第14話 決闘④
「いくらその気持ち悪い魔法を使っても無駄だ! エリーゼに教えてもらい手に入れたこの宝剣に敵う者など存在しない!」
バフをかけおえた俺にアルベリヒはそう断言すると【光の宝剣クリア】を構える。
対して俺は大きく深呼吸をすると、宝剣が握られている右手ではなく、それ以外の無防備な手足を順番に見ていく。
ポケットには秘匿領域産のポーションもあるしフィーネの回復魔法もある。
なら遠慮なくやってしまってもいいか。
俺を片手剣を構えると、その剣先をアルベリヒの右膝へと向ける。
「ふん! その蛮勇さだけは認めてやろう。だがこの宝剣の前にそのような粗末な剣が通じることは――」
「多少痛みを感じるでしょうけど、後で治しますから我慢してくださいね、殿下」
それだけ伝えてバフを全乗せした剣の一撃でアルベリヒの右膝のスジを斬り、その体勢を崩す。
「ぁ、ぎゃあああああ!?」
アルベリヒはその痛みに絶叫を上げるが、俺はそれに気を取られることなく左膝のスジを斬ると、痛みのあまり声を上げることすら出来なくなったのか苦しみながらその場に倒れた。
それでもアルベリヒは果敢に宝剣クリアを握って俺を突き刺そうとするが、それよりも前にステータスの限り奴の右肩を勢いよく踏み抜き動かせないようにする。
「ぐあ……、く、クソ野郎が……!」
「それはどうも」
「ぐがあっ!?」
続いて左肩のスジを斬り、アルベリヒの四肢を完全に動かせないようにした俺は、その顔面に拳を入れると、その薄汚い手から離れた宝剣クリアを丁寧に持ち上げ鞘へ収め、それを審判役に丁重に手渡す。
「はい、これどうぞ」
「あ、え? えっと、あ、アルベリヒ殿下、戦闘不――」
最初渡された女騎士は戸惑うが、それでも何とか状況を理解して決着をつける宣言をしようとする、が。
「え? 殿下はまだ戦うつもり満々ですよ? それに四肢が使えなくなったところで戦えますよね?」
「え、え?」
俺は自分を睨み付けるアルベリヒを見下すと、女騎士にそう宣言して決闘を継続させる。
そして俺は剣を放り投げると、アルベリヒの襟首を掴んで無理やり立ち上がらせる。
フィーネへの脅迫、暴言、王族や最高位の貴族だから当然とばかりに周囲の人間を見下すような言動。こういった奴らの態度には元々腹を据えかねていた。
だから他の3人と同じように武器を壊して余裕を持ちつつ速攻で叩きのめし、フィーネの魔法は邪悪なものではないことを証明し、学院内の彼女への風評を一掃し、なおかつ奴らの【絶対の自信】を打ち崩す。
最初は本当にそのつもりで考えて決闘をしていたのだが、アルベリヒの宝剣クリアに対する扱いを見て流石にもう耐えられなくなった。
その時、頭に浮かんだその顔がフィーネだったのか人間だった頃のクリアだったのかは分からない。
だがどちらにせよ、奴の横暴により彼女らが傷つけられることを俺は許せなくなっていた。
殺しはしない。回復ポーションもかけるし元通りの健康な体に戻してやる。
もちろん多少のリハビリは必要だろうが、王族であるならばケアしてくれるスタッフも大勢いるだろう?
だから二度とあんな真似をさせないよう、体に覚えてもらっても別にいいよな?
そう考えて俺はアルベリヒの顔面に全力で拳を叩き込む。
「ぎゃあっ!?」
続いて俺は拳を鳴らしながら、次はどこを壊そうかと考える。
それを見てアルベリヒは怯えて必死に逃げようとするが芋虫のように這いずり回ることしか出来ていない。これなら幾らでも、何度でも、どこへでも攻撃できる。
さすがに脊髄をやるのは不味いか。なら関節をもっと念入りに、時間をかけて歪めてそれから―――。
「アッシュさん……!」
そこまで考えて俺は誰かに後ろから抱かれるような感覚を覚える。
振り向くとそこにはフィーネが俺を抱きしめ、背中に顔を埋めながら涙声でこう続けた。
「もういいんです……。あの人を罰するのにあなたが手を汚す必要はないんですよ……」
その言葉を聞き、俺はようやく怒りで血が滲むほど拳を握りしめていたということ、そしてアルベリヒの返り血で汚れているということにも気付く。
そうだ、こんなことをしでかした以上こいつとエリーゼが罰が下されていることが確定しているし、俺がこんな奴のために手を汚す必要はない。
それに何より宝剣はもう取り戻せているのだ。
そうして落ち着くために深呼吸をすると俺はフィーネの頭を撫でる。
「……悪い、頭に血が上ってたよ。止めてくれてありがとうな」
「……はい」
そしてその俺の態度を見て審判役の女騎士は声高々にこう宣言した。
「アルベリヒ殿下、戦闘不能! よってこの決闘の勝者はフィーネ・シュタウトとアッシュ・レーベンとする!」
◇◇◇
「癒しの加護を、【ハイ・ヒール】」
「ごほっ、くそ……この僕が気持ち悪い魔法を受けることになるなんて……ひっ!?」
フィーネが回復魔法を使用すると、怪我が治癒され喋る元気を取り戻したアルベリヒは早速彼女に悪態をつく。
それにフィーネは悲しげな表情を浮かべ、俺はアルベリヒを強く睨み付けて奴を黙らせる。
決着がついた後、フィーネは俺にこう申し出た。
――アルベリヒ殿下の傷を治したい。あの人のやったことは許せないけど、傷ついた人を見過ごすことはできないし、何よりあの人たちがあの傷を悪用してあなたが誹謗中傷を受けるような光景は見たくない、と。
確かにアルベリヒとの戦いではやり過ぎてしまった。それこそ決闘ではなく蹂躙をして観戦者が悲鳴を上げてしまう程度に。
フィーネはそれを演習で聖魔法を使い恐れられたことを思い出し、自分に重ね、そして俺に気をつかったのだろう。
それにアルベリヒが受けた傷を悪用するというのもこれまでの態度を見れば考えられなくはない。
まあ正直何を言われたところで俺は気にはしないのだが、それでも彼女の優しさと選択を尊重し、その提案を受け入れることにした。
それはそれとしてだ。
「決闘は俺たちの勝ちです。当然要求はのんでいただきますよ」
「あ、あの、試合はおかしい! ぼ、僕たちがあんな一方的に負けるはすがない! お、お前らが何か不正をしたんだろ!?」
まだそんな言葉を吐けるのかと心底呆れながら俺はこう返す。
「『後で不正だ何だと騒がない』。そうお約束しましたよね?」
「ぐっ……、だが――」
「―――見苦しいぞ。アルベリヒ」
突然会場全体に低音でありながらよく通る声が響き渡る。
声が聞こえてきた方向を振り向くと、そこにはエリーゼ嬢を引き連れ、というより引っ張っている鳶色の髪に金色の目を持ち屈強な体の大男がいた。
この国に住む人間で、その男の名前を知らないという者はいないだろう。
”勇者の生き写し“、“英雄”、そして、プレイヤーから公式チートと呼ばれるほど圧倒的なステータスを誇る“最強”。
この国が世界に誇る生ける伝説にして正当な王位継承権を持つ現王太子、エルゼス殿下の姿がそこにあったのだ。
殿下はやや強い力でエリーゼを引っ張り、アルベリヒの元へ突き飛ばすとそのまま俺たちの元へまっすぐ歩み寄り――そしてその頭を深く下げた。
「我が愚弟が非礼な振る舞いを行ったこと、ここに謝罪させていただきたい。あれは即刻謹慎させ、後日公式に処分を下すと王太子エルゼスの名の元に約束する」
王族、それも王太子エルゼスが庶民と下級貴族に頭を垂れるという前代未聞の展開に観客席から動揺や困惑が伝わってくる。
「……フィーネ、殿下の謝罪どうする?」
「わたし、ですか?」
「ああ。俺からは何も言うことはないよ」
彼女は一瞬何か思案をすると、エルゼスに気圧されることなく口を開いた。
「殿下、1つだけ確認を。この決闘についてアッシュ様が非に問われることはありますか?」
「ない。彼は宝剣を取り戻してくれた功労者だ。称賛されることはあっても罰せられる謂れはなく、決闘についても法を犯したものは何もない。そして仮にもしそのような真似をする者が現れたら私が全力を以て彼の身を守ると約束する」
「でしたらわたしたちは殿下のそのお言葉を受け入れます。どうか頭をお上げください」
「フィーネ・シュタウト嬢とアッシュ・レーベン殿の心遣いに深く感謝する。……さて」
ようやく頭を上げたエルゼスは、次にアルベリヒとエリーゼ、そしてその仲間たちに射るような視線を向ける。
「アルベリヒ、お前はどうやって宝剣クリアを盗み出した? この聖遺物の所在は陛下と私、そして一部の者にしか知らされていないはずだ。それにこの剣が持つ価値と背景をお前が知らないわけがないだろう?」
「そ、それは……」
「それとエリーゼと言ったか? アルベリヒの言葉によればお前がこの剣の所在地を伝えたとのことだが、どうやってそれを知った? 当然のことだが言い逃れはできないと思え」
「えっ、あ、そ、その……」
「詳しいことは王宮でしっかりと聞かせもらおう。嘘偽りを述べることは出来ないと知れ」
審判から宝剣クリアを丁重に受け渡されたエルゼスはそう言うと、騎士たちにアルベリヒら攻略対象4人もとい4馬鹿とエリーゼを連行させ、そして改めて俺たち頭を下げるとコロシアムを後にした。
場内の混乱は未だ収まらないでいるが、それでもまあこれで一段落ついたと言えるだろう。
「とりあえずここを出よう、フィーネ」
「そう、ですね……」
そう言って俺たちは混乱の隙をつきコロシアムから抜け出すことにしたのだった。
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