第4話 魔法実力試験②
「や、やっと来られました……」
それから暫く地味な魔法が続き、うたた寝をしているとよく知った声が聞こえてくる。
どうやらここへ来るまで宮廷魔術師などに散々呼び止められたらしい。
まあ、あれほど美しい魔法を披露したのだからそれも当然と言えるが。
「お疲れ、フィーネ。それと史上最高得点おめでとう」
「あ、ありがとうございます。でもこれも全てアッシュさんが鍛えてくれたおかげですよ」
「いやいや、俺が教えたのはレベリングの仕方くらいだからあれは間違いなくフィーネの努力の成果だよ」
「そ、そうですかね……?」
そんなことを話している間に闘技場にイアンが現れる。
あいつは柄にもなく緊張した様子で学院の貸出品である両手杖を掴むと的の周囲に竜巻を発生させた。
「あの魔法は?」
「風魔法の【ウインドロック】じゃないかな? 効果は竜巻で獲物を拘束するってものだったはずだ」
イアンは風属性の魔法を最も得意としている。
そして【ウインドロック】は応用魔法として扱いこなすのが難しく、なおかつ使いこなせれば様々な用途で使用することが可能だ。
単純に敵を拘束したり、あるいは継続的なダメージを与えたり、さらには威力を調整してより高い場所へ荷物を運搬するといったことも出来る。
しかしこの手の応用魔法は応用魔法であるが故に習得したての者がこの手の試験で使用することが多く、そのため採点する者の目は初級魔法を使う時よりも厳しいものになるという。
だがその懸念はイアン・モーレフという男には不要なものだ。
あいつが魔法を変化させ始めると観客席に座る生徒や宮廷魔術師がざわつき出す。
「おお、あの若さでここまでの応用を……!」
「すげえ……!」
「あの子、何者!?」
イアンが放った【ウインドロック】は魔物型の的を闘技場の上空へ飛ばすと、溜め込んでいたエネルギーを解放するように無数のつむじ風へと分散し切り刻む。
そして【ウインドロック】を維持するための魔力が消失したことで魔物型の的は闘技場の元あった場所に真っ逆さまで落下した。
それに続いて観客席からはその華麗な魔法に対する歓声が起こる。
「イアン・モーレフ、80点!」
「うしっ!」
現時点でフィーネに次いで2番目に高い点数を叩きだしイアンはガッツポーズを取る。
というかフィーネの脅威の96点と比べると低く感じてしまうが、80点でもここ10年で最高得点だ。
「よお、アッシュ! やってきたぜ!」
「お疲れさん。訓練の成果はばっちり出てたな」
「ああ! これもお前に鍛えてもらったおかげだよ!」
それから少しして観客席に戻ってきたイアンは満足した様子で俺の肩を組んで話しかけてくる。
「つかあんた、もしかしなくてもフィーネ・シュタウト嬢だよな?」
「えっと、はい。そうです」
「そうかそうか、オレはイアン・モーレフ。モーレフ準男爵家の長男であんたの弟弟子だ。よろしく!」
「は、はあ。あの、弟弟子というのは……?」
「お互いアッシュを師匠にしてるからフィーネ嬢はオレから見たら姉弟子だろ?」
「あの、アッシュさん、これはどういう……?」
俺は溜息を吐いてイアンの頭を軽く叩く。
「おいこら、いきなりそんな風に説明されても混乱させるだけだろ」
「ててて、そうだったな。ごめんな、フィーネ嬢」
そう言って俺とイアンはフィーネは師匠と弟子云々の話の詳細を説明し始める。
――事の発端はコロシアムでの決闘の翌日、アルベリヒら4馬鹿の敗北の衝撃が学院中に伝わり動揺が本格化し始めた時のこと。
『頼む! 次の魔法・剣術実力試験まで俺に魔法の稽古をつけてくれ!』
何とイアンは俺に土下座してそのようなことを頼み込んできたのだ。
イアンは先の決闘の結末を知っているはず。それなのに普段通り馴れ合うどころか修行をつけて欲しいと頼み込んできたのだから、その時は正気を疑ったし、実際その場で「保健室に連れて行こうか?」と思わず聞き返しもした。
しかしイアンは「男として本気で頼み込んでいる」と土下座を止めず、俺も「そこまで言うのなら……」と彼の申し出を受け入れることになったわけだ。
だが俺は特別魔法の才能に優れているわけではない。そりゃレベルとステータスは作中ボスと比較して上の方ではあるが、言ってしまえば俺にあるのはそれだけだ。
そして実力試験まで残り僅かな期間でフィーネのように大強化することは不可能。
とはいえ教えられないことがないわけでもない。
レコンルートの中盤、賢者を目指すレコンと伝説の大賢者が残した秘伝の書を読むため、それが隠されたダンジョンに挑むというエピソードがあるのだが、そこで読める書物の内容は『魔法とは発動者の想像力が全て。最高の魔術師とは即ち最も優れた想像力を持つ者である』というこれまでの苦労は何だったのかと思わせるモノだった。
しかしこれはある意味で真理をついていたのだと、この世界で実際に魔法を使ってみて俺はそのことを強く実感することになる。
例えば初級火魔法の【ファイアーボール】などは何も考えずに使用しただけではただ火の玉が杖から飛ぶだけだが、『分裂した火の玉が高速で目標に飛んでいく』と強くイメージしながら使用するとその通りの結果を生む。勿論消費する魔力量は前者よりうんと増えることになるが。
だがこれは逆に言えば相応量の魔力を得てイメージトレーニングをすれば短期間でも魔術師として強くなることが出来るかもしれない。
というわけで俺はフィーネの時と同じように秘匿領域産の剣を貸してレベリングをして元々の魔力の総量を上げつつ、レコンルートの『秘伝の書』に則って魔法に関するイメージトレーニングを行うよう指示した。
そしてこの一連の修行の結果が先ほどイアンが魔法実力試験で披露した【ウインドロック】というわけだ。
そしてこのトレーニングは俺にとっても非常に良いものとなった。
「401番から500番までの生徒は闘技場前に集合してください!」
「と、もう俺の番か」
「期待してるぜ、アッシュ師匠!」
「が、頑張ってください!」
「ああ、まあやれるだけやってくるよ」
フィーネとイアンの激励にそう応えると、俺は案内された通り闘技場前へと向かう。
(さあて、今度は俺があのトレーニングの成果をお披露目するとしますか)
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