まず時計を見てから次いでフィーネの顔をまっすぐ見据えて口を開く。


「フィーネ」

「ひゃい!?」

「もうさっきの話の流れから察しただろうけど式典に制服で参加はNGだ。だから……」

「だ、だから……?」


 俺は深く息を吸うと覚悟を決めてその言葉を彼女に告げる。


「―――今からフィーネのドレスを調達しにいくぞ」

「……へ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る