第10話 決闘①

「おいおいおい、アッシュ! お前本気かよ!?」


 昼休み、いつものように下級貴族用の食堂で日替わり定食のパスタとサラダとスープのセットを食べているとイアンが心底焦った様子で俺に詰め寄ってきた。


「あー、それは決闘のことを言ってるか?」

「それ以外ねえだろ! あの4騎士様に本気で勝てると思ってるのか!? というか何であそこでフィーネ嬢の味方なんかしたんだよ!?」


 イアンの大声は必然、俺から距離を取っていた周囲の生徒の耳にも届き、彼らの視線は一斉にこちらへ向けられる。

 まあ俺が彼らの立場だったら多分同じことをしていただろうからそれについては気にしないでおく。


「まず勝てると思ったから手を上げた。俺はギャンブルは好きじゃないからな」


 その言葉に一部の下級貴族が「おおっ!」と声を上げ、別の下級貴族は「バカなことを言っている」と軽蔑の視線をぶつけてくる。


「あのなあ、授業で一緒になったことがないから分からないだろうけどアルベリヒ殿下も他の3人も近衛騎士や宮廷魔術師が一目おく天才なんだぞ!? そりゃお前も十分強い方だけどあの方々に比べたら――」

「その話は知ってるよ。その上で絶対に勝てると確信して俺は決闘を受けたんだ」

「っ、じゃあ何でフィーネ嬢の味方をしたんだ!? あの娘の学院での立場は知ってるんだろう!?」


 ……ふむ、これに関してはどう答えればいいのだろうか。

 風邪を引いて面倒を見てもらった話をするわけにもいかないし、フィーネ嬢がアルベリヒ殿下から受けた脅迫を告白するタイミングも今じゃない。


「“一度関わったのなら最後まで面倒を見る”っていう俺の信念からかな?」

「……あ、ああ?」

「細かい話は決闘が終わった時に話すよ。それともしアルベリヒ殿下と俺のどっちが勝つかっていう賭けがあったのなら俺に賭けるのをオススメしておくよ」


 そう言って俺はフォークを置くと空になった食器を返しに行く。

 ここまで大胆なことを言っておけば「俺が調子に乗っている」と王立魔法学院の生徒たちの間で噂になるはずだ。そうなればフィーネではなく俺が注目の的になり、彼女も比較的自由に行動できるようになるだろう。


 フィーネには決闘の日までにやっておくべき訓練を伝えておいた。

 その間に俺もやるべきことを最大限やっておこう。


 そんなことを考えながら、俺は午後の剣の実技演習を受けるべく学院の中庭へと向かった。



 ―――そして3日後、決闘の日。


「おお、凄い人が集まってるな……」


 王立魔法学院のコロシアムの観客席は学院の生徒や教師、それに加えて学院外の貴族や騎士と思われる人間などで埋め尽くされていた。

 恐らく決闘前日辺りに『あの第2王子にレーベン準男爵家という知名度が欠片もない家の次男が喧嘩を吹っ掛けた』という見出しの記事が出たことで興味を持つ人間が増えたからだろうが、それにしてもここまで人が集まるとは思わなかったなあ。

 だがこれは俺にとって非常に都合のいいものだ。


「フィーネ。前にも言ったけど、この戦いでは俺が伝えた通りのことだけをして一歩も俺の背中から出てこないように」

「わかりました。でも万が一の時は例外ですからね?」

「ああ。それでいいよ」


 本当は絶対に来るなと言っておきたい、というか言ったのだがそれだけはフィーネは譲ってくれなかった。

 曰く、「目の前で傷ついている人を放ってはおけない」と。

 ゲームのフィーネもこの精神でアルベリヒたちを助け、彼らと接点を持つようになったということを考えるとこれは彼女の信念と言うべきものなのだろう。

 そしてそれをねじ曲げることは出来ないと悟った俺は妥協案として「斬られて怪我をした時は例外」と提案し、そこでようやくフィーネは納得してくれた。


(まあ、そんなことは万が一にも起こらないだろうけど)


 そう考えながら審判が立つ中央の闘技場へと歩いていくと、遅れてアルベリヒたちが不愉快そうにこちらへ向かってくる。


「アッシュ・レーベン。貴様は“絶対に勝つ”などと大言壮語を吐いたらしいな。その言葉の意味を理解しているのか!?」

「ええまあ、ある程度は。でも撤回はしませんよ」

「っ、我らのこの装備を見てもなおそんなことが言えるのか!?」


 あ、良く見るとアルベリヒたちの装備が魔王討伐直前で貰える装備に変わってるな。

 となるとよりクリティカルを意識した振り方をしないといけないか。

 だがしかし。


「ええ、相当の業物を持ち出したようですけれどそれでも“絶対に勝てる”と断言できますよ」


 その事実が変わることはない。俺がそう断言するとアルベリヒたちの顔は怒りで真っ赤に染まっていく。


「そっ、それでは決闘のルールを確認する。

決着はどちらかが降参するか、私が試合続行不能と判断した場合のみ。そして決闘方式は2VS2のペア戦で途中休憩を挟みつつ先に3勝を上げた方が――」

「いえ、4人全員でかかってきてもらって構いませんよ」


 流石に耐えられなくなったのか、このピリピリした空気を変えようと審判役であり剣術指南の教師も兼ねている女騎士様が若干涙目になりながら決闘のルールを説明し始める。

 しかし俺は悪いなとは思いつつもさらなる挑発を込めて“全員まとめて相手してやる”と宣言した。


「おい、まじかよ……」

「あいつどれだけ馬鹿なんだ?」

「いやでもあそこまで自信満々に言うってことは何か勝算が……」


 俺の宣言を受けてギャラリーはあれこれ考察し始める。

 一方のアルベリヒたちは怒りが限界に達したのか審判の開始の宣言を待たず各々の獲物を構え出した。


「で、殿下! まだ開始の宣言をしておりません! どうかお待ちを!」

「ならば今すぐ宣言をしろ!」

「は、はいぃっ!」


 どういう経緯で今回の決闘の審判役なんてすることになったのかは分からないが、この人には本当に申し訳ないことをしてしまったなと思う。

 ……あとで菓子折りを持って詫びに行くか。


「アルベリヒ、まずはオレに行かせてくれ。あんな屑野郎、お前の宝剣を使うまでもねえ」

「……わかった。僕たちを舐めた報いを受けさせてくれ、ユージーン」


「じゃ、いつものように頼むわ」

「はっ、はい!」


 向こうの先鋒はユージーン、そしてその手に構えているのは彼の家に代々伝わる名槍【ゲイボルグ】。


「てめえには言いたいことが山ほどある。だがまずはその舐め腐った態度を叩き治してやるよ!」


 そう言って彼は高く飛び上がると、明確な殺意を持って俺に槍を突き刺そうとしてくる。


「【ディフェンシブ・オーラ】!」

「あの気味の悪い魔法を使ったか! だがそれでこの槍を阻むことは――!」


 それに対してフィーネは防御バフの聖魔法【ディフェンシブ・オーラ】を発動させるが、ユージーンはそれに無力なものだと判断し攻撃の続行を選んだ。

 そして俺はその場から一歩も動くことなく、背中の鞘から片手剣を抜くと……。


「……な、あ!?」


 天下の名槍【ゲイボルグ】、その穂を木っ端微塵にした・・・・・・・・

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