第2話 【貴族】と【勲章】
「お帰りなさいませ、坊っちゃま」
家に帰ると執事のレグナーが丁寧な所作で俺たちを迎えてくれる。
「ただいま、じいや」
「ただいま帰りました。レグナーさん」
当たり前の光景に安心感を抱きながらも、鞄の中にある物のせいで落ち着くことができない。
「じいや、人払いを。今日は誰も家にいれないでくれ」
「わかりました。では、フィーネ。こちらへ」
「はい! 今日もよろしくお願いいたします!」
レグナーは一礼するとフィーネを連れて居間の方へと向かう。
仕事を任せられるのならきっちりこなせるようになりたい。と、フィーネが言ったこと、そして彼女が奥さんの腰を回復魔法で治したことから、レグナーは「退職までに自分の仕事を全て教えたい」と張り切り、ああして放課後は管理人として様々なことを教えられている。
そしてフィーネが孤児院で家事や子供の世話などをやっていたことから「鍛えがいがある!」とレグナーはさらにやる気満々になっているようだ。
(と、こんなところでボーッとしてるわけにはいかないな)
俺は2人を見送ると急いで自分の部屋へと移動し扉の鍵を閉めると、鞄の中に入れてあった封書を取り出し、ペーパーナイフで中身を慎重に取り出す。
中に入っていたのは1枚の書状のみ。
その一番下に国王の名前と王家の家紋と同じエンブレムの封蝋がある。
それだけでも大変恐縮なのだが、それ以上に恐ろしいのは達筆な文字で書かれたその内容だった。
『レーベン準男爵家次男アッシュ・レーベン並びにフィーネ・シュタウトに此度の功績を認め勇者勲章を授与する。レーベン準男爵家次男アッシュ・レーベンにはさらに宝剣奪還の功を認め、ここにヴァイス子爵に叙す。また勲章授与並びに叙勲式は近く行われる王立魔法学院魔法・剣術実力試験成績上位者表彰式にて王太子エルゼスが国王陛下の名代として執り行う』
……え?
◇◇◇
「わたしに勇者勲章で、それにアッシュさんが子爵様になられるんですか? えっと、お祝いのケーキとか買ってきた方がいいですかね……?」
俺はフィーネと2人きりになるとあの封書の内容を彼女に伝えた。
流石に同居している管理人、しかもあの事件の当事者でもあるフィーネにこのことを伝えないわけにはいかないだろう。
そう思って話したわけだが、原作同様に、いやそれ以上に貴族社会というものに疎いフィーネは理解が追い付いていないようだった。
「いや、俺のお祝いとかはしなくていいよ。この子爵位は向こうが手打ちの条件として一方的に送ってきたものだからな。しかも返品不可能な状態でね」
「手打ち、ですか?」
「普通爵位なんて早々上がるもんじゃない。上級貴族に自分の子を嫡子に婿入りや嫁入りさせて孫が継承する爵位を上げるか、それか戦争で相当の武勲を立てるかくらい。どっちも実現の可能性なんて無いに等しい。この国で爵位が上がるってのはそれくらい前代未聞のことなんだよ」
そこまで言って俺はフィーネが淹れてくれた紅茶を飲む。
付け加えると俺は準男爵家の次男だが家督を継げず、また分家を立てられるほどの功績がなく、そもそも分家を立てるほどの金が実家にないので、学院を卒業し成人すれば平民落ちすることが確定している。
これが上級貴族だったら平民落ちしても元貴族のステータスが付くのだが、残念ながらレーベン準男爵家は全くと言っていいほど知名度がないので嘲笑の的にされるのがいい所だろう。
ともかくこの国、ラクレシア王国では爵位を上げる方法は皆無である。そのため貴族達の中では宮廷闘争や投資などで富や権力を集め権威を獲得するというのが常道とされてきた。
そんな中での準男爵家の次男が一気に子爵へと爵位を進めたというニュースは宮中の貴族たちに大きな衝撃を与えたことだろう。
軽く調べた情報によればヴァイス子爵家は領地を持たない宮廷貴族で、先々代の当主が子に恵まれず傍流の子を養子にすることでその時は何とか家を維持したが、先々代の奥方とまだ未婚だった先代当主が事故で不慮の死を遂げたことで家督を継承できる者が全滅し、一応まだ公式の貴族名簿に残ってはいるがそれも近く削除される予定の家とのこと。
そして当時保有していた資産も全て国庫に納められ、ヴァイス子爵家に仕えていた家臣も先代当主の没後全員他の貴族に取り入って新たな家臣になったとのことで俺が新たに富や権力を手に入れることは確実にないと断言できる。ヴァイス子爵家に関しては正直に言ってしまえば都合よく断絶していた家があったから褒賞としてくれてやったくらいなのだろう。
だがそれでも盗まれた【宝剣】を奪還し、爵位を子爵まで進めたという事実と、それに伴い生じる権威、そして宮廷闘争に巻き込まれるという結果は変わらない。
そしてこうした状況下で安寧を得るには現在宮中で巨大な権力を持ち、同時に俺が盛大にボコボコにしたあの4馬鹿の親と上手く関係を構築する必要がある。
だからこれは手打ちなのだ。
『お前を特例で子爵にして安泰した地位をくれてやるし、その後もサポートもしっかりしてやるし、身の安全も保障してやる。だからお前はこれ以上あの決闘についてほじくり返すな。あと絶対にそんなことはしないと思うけど国王陛下の慈悲を無下にしたりなんてしないよな?』
あの封書に込められたメッセージはつまりこういうことなのだ。
さらに叙勲式は王太子が執り行うときた。
これでは当日サボることも出来やしない。
「……だからアッシュさんは嫌そうな顔をされてたのですね」
ということを色々とかみ砕きながら説明するとフィーネもこの封書の厄介さを理解したのか不安げな表情を浮かべる。
「ま、まあ、大人しく式に出て子爵位を貰って争いごとを起こさないように過ごしていれば何とかなるから。君が心配するようなことは……多分何もない、と思いたい」
「そ、そうですか……」
「あと勇者勲章については純粋に喜んでいいと思うぞ。授与者には毎年国から功労金が給付されるから独り立ちしても問題がなくなる」
勇者勲章は平民に与えられる勲章の中でも最上級の勲章で、その権威は準男爵家などの木っ端貴族よりも遥かに上。
さらに食うに困らない財産まで与えられるのだから貰っておいて損のない代物だ。
「……独り立ち、ですか」
おや? 独り立ちの話をしたらフィーネの顔がさらに曇ったぞ。
てっきり喜んでくれると思ったのだが……。
(いや今はどう叙勲式を乗り切るかを考えるのが先か)
ゲームでないこの世界で唯一信頼できるものは己のレベルとステータス(RPG)のみで、それ以外の分野で絶対と断言できるものはない。
そしてゲームボスとしての強さに置いて、間違いなく最強である王太子が出てくる以上、俺に出来るのは大人しくすることだけだ。
(……というか、もうすぐ魔法剣術実力試験の時期なんだな)
本当に今さらだが手紙の文字からもうすぐ王立魔法学院魔法剣術実力試験の時期だということを思い出す。
今回は試験の後に勲章と爵位の授与が控えているから去年のように力を抜くことは出来ないな。俺はそう考え苦笑いを浮かべながら、再びフィーネが淹れてくれたお茶で一服するためにティーカップへと手を伸ばした。
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