第2章

第1話 変化と波乱

「あー、やっと授業が終わった……」

「随分とお疲れだな、アッシュ」


 授業が終わり大きく伸びをして体をほぐしているとイアンが話しかけてくる。


「ずっと教師や生徒に見られてたからそりゃ疲れるよ」

「まあ、まだアレから1週間しか経ってないからなあ」


 アレとは言うまでもなくコロシアムで行われた俺とフィーネ、そして4騎士改め4馬鹿の決闘のことだ。

 あの決闘であいつらを一方的に蹂躙した結果、学園では目立たず凡庸な人間として暮らしてきた俺は4馬鹿に取って代わってイケイケモテモテな学園生活を送るようになる――はずもなく。


「ひいっ!?」

「い、命だけは!」


 俺と視線が合った教師や男子生徒も女子生徒もそんな声を上げて逃げていってしまう。


「流石は“蹂躙者”様。目だけで学院を支配しちまうとはね」

「マジでやめろ、そのあだ名」


 “蹂躙者”、これがあの決闘の後に俺に付けられたあだ名だ。

 「あの4騎士を一方的に、そして完膚なきまでに叩きのめした」ということから観戦していた生徒の誰かがそう呼び始め、今では学院中にまでこのあだ名が浸透してしまった。


 つか今逃げてった教師、剣術指導で現役の騎士だろ。生徒相手に悲鳴上げて逃げんなよ。

 ま、それだけあの決闘の内容が恐れられているということだろうけど。実際、アルベリヒにはちょっとやり過ぎたなと内心後悔しているし。

 でも“蹂躙者”はないだろと強く物申したい。


 そう考えると……。

 

「お前が他の連中と違って普通に話しかけてくれるのは本当に癒しだよ」

「アッシュとはそこそこ長い付き合いだからな。あそこまで強いのは知らなかったけど、それでも学院で噂されてるような血も涙もないような人間じゃないってことだけは分かるよ。それにわざわざ時間を練って修行・・をつけてくれるお前の姿を見たら奴らも認識を改めるさ」

「イアン、お前は本当に良い奴だなあ」


 そんなことをしていると、学院の教師が怯えた表情を浮かべながら教室に入ってくる。


「あ、アッシュ・レーベンさん。学院長がお呼びです。至急学院長室にお越しいただけないでしょうか……?」

「わかりました。すぐに行きますよ」

「は、はい!? それでは私はこれで!」


 伝えることだけ伝えると教師は脱兎のごとくその場から逃げ出す。

 しかし学院長から呼び出しとは。一体何だろうか。


「……決闘についてやり過ぎだって叱られるのかな」

「いやあ、エゼルス殿下が非を問わないと言ってたからそりゃないだろ」

「まあそうなってるけど。それじゃ俺、学院長室に行ってくるわ」

「おう、じゃあな」


 そうしてイアンと別れた俺は学院の別棟、普段滅多に入ることがない、というよりその機会がない上級貴族の子供たちが通う3階建ての特別学舎へと入り、学院長室へと向かう。


「な、なあ。あいつって例の……」

「や、やめとけ! 顔を見られたらどんな目に遭うか」


 どうもする気はないんだけど、どちらにせよ信じてはもらえないだろうな。

 上級貴族の中の最上位、大々貴族のご子息を平然とフルボッコにした挙げ句、王族相手にあのようなことをしたのだから彼らからするとヒグマが建物の中に侵入して闊歩しているような感じなのだろう。


(まあ学院を卒業したら会うことがなくなる人らだし、どう思われようが構わないのだけど)


 そう考えることで無数の視線を無視し学院長室が置かれている3階へと向かうと、見慣れた女子生徒がおろおろとしているのを目撃する。


「フィーネ? こんなところで何してるんだ?」

「アッシュさん!」


 見知った相手と出会えたからかフィーネは嬉しそうにこちらへ駆け寄ってきた。


「わたしはその、学院長に呼ばれて。アッシュさんは?」


 ほお、フィーネも?


「俺も同じだよ。一体どんな目的で呼び出したのか」


 何にせよ実際に話を聞かなければ理由は分からないか。


「とりあえず入ってみるか」

「……そう、ですね」


 俺はフィーネを安心させるよう彼女の手を握りながら一緒に学院長室へと入る。


「学院長。アッシュ・レーベンとフィーネ・シュタウト、お呼び出しと聞いてここに参りました」

「鍵は開けてある。入ってきたまえ」


 扉越しに聞こえてきたその声は王立魔法学院の入学式で聞かされたのと同じものだ。

 あれだけのことがあったらクビになってるんじゃないかと考えたりもしていたが、どうやら職を失わずに済んだらしい。


「「失礼します」」

「……はあ、来たか」


 俺たちが入室するとハゲ頭で長い髭を生やしている魔法使い然といった容貌の老人が酷く疲れた様子で大きくため息をつくと、こちらへ視線を向ける。


「それで、自分たちに一体何のご用でしょうか?」

「まずはフィーネ・シュタウト、君に対する悪質なデマや噂を放置していたことを学院長として正式に謝罪する」


 そう言って学院長は頭を下げて形ばかりの謝罪を行う。

 もしこれが俺に対するものだったら「“謝罪する”、じゃなくて“謝罪します”だろ? ああ?」と言っていただろうし、というか今すぐにでも言ってやりたい。


「頭をお上げください。わたしはまたこうして人の役に立つための魔法を学ぶことが出来るだけで十分です」


 しかし流石は正統派な性格をした乙女ゲームのヒロイン。自分より数倍年上の人間の無礼な振る舞いに聖母のような笑顔で返してみせた。


「君がそう言ってくれるのなら私もとても助かるよ。……そして次は君だ、アッシュ・レーベン」


 恐らくここからが本題なのだろう。

 学院長はテーブルの引き出しから慎重に封筒を取り出すと、それを丁重に俺へ差し出す。


「畏れ多くも国王陛下からこの封書を君へ渡すようにと勅命を賜った。中身は後で確認してくれたまえ」

「こ、国王陛下から、ですか……」


 国王。

 ゲーム本編ではたまーに出番があるくらいで目立った活躍と言えば逆ハーレムルートでの【宝剣クリア】に関するイベントくらいでキャラとしての思い入れはないが、ゲームが現実となったこの世界では思わず冷や汗をかいてしまうほどの畏怖の念を抱いてしまう。

 この上級貴族の子が通う学舎ですら俺からすると別の世界なようなものなのに、この国の頂点にして王城の主たる国王はその世界の神と言っていい存在だ。

 そんな奴が俺なんか木っ端貴族のさらに底辺に渡す封書……。


「話は以上だ。もう帰ってくれて構わない」

「では失礼します。……行こう、フィーネ」

「は、はい。失礼しました!」



 俺はフィーネの手を引き学院長室を出ていく。

 間違いなく厄介ごとに巻き込まれる。そう確信しながら。

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