第6話 剣術実力試験①


 午後から行われる剣術実力試験では生徒は学院が用意した剣を使い、一定の耐久値が設定された防御結界に守られながら、全身甲冑を装備した模擬戦闘用のゴーレムと1対1で戦うことになる。

 決着はどちらかの結界か武器が破壊されるか、あるいは生徒が降参を宣言するかのいずれかで、採点は勝敗と試合内容で決められるという。

 そしてこの剣術実力試験では一切の魔法の使用が禁止されているのだ。

 つまり本試験で問われるのは個人がいかにその武器を理解しているのかという点と剣の技量と身体能力面での実力ということになる。


 と、まあまどろっこしい言い方をしたが、ゲームでこの実力試験はコマンド操作をミスらなければ簡単にクリア出来た。

 魔法・剣術実力試験は共に共通シナリオの1年生時にのみ発生するイベントで各攻略キャラと普通に交流していれば剣技習得イベントが直前に発生してそこでゴーレム特攻の技を習得できるし、魔法実力試験に至っては攻略キャラの誰かとある程度友好度を稼げていればスチルだけ表示されて終わってしまう超簡単なイベントだ。キャラ交流縛りなどの初周鬼畜難易度バッドエンド直行プレイをしている場合は別だが。

 とにもかくにも現在の俺のレベルとステータスはゲームクリアに必要な値にとっくに達している。

 だから剣術実力試験は楽勝でクリアできる、と最初は思っていたのだが……。


「それでは次、18番! サラサ・エンフォーサー、前へ!」

「……ぁぁ、一々騒ぐな。そう言われなくても」


 そんなことを考えながら、今回も寝たふりをして周囲の視線が視界に入らないようにしつつ問題を解決する方法を思案しようとしたのだが、俺含めて全生徒並びに教員や試験官の注目は闘技場に現れた1人の小柄な女子生徒へ向けられることになった。

 ボサボサな紺色の髪、制服も着崩した……というよりそもそものサイズが合っていないのではないかと思ってしまう格好、女児と勘違いしてしまいそうなほど小柄な体格、そして明らかにやる気のない態度。

 確かに容姿こそ魔法学院には珍しい生徒であるが、彼女が注目されている理由は別にある。


「あの子、すげえよな。1年生で90点を叩き出すなんて」

「あの水魔法と氷魔法を使った攻撃の嵐は凄かったよなあ」

「エンフォーサー家なんて貴族、聞いたことある?」

「噂じゃ超ド田舎で人も数えるくらいしかいない村の主だとか……」


 彼女、サラサ・エンフォーサーは午前の魔力実力試験で90点を与えられるほどの魔法を披露しトップ3に入ったことで期待の新人と注目されていたのだ。


(……サラサ・エンフォーサー、この子もゲームには登場していなかったキャラだな)


 ゲームの魔法実力試験はフィーネと攻略キャラが上位を独占し、6位以下のキャラについては触れられていなかったからイアンと同じようにモブキャラの中にいたのかもしれないが……。


「皆さん、サラサさんを注目してますね……」

「毎年実力試験の最高得点は70点辺りなのに今年は90点以上が3人。しかもその1人は新入生だからこうなるのも当然といえば当然だな」


 俺はフィーネと雑談をしつつサラサを注意深く観察する。

 恐らく俺と同類なのだろうエリーゼにより原作のストーリーから大きくかけ離れたこの状況、果たして彼女は転生者なのか、それとも4馬鹿がいなくなったことで日の目を浴びることになった「ただの天才」なのか。


「……ふむ」


 サラサ嬢は試験官から剣を渡されると、それをそのまま地面に置いて観察を始める。

 その行動に観客席から「何をしているんだ?」という困惑の声が上がるが、程なくして彼女は何か納得するように頷くと試験官へと振り向く。


「降参だ。私はペンより重たいものは持てない」

「なっ!? 本気で言っているのか!?」

「本気だ。そもそも私はここに魔法を学びに来た。剣で評価されたところで何の感傷にも浸れんよ」


 そう言ってサラサ嬢は採点を待たずコロシアムを去ってしまう。

 今思い返すと、彼女は午前の魔法実力試験でも貸し出された杖を持たずに魔法を使っていた。そしてあの小柄な体格、剣を扱えないというのは本当なのかもしれない、が……。


(実力試験後のあの・・イベントを回避するためにわざと棄権して点数を落とした。その可能性も捨て切れないな)


 仮に転生者だとしたらサラサ嬢の一連の動向は厄介ごとを避けているように思えるが、エリーゼのようにヒロイン乗っ取りを仕掛けてくるかもしれない。警戒しておくに越したことはないだろう。


「アッシュさん?」

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」

「……それってさっきのイアンさんのお話についてですか?」


 フィーネは真剣な顔でそう尋ねてくる。

 ……さて、どう返そうか。転生だとかの話をしても理解されないだろうし、根拠もなくサラサ嬢をエリーゼ同様警戒すべきとも言えない。


「いいや、考えていたのはフィーネのことだよ」

「うぇ!? わ、わたしのことですか?」

「魔力試験では2位。そんで剣術試験で高得点を叩き出せば色んなところからお誘いの声がかかるだろうなって」

「ま、またあんなことが……」


 フィーネは俺の言葉を聞いて俯いてしまう。

 そういえば魔力実力試験の後に色々呼び止められて随分とくたびれた様子で俺たちのところに来てたっけ。

 ……選ぶ言葉を間違えたな、これは。


『次、23番イアン・モーレフ!』

「ほ、ほら! イアンの番が来たから応援しようぜ!」

「そ、そうですね!」


 と、ちょうどいいタイミングでイアンの番が回ってくる。

 試験が始まると、イアンは貸し出された剣をゴーレムに向けて構え、相手が動き出すより先にその剣先を関節部に突き刺す。


「あれ? イアンさんの戦い方ってアッシュさんに似てますね」

「レベリングの時にちょっとだけ剣の扱い方も教えたんだ。相手の行動をよく観察して斬るんじゃなくて関節に突き刺す方が効率よく魔物を倒せるからな」

「ああ、そういうことですか」


 イアンの突きにゴーレムは防戦一方となり、やがてその手から剣を離してしまう。


「イアン・モーレフ、82点!」

「「「うおおお!!!」」」


 次いで発表されたイアンの点数に会場は大いに沸き立つ。


「イアンなら自分の力で家の問題を解決できると俺は思うよ。器量もいいし魔法や剣の腕もいい。ゴルドとやらから妹を守ることだって不可能じゃないさ」

「そうですね……。わたしもイアンさんを応援したいと思います」


 俺とフィーネはイアンに拍手を送りながらイアンの応援について話し合ったのだった。

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