第13話 禁断の宝剣
「くははは! 勇者アーロン! あれほど意気込んでおいてその程度とはな!」
「く、くそぉ……!」
勇者と光の聖女、そして彼らを支える仲間たち。艱難辛苦を乗り越えてついに魔王城の玉座にたどり着いた彼らだったが、激戦に次ぐ激戦は確実に体力や魔力、精神力を奪っており、魔王が放つ凶悪な攻撃を前についに膝を屈してしまった。
そしてそれを見て魔王は口角を上げる。
「勇者アーロン、もし貴様が負けを認めるのであればこの世界の人間の生存を許してやろうではないか。もちろん全て余の奴隷、いや玩具としてだがな」
「だっ、誰がそんな言葉を受け入れるものか……!」
「ふはははっ! そのボロボロの姿で息巻いても滑稽でしかないわ!」
勇者アーロンは気力を振り絞って立ち上がるが、その体は傷だらけで鎧も砕け、剣は真っ二つに折れてしまっている。
そんな状態で余力を残した魔王を倒すことなどよほどの奇跡が起こらない限りあり得ないだろう。
「アーロン様……」
それでも愛する者を守るため魔王の前に立つアーロンの姿に【光の聖女】クリアの頬に一粒の涙が流れた。
そして何か覚悟を決めたような表情を浮かべると女神の杖を支えに立ち上がり、よろめきながらアーロンの元へ近付く。
「く、クリア……! こっちに来ちゃ駄目だっ……!」
「アーロン様……。わたしは、あなたに沢山のことを教えていただきました。あなたの隣で多くの幸せを得ました。辛いこと、苦しいこともありましたが、それでもわたしはあなたと出会えて、愛し合うことが出来て、本当に幸せでございました」
「クリア……? 一体何を……、それじゃまるで別れの挨拶だよ……?」
アーロンはクリアの言葉が理解できないのか、いや理解したくないのか震えながら聞き返す。
それにクリアは穏やかな笑みだけを返すと、ポケットから神秘的な輝きを放つ拳大の大きさのクリスタルを取り出した。
それは魔王城を出立する前、【聖女神メーア】より授けられた神具。その効果はあらゆる物体を武具へと変じることが出来るというもの。そしてその性能は持ち主の想いの強さによって大きく変わるという神託も授かっている。
「わたしには、もう魔力が殆ど残っていません。このままではアーロン様の邪魔となるだけでしょう。ですから―――」
「待て、待つんじゃ、クリア!」
「クリアちゃん! そんなことしちゃダメ!」
「やだ……。やだよ、クリア姉ちゃんっ!」
クリアがその神具を両手で優しく包み込むと彼女の周囲に光の奔流が発生した。
その光に魔王が怯む中、アーロンとクリアと共に旅をしてきた仲間たちは必死に彼女が行おうとする行為を止めようと試みる。
だがクリアは彼らに対し「ごめんなさい」とだけ呟き、そしてまたアーロンへと振り向く。
「勝ってください。わたしとあなたが共に生きたこの世界を守るために」
「クリ――」
アーロンが名前を呼び、クリアの体に触れようとしたその瞬間、少女の華奢な体は一振りの剣へと変化する。
クリアの髪の色と同じ桃色の光を放ち、彼女の目と同じ翡翠色のクリスタルが埋め込まれ、彼女が着ていた聖女の服と同じ白と金の装飾がされた透明の刃を持つ剣。
アーロンは宙に浮かぶそれを両手で優しく受け止めると、その目から大粒の涙をこぼした。
「ぐうっ、小癪な真似を……! だが所詮小娘の悪あがき! この魔王の敵ではないわ!」
魔王は自信満々にそう宣言すると、彼らを一撃で全滅寸前へと追いやった大魔法を発動しようとする。
しかしそれらは全てアーロンにとってはどうでもいいことだった。
「【ダークネ――なに?」
「失せろ。もう二度とその面を見せるな」
アーロンが光の聖女クリアだった剣を振るうと魔王は一瞬で一刀両断される。
これにて人間の世界は魔王から救われた。
だがそこに勝利の喜びはなく、あるのは喪失感だけで……。
「ぅうああああああっ!!!」
魔王城の玉座に勇者アーロンの慟哭が響く。
それと同時に1時間はあっただろう迫力あるフルボイスムービーは終了し、いつものキズヨルの画面へ戻る。
画面上では国王が最初の勇者アーロンと光の聖女クリアの悲劇を語り終え、【光の宝剣クリア】が収められた鞘を丁重に抱えながら本当に魔王との戦いに挑むのかという選択肢を提示していた。
しかし当時の俺のメンタルはそれ以上ゲームをプレイし続けられるような状態ではなく、セーブをしてゲームを閉じるとそのままゲーミングチェアにもたれかかる。
バッドエンドよりも悲惨なバッドエンド、それも最推しキャラのクリアの最期を逆ハーレムルートで見せつけられるという予想外の不意打ちで大ダメージを負った俺はポツリと呟く。
「……やっぱこのゲーム作った奴が本当に作りたかったのは鬱ゲーだろ」
逆ハーレムルートでは最初の勇者と光の聖女とその仲間たちの物語が何度かムービーで挿入され感情移入させる作りとなっていただけに、このバッドエンドは相当くるものがあった。
というかフルボイス、アニメーション付き、最初は和やかなストーリーで始まりつつ、終盤の叩き込み、そして武器化のクリスタルの登場は明らかにプレイヤーの心を折ることを狙っていたものだ。
後にSNSや掲示板で調べてみると「キャラクター的には一番すっきりするラストは逆ハーレムエンドだけど、プレイヤーを一番曇らせるエンドも逆ハーレムエンドだ」という意見は多かった。
しかし「いやバッドエンドの方が遥かにきつかった」という反論も多々あり、多分どっちが辛いかはプレイヤーの主観によるものだなと実感させられたものだ。
とにもかくにも確実に言えるのは、最後の過去回想ムービーを閲覧し終えた前世の俺は一番の推しキャラとなっていたクリアの衝撃的な末路に1時間近く放心させられる羽目になったのだった。
そして現在――。
「さあ、見るがいい! 下賎な底辺貴族と下等な平民よ! これこそ王家に代々受け継がれる伝説の武器、【光の宝剣クリア】だ! どうだ!? あまりの神々しさに言葉も出ないだろう!?」
アルベリヒは宝剣クリアをただの強い武器、否、道具として俺達に見せつけている。
この世界はゲームではない、現実だ。
そしてそれはアーロンやクリアの戦いがおとぎ話などの創作ではなく事実として存在していたことを意味する。
そんな彼らの覚悟の結晶であるあの剣を、アルベリヒはフィーネを貶めるためだけに使おうとしていた。
「……ざけるなよ」
「あ、アッシュさん。大丈夫ですか……?」
怒りに震える俺の顔をクリアと瓜二つの容姿をしているフィーネが心配そうに覗き込んでくる。
「……フィーネ、悪いけど限界までバフ全盛りで頼むわ」
「はっ、はい! わかりました!」
相当酷い表情を浮かべていたのだろう。
フィーネは一瞬怯えた表情になり返事をする。
彼女を不安にさせ、さらには怯えさせてしまったのは申し訳ないが今の俺にはそれをフォローできる余裕がなくなっていた。
今、俺の心で最も大きく沸き立つ感情。
それは【クリア】をぞんざいに扱いフィーネを貶めようとしていることと、この大馬鹿野郎を如何にぶちのめすかという怒りの感情だった。
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