第15話 祭りの終わり

「な、何とか街まで出てこれたな」

「ですね……、本当に疲れました……」


 コロシアム、さらには学院の敷地から抜け出すことに成功した俺たちは近くにあった喫茶店に入り、そこでようやく緊張を解くことが出来た。

 街の人たちはコロシアムで起こったことを知らないようでいつも通りの日常を送っている。

 こりゃ暫くは学院の寮じゃなくて家から通った方が良いかもしれないな。

 絶対に学院寮で生活しないといけないという規則はないし、登校するのに多少時間はかかるけどそれも早起きすればいいだけの話だ。

 あの学院寮が設置されている目的は貴族間の派閥形成やお見合いの場のためだからな。


「ご注文はお決まりですか?」


 そんなことを考えていると店員がやって来て注文を伺う。

 水だけ飲んで帰るってわけにもいかないし、何か注文してくか。

 と、そこで俺はフィーネがそわそわしていることに気付く。


 あー、そういえばフィーネは金や荷物は全部学院の寮に置いてきたままなんだったか。

 今日までの1ヶ月は俺は学院寮で、フィーネは使ってない家に住むという生活を送っていたし、モンスターから入手できる換金用のドロップアイテムも「ここまで良くしてもらっているのに受け取れません!」と俺に渡してきてたから今のフィーネの財布は空っぽも同然か。


「金なら俺が払うから好きなの頼みなよ」

「え。い、いいんですか?」

「あの時、止めてくれたことへのお礼ってことで。それが嫌ならドロップアイテムを換金したものと思って受け取ってくれ」

「でしたら……」


 フィーネはメニューを見ると、ショートケーキと紅茶を注文する。

 俺はちょっと何かを食べられるような気力はなく、コーヒーだけを頼む。


「ところでフィーネはこれからどうするんだ?」

「どうする、とは?」

「当分は目立つことにはなるだろうけどエルゼス殿下がああ仰ったからには悪質なデマを流されたり、露骨ないじめを受けるといったことは減っていくと思う。だから学院寮に戻ることも出来るんじゃないかなと」

「ああ……」


 アルベリヒらに正式に処分が下されると王太子であるエルゼス自らが声明を出した上、俺たちに謝罪を行ったにも関わらずこれまでのようにフィーネにいじめを行うということはエルゼスの顔に泥を塗ることを意味する。

 貴族の子供ともなればその結果どんなことになるか容易に想像できるだろう。

 つまり最後こそハプニングが起きてしまったが、結果からすれば俺たちの目標は達成できたということだ。


「……アッシュさんはどうなさって欲しいですか?」

「俺? 俺はフィーネの選択を可能な限り尊重したい。あのまま家にいたいっていうのならそうしてもらってもいいし。ただ……」

「?」


「おまたせしました。ご注文の紅茶とショートケーキ、それとコーヒーです」


 ちょうどそのタイミングで店員が注文したメニューを運んでくる。

 俺は早速コーヒーを飲み一息つくと、改めて話を再開した。


「あの家の諸々を任せてる執事のレグナーとその奥さんは今月末に退職して田舎に移住する予定で、メイドの方も結婚して今週中に仕事を辞めるから、これまで通りあの家に住むとなるとフィーネが1人きりになるんだ。それがちょっと心配でな」


 老執事夫妻については元々今年の年末で辞めるという話だったが、執事の奥さんが腰を痛めてしまったので少し早いが退職することになってしまったのだ。

 そしてメイドの方はというと、王都の劇場に公演に来ていた劇団の役者とできちゃった婚をし、そのまま仕事を辞めて夫に息子と共に付いていくことを決めたのことで仕事を辞めてしまった。

 というわけで近くあの家は無人となってしまう。

 フィーネを見守ってくれる人がいるのなら彼女が1人だけで家に住むことも「大丈夫だ」と即答できた。

 だけど新しく管理人などを見つけるとなると時間がかかるからそれまでの間は学院寮で過ごしてもらう必要がある。

 アパートか借家を借りるという手もあるが、今のフィーネの懐具合でそれは厳しいだろうからな。


 とりあえず今回の一件で学院内でフィーネに嫌がらせをする生徒はほぼいなくなるだろう。仮に現れたとしてもその大馬鹿者は相応の末路を辿ることになるはずだ。

 だが学院外ではそう断言することは出来なくなる。

 俺もフィーネも王都のトップ冒険者や騎士団員と肩を並べられるレベルとステータスを持ってはいるが、政治面においてはエルゼスがバックにいるかもしれないと貴族たちに思わせられているだけで対抗手段はない。

 貴族の中にはマフィアなどと繋がりを持つ者も少なからずいるし、彼らは自分の手を汚すことなく俺やフィーネに何らかの干渉をしてくる可能性がある。

 例えば俺たちを拉致して「自分たちの派閥に入れ」と迫り、エルゼスから便宜を図るように脅迫してくるかもしれない。

 だからこのままフィーネに住んでもらうには信頼が置けて、なおかつ女性の管理人を新しく雇う必要がある。

 だからもしあの家に住み続けたいのなら1ヶ月時間が欲しい。俺がそう説明すると、フィーネは深く考え込む。

 まあそうすぐ答えを出せる話じゃない。

 勢いで決めたりせず、しっかりと考えて答えを出すべきだろう。


「あの、わたしが学院寮に戻るとしたらアッシュさんはどうされるんですか?」

「俺は……、暫くあの家から学院に通うことにするよ。今回はやらかし過ぎちゃったからな。それにあの家を管理する人間は必要だし」


 俺の家は一応貴族の屋敷なので色々と管理しないといけない場所が多すぎる。

 結局住み込みにせよ、通いにせよ、管理人を見つけないといけないことは変わらない。


「アッシュさん。その管理人の仕事ってわたしにも出来ますか?」


 そう考えているとフィーネが緊張した様子で尋ねてきた。


 ……フィーネに管理人の仕事。孤児院というそれなりに大きな施設で清掃などをやってきた彼女なら出来なくはないだろうが。

 いや、ちょっと待て。


「さっきも言っただろ。住み続けるとなるとあの家とフィーネを任せられる人を探さないといけないって」

「はい。ですからアッシュさん、あなたが良ければという前提ですけど、わたしを管理人にして一緒に住むというのはどうでしょうか?」


 ……え?

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