第1章 エピローグ

「あー、えっと、それは本気で言ってるのか?」

「はい。あ、やっぱり迷惑でしたか……?」

「や、迷惑ではないけど……、俺なんかと一緒に生活って君こそ嫌じゃないか……?」

「大恩人のアッシュさんにそんなこと思うわけないじゃないですか!」

「いや、そういうことじゃなくて……」


 あー、そういえばゲームでも似たようなイベントがあったなあ。

 共通シナリオの初期の方で攻略対象キャラと同じ屋根の下で過ごすことになって、孤児院で年下の男の子とかと普通に風呂に入っていたから異性に対する意識が抜けてるフィーネと攻略対象とで「マジでやるのか!?」みたいな掛け合いをしてたっけ。


「……わかった。フィーネが良いのならそれで行こう。じゃあ次に給料の話だけど」

「そんな! 住まわせてもらえるだけでわたしは――」

「それはダメだ。管理人という労働の対価にお金を支払う。これで俺と君の関係は上も下もない対等なものになる。同じ屋根の下で暮らすのならこれは絶対にしておかないといけないことだと思う」

「は、はぁ……」


 対等な人間関係を構築するために、フィーネには労働をしてもらい、俺はその対価に給料を支払う。

 これを疎かにしてしまうと、「タダで住まわせてやってるんだから言うことを聞け!」と俺が言ってしまう可能性がある。

 勿論そんなことをするつもりはないし、主目的はフィーネが家を出て自立できるようにすることだが、共に住むのなら対等な関係を意識すべきだろう。


「俺はこのことについて譲歩する気は一切ない。これが一緒に住む最低限の条件だ」

「うぅ……わかりました」

「ならこれで交渉は成立だ」


 そう言って俺は右手をフィーネに差し出した。

 するとフィーネはそれにどこか嬉しげな様子で手を出して固い握手をかわす。


「じゃ、とりあえず落ち着くまでの間は家主と住み込みの管理人として一緒に暮らすってことで」

「はい!」


 こうして俺たちは奇妙な縁から共同生活を送ることになったのだった。








side.????



 決闘から1週間後。

 王城の一角、国王と一部の王族、そして限られた外部の人間にしか知らされてない部屋に集まった者は1人を除いて全員神妙な面持ちで席についている。


「国王陛下が入室されます」


 そして扉の近くに立っていた近衛騎士の1人の言葉に彼らは急いで立ち上がった。

 続いて部屋に入ってきた白いシャツを着て髭を蓄え、普段と変わりなくやつれた表情をした長身痩軀の男――男、国王サルース9世は、直立不動している者の顔を見回し王にしか座ることが許されない椅子に座ると、部屋の面々に「楽にせよ」とだけ呟く。

 その言葉を受けて部屋に集っていた者たちは再び静かに各々の席へと座った。


「――して、此度の一件はどのように片を付ければ良いかの」


 サルース9世が重々しく発したその言葉に、一件に関わっていた者の親――『猛将』と『宮廷魔術師長』、『財相』の顔が青ざめる。


「も、申し訳ございません、陛下! あの愚息は蟄居させておりますが陛下の命があれば私共々この首を差し出します!」


 『猛将』の肩書きは最早劇の役名か何かだったのではないかと周囲の者に思わせるほど、酷く怯えた様子でサルースに跪く。


「お前とその息子だけの責任ではない。罪を負わねばならないのは我らもだ」


 そう言ってサルースは『宮廷魔術師長』と『財相』の顔を一瞥してから、真の権力者である王太子エルゼスに問いかける。


「たしかに今回の件で最も重い罪を犯したのは我が愚弟とそれを唆したエリーゼ某。盗まれた・・・・とは知らないながらも王家の秘宝をあのような場に持ち出した罪、どう償わせるか。本来であれば極刑も止むを得ないところですが……」


 そう話すエルゼスは考え込む素振りを見せながら席を立つと、部屋に唯一ある小さな窓を覗き込む。


「罪と言えば、秘宝を取り戻してくれたあの者、アッシュ・レーベンもフィーネ・シュタウトに対する褒賞について陛下は如何お考えか? 経緯こそ事故とはいえ結果的にはあの者がいなければ秘宝を然るべき場所に安置することは叶わなかったでしょう」

「ならばエルゼス、お前は何が相応しいと考える?」


 エルゼスはサルースに向き直るとまるで舞台役者のように仰々しい振る舞いをしながら自らの考えを話し始めた。


「フィーネ・シュタウト嬢には勇者勲章を授与すればよろしいかと。それだけの実績を上げているのですから宮中の者も納得するでしょう。しかし問題はアッシュ・レーベンの方ですな」


 そう言ってエルゼスは用意された水を飲み干すと再び口を開く。


「聞けば彼の者は準男爵家の次男だとか。これほどの勲功を立てた者を平民へと落とすのは如何なものかと。確か宮廷貴族のヴァイス子爵家を継承者が不在とのことで近々公文書に断絶と明記されるとか。あの家を彼、アッシュ・レーベンに継がせるというのは如何ですかな?」

「お、恐れながら殿下! 勇者勲章はともかく準男爵家の、それも成人もしていない次男以下の者を子爵に叙したことはこのラクレシア王国建国以来前例がございません!」


 そのエルゼスの回答にサルースに傍らに控えていた『宰相』が恐怖で体を震わせながらも反論する。

 そして『宰相』の反論は口には出さないが、この場に集まったごく少数の高級官僚や騎士、閣僚も同意見だった。

 準男爵から血縁者が全員いなくなるか王国並びに王に対して謀反を起こさない限り身分が保障されている世襲男爵家に叙するだけでも異例であるのに、それを通り越して消滅寸前とはいえ宮廷貴族の子爵家の家督を継がせるなど前代未聞のことだ。


 しかしその回答も予想していたのかエルゼスは壊れかけの玩具で遊ぶような雰囲気で『宰相』の顔を見据える。


「では宰相殿はどのような褒賞であれば妥当だと? 決して盗まれるようなことがあってはならない、それこそ責任者・・・の首が幾つ刎ねられてもおかしくない今回の事件で果敢に、そして勇敢に王国の秘宝を取り戻した偉大な勇者に対して」

「そ、それは……」


 『責任者』という言葉で当事者であることを自覚したのであろう『宰相』は冷や汗をかきながら言葉に詰まって何も言えなくなってしまう。


「よさぬか、エルゼス。……準男爵家の次男を子爵にしてはならないという法はない。しかし宮廷内や騎士団にはその措置に反発する者も大勢いるだろう。それこそ協力者がいなければアッシュ・レーベンとやらも、そして我らの面子も立たなくなるだろうな」


 息子の戯れに耐えられなくなったのか、サルースは大きく息を吐くと『宰相』と、そして今回の事件に息子が関わってしまっている3人の貴族に助け船を出した。


「こ、このクライム! 国王陛下と王太子殿下のためであればいつでもこの身を擲つ所存です!」

「同じくアルバッハもクライム将軍と考えは等しく!」

「陛下、そして殿下! このベヌスにも何卒

ご協力させてください!」


 その光景にエルゼスに笑みを浮かべながら改めてサルースへと振り返り、そして頭を垂れる。


「国王陛下。3人の処分は叱責に留めてはいただけないでしょうか。ここまで陛下に忠誠を誓っている者の息子ですから、注意をすればいずれこの者たちのように王国のため働いてくれるはずです」

「……よかろう。我が愚息とエリーゼ・リングシュタットの処分についてはどう考えておる?」


 エルゼスは「待っていた」とばかりに口角を上げた。


「王立魔法学院の大講堂で両者揃ってアッシュ・レーベンとフィーネ・シュタウトに謝罪をさせるのがよろしいかと。どうやらどちらもプライドが高くああいったことを屈辱と捉える性格のようですからな。さらに言えば罪人の告解と同じく身動きを取れない状態にすればより効果的かと。そうすればあれらに取って一生忘れることが出来ない恥となるでしょう」

「……お前の考えは分かった。だがあの者らの最終的な処分は余が決める。お前はでしゃばらず大人しくしておれ」

「陛下がそう仰るのであれば」


 サルースは最後に「疲れた」とだけ口にすると席を立ち部屋を出ていく。

 それをサルースを除く全員で見送った後、エルゼスが部屋を出て、それに続くように閣僚や官僚、騎士たちも退室する。


 最後に残ったのは『猛将』と『宮廷魔術師長』と『財相』だけだ。


「あの狸に借りを作ることになるとは……、あのバカ息子め。あんな下級貴族の娘のどこがいいのだ」


 『財相』は椅子に深く座り込むと腹立たしげに机を叩く。


「まあまあ、ベヌス殿。我らの身分は保障されたのですから今はそれで良しとしましょう」

「アルバッハ殿。あの狸、エルゼス殿下に弱みを握られた上、借りまで与えてしまったにも関わらずその考えは悠長過ぎるのではないか?」


 彼らが語る狸、それは『竜殺し』など様々な偉業を上げ数多の肩書きを持つ“千貌の英雄”王太子エルゼスのことだ。

 平民や宮廷外の貴族から豪放磊落な傑物と思われているエルゼスだが、宮廷内ではその政治力により様々な派閥を陰から操り現国王サルース9世以上の権力者として君臨している。

 そのため「王城で生きていたければ如何にエルゼスの利となる人物であるかをアピールしなければならない」とまで言われていた。


「なれば予定通りエルゼス王太子が国王へ即位するのを待つまでよ。そのためにもまずアッシュ・レーベンのヴァイス子爵家家督相続をつつがなく実行できるよう工作するまでだ」


 『宮廷魔術師長』はそう呟くと先程エルゼスが覗いていた部屋の窓を見る。


 王都の荘厳な街並みは夕焼けに照らされ赤く染まっていた。



◇◇◇



「殿下、本当にこのような処分で済ませてよろしいのですか?」


 エルゼスの私室、必要最低限の家具しか置かれていない効率性を重視したその部屋で腹心の侍従は机に向かい日課のように「国家100年の大計」を立てている『王太子』に問いかけた。


「このような、とは?」

「今回の件、第2王子殿下はともかく他の者については極刑が妥当です。確かにあの者共に平民への謝罪は耐え難い屈辱となるでしょうが今回の措置は殿下にしては甘過ぎるかと」

「くくっ、相変わらずお前は容赦がないな」


 そこがお前の良いところだが、と付け加えるとエゼルスは侍従の方を向く。


「アッシュ・レーベンのあの異常な力の解明、そしてフィーネ・シュタウトの【光の聖女】への覚醒。これらを為して100年後にもこの国を生かすためにも彼らには御しやすく、それでいて何時でも処分できる敵が必要なのだ」

「前者については殿下は既に解明されておられると思っておりましたが……」

「確証を得られるまでは空論だ。ともかく今の我らに必要なのは外圧だ。圧を受けても跳ね返す力、それを手に入れることで100年後の生存権を手に入れられる、その結果としてこの身が朽ちても惜しくない」

「……左様ですか」


 話を聞き終えた侍従は改めて目の前の【怪物】に対する恐怖心は間違っていないと確信する。

 【英雄】として国民に慕われる表の顔、【黒幕】として宮廷闘争を支配する裏の顔、そして如何にも【愛国者】ぶっている今の顔。その全てがこの男の本音であり、【怪物】の一側面に過ぎないということを侍従は知っていた。

 この怪物の性、それは全ての物事を卓上遊戯とその駒としか捉えることが出来ないというものだ。

 目の前の怪物は英雄という役柄を、宮廷を支配する黒幕という役柄を、そして国の将来を憂いる愛国者という役柄を本気で演じており、それにより駒がどのように動くか、その様子を観察することのみを唯一の娯楽としている。

 そしてこの怪物が何かの拍子で国を滅ぼす【魔王】という役柄に興味を示せば大惨事を引き起こしかねないということも侍従は知っていた。


 事実、エルゼスはエリーゼが秘宝の所在についてアルベリヒに囁いたことを知りながら、敢えてそれを放置してみせたのだから。


 だからこそ侍従は恐怖心を抱きながらも目の前の【怪物】に付き従う……ふりをする。

 国王陛下から賜った勅命、この怪物が本物の制御不可能な【モンスター】にならないようにするために。


「さあ、【光の聖女】と【イレギュラー】たちよ。次はどんな景色を見せてくれる?」

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