第5話 魔法実力試験③

「う、【ウォーターレーザー】っ!」

「シシリー・マグドレア、43点!」


 俺の1つ前の番号の女生徒は酷く怯えた様子で的に向けて水の初級魔法【ウォーターレーザー】を発射するが、それはお世辞にも魔法と呼べるものではなく前世の子供向けの水鉄砲のようなものだった。

 しかしそれでも40点貰えたのは恐らく後ろにいたのが俺だからだろうな。


「で、では次! 423番アッシュ・レーベン!」

「はい」


 そんなことを考えていながら呑気に魔法を見ていると、試験官が俺の番号を呼んだのであの決闘ぶりにコロシアムの闘技場へと向かう。


「そ、それではこの魔物型の的に得意な魔法を放つように!」

「わかりました」


 明らかにビビっている試験官に辟易しながらも、俺は貸し出された両手杖をしっかりと掴みながら空を見上げる。


(コロシアムの人間は魔道具で保護されている。なら全力でやっても大丈夫なはずだ)


 俺は上空の気象を確認すると、杖に埋め込まれた水晶の魔力操作を向上させる効果を意識しながら風魔法と水魔法を発動して鍋をかき回すように天をかき回し雲を集めていく。

 やがてコロシアムの上空は真っ黒な雲に覆われ、その規模はやがて王城やラスダンの魔王城を優に越えるほど巨大なものとなっていった。


「な、なんだよこれ!?」

「空が真っ黒に……!」

「あ、なんだよこれ……」

「女神様、どうかお助けください……!」


 観客席の生徒たちはその光景に怯え、ついには神頼みする者まで現れる。

 うーん、この規模の積乱雲だと6割くらいの威力しか出せないんだけど、これ以上混乱が酷くなる前にぶっぱなすしかないか……。


 俺は突き上げていた杖を目標の的に向けて振り下ろす。

 それと同時にコロシアム上空の黒雲から光が放たれ、視界を完全に奪う。

 続いて今度は鼓膜を破壊しかねない威力の音が鳴り響き、それらが収まる頃には一転してコロシアムの上空は晴天となり、そして場内は静寂に包まれる。


「的を交換せよ」


 緊張と恐怖で試験官も観客席も沈黙している中、最初に口を開いたのは試験官として参加していた老練の宮廷魔術師だった。


「こ、交換、ですか? 一体なぜ……」

「見て分からんか? その的はとっくに使い物にならなくなっておるぞ」


 老魔術師の指摘を受けて試験官は自己防御魔法を発動しながら的に手を触れる。

 その瞬間、的はその僅かな衝撃に耐えられず、裂けて粉々となりその場に散乱してしまった。


 あ、あれ? ゲームだと結構な攻撃を受けても耐え抜いていたから破壊は不可能だと思っていたんだけど……?


「ま、まさか……! あの的には宮廷魔術師が数人がかりでも破壊できないような特殊な魔導障壁が……」

「しかし実際に破壊されておるのだ。確か予備に製造された的があったはずだ。残りはそれを使って行えばいい」

「かっ、畏まりました!」


 そうして慌ただしく動き始める試験官に俺は恐る恐る肝心なことを聞くために声をかける。


「あ、あの……、ところで俺の点数は……?」

「満点だ。あれほどの大魔法をたった2属性で発動してみせるなど過去に礼がない。お主、卒業後に宮廷魔術師になってみぬか? これは冗談などではなく本気で言っておるぞ」


 それは紛れもなく最大級の賛辞だった。

 的を破壊してしまったことで失格と言われることを覚悟していたから正直かなり驚いているが、褒めてもらえるのならとりあえず良しとしよう。


「あっ、アッシュ・レーベン、100点!」


 老魔術師の言葉を受けて試験官は改めて俺の点数を声高らかに宣言する。

 かくして俺の魔法実力試験は少なからず混乱を生みながら終結したのだった。




◇◇◇



「アッシュさん、満点おめでとうございます! 凄い魔法でしたよ!」

「ああ。ありがとう、フィーネ」


 午前の魔法実力試験が終わり一時解散となった後、俺たちは学食でサンドイッチなどを購入し一目のつかない場所で昼食を取ることにした、のだが……。


「くそっ、せっかくトップ3になれるかと思ってたのに……」


 フィーネが屈託のない純粋な、まるで天使のような笑顔で俺を称賛する一方、イアンは魔法実力試験の結果に少し苛ついていた。

 史上初の満点を俺が叩き出したことでイアンの順位は3位にまで落ちてしまったわけだが、それでも全学年中3位という結果に満足していた。

 しかし最後の最後、500番の生徒、それも1年生がイアンを上回る90点の魔法を披露し順位が4位にまで落ちてしまったのだ。

 それでもトップ5に入れたのだから大躍進と言えるのだが、どうやらイアンはこの結果に満足していないようだった。


「……今さらだけど何で『魔法実力試験の稽古をつけてくれ』なんて言ってきたんだ?」

「オレの実家、まだ跡継ぎが決まってないんだよ」

「最初に会った時にモーレフ家の長男と言ってなかったか?」

「ああ、オレは間違いなくモーレフ家の長男だよ。だけど今ウチは分家の爺さんに乗っ取られつつあるんだ」


 イアンの話によるとモーレフ家の分家、カフス・モーレフ家の当主は宮廷魔術師として出世街道を歩んでおり、モーレフ家の一部の野心的な家臣たちは底辺貴族である将来性のない現当主を隠居させて将来有望なカフス・モーレフを次期当主に迎えようと画策しているらしい。

 そしてそのカフス・モーレフ家の当主、ゴルド・カフス・モーレフもまた本家を乗っ取ろうと陰謀を企てているとか。


「別にオレは平民になってもいいんだ。だけどゴルドは……、まだ10歳のオレの妹を自分の嫁にしようとしている。春に領地へ帰省した時、妹はオレに泣きついてきたんだ。行きたくないって……!」

「なるほどだから将来有望な魔術師として注目されてそのゴルドとやらの企てを阻止したかった、と。でも魔法実力試験でトップ5に入れたんだから目的は達成できたんじゃないか?」

「いやゴルドに付こうとしているあいつらの目を醒まして妹を守るにはもっと力が、功績が必要なんだ……!」

「イアンさん……」


 妹のため、そう言って手を強く握るイアンをフィーネは心配そうな顔で見る。


 ……分家が本家を乗っ取る、それ自体は別に珍しいことではない。領地持ちならなおさらだ。

 領民からすると上流階級とは縁のないぼんくらな領主より将来有望な人間を新たな領主に据えてより良い生活を送りたいだろうし、家臣からしてもそれは同じだろう。

 それにゴルドとやらが取ろうとしている手段は全くもって合法だ。

 10歳の娘を娶るということについても、貴族からすれば本家の血を残すという慈悲の現れと捉えられすんなり受け入れられる。

 そして何よりも致命的なことはゴルド派の家臣とやらを排除できないほどイアンの父親は家臣から慕われていないということだ。

 ゴルドを新たな当主に迎え入れたいという人間はイアンが想像している以上にいると見た方が良さそうだ。

 しかし功績、か……。


「おっと悪い、つまらない愚痴を聞かせて。アッシュ、お前がいなければ4位に入ることなんて出来なかった。本当に感謝してるよ。ありがとう」


 イアンはそう言って俺たちに頭を下げる。


「あの、イアンさん。わたしに出来ることがあれば――」

「フィーネちゃんは気にしなくていいよ。これはウチの問題だから。それと空気悪くしてごめんな、午後の剣術実力試験も頑張ろうぜ」


 そう言ってイアンは俺たちの元を去っていく。


「……アッシュさん。イアンさんのためにわたしに出来ることは何かあるのでしょうか……」


 知り会ってすぐの相手のことをここまで思いやられるとは。

 いやはやフィーネのヒロイン力は凄まじいな。……これはこれで不安だけど。


「無いわけでもない、けど」

「?」

「あいつはまだ自分の力で何とかしようとしている。ゴルドとやらの乗っ取りも今日明日の話じゃないだろうし今は純粋に応援してやった方がいいんじゃないかと俺は思う」

「そう、ですね。わたしもそうしようと思います」


『まもなく剣術実力試験が始まります。全生徒はコロシアムに集合してください』


 と、そこで風魔法を使って拡声されたアナウンスが校内に響き渡る。


「それじゃ、イアンが言ってた通り午後の部も頑張ろうか」

「はいっ!」

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