第9話 乗っ取り
side.エリーゼ
「何よ、何なのよ、あのクソモブキャラ!」
昼休み、自分の寮の部屋に戻ってきたあたしはベッドの枕に今朝起こった出来事への不満を叩きつけた。
あたし、エリーゼ・リングシュタットには所謂前世の知識というものがあった。
といっても覚えているのは知り合いに勧められて『キズヨル』という乙女ゲームを購入したことと、それを難しいところはお兄ちゃんだと思う人の手を借りながら遊んで手に入れたゲーム知識くらいなのだけれど。
そしてこの世界にはキズヨルの登場キャラと同姓同名の人物が多いこと、国の歴史が本編の歴史の授業で見たものと同じだということ、そして何より魔物や魔法、マジックアイテムの見た目や名前が完全に同じということからここがキズヨル、またはそれと限りなく酷似した世界だということをすぐに察した。
けれどキズヨルの登場キャラにエリーゼ・リングシュタットなんてネームドキャラはいなかったし、そもそも下級貴族の中でもさらに底辺で功績不十分で爵位剥奪寸前の没落寸前令嬢のあたしには本編に登場するメインキャラは本来天上のような存在、のはずだった。
だけどあたしには他の底辺貴族令嬢が持っていないものがある。
それはキズヨルというゲームのストーリーとヒロインがいつ、どのタイミングで、どのように攻略対象を落としていくのかということ。
それさえ分かっていれば後は簡単。
『貴女がフィーネ・シュタウトさん? あたしはエリーゼ。これからよろしくね』
あたしはキズヨルのプロローグ通り、庶民であるが故に王立魔法学院で孤立していたフィーネに近づき親しげに接してあげた。
するとフィーネはあっさりあたしのことを信頼した、というより依存したと言った方がいいだろう。
ともかくフィーネを支配したあたしは彼女が攻略対象4人に近付かないように誘導すると、その間に各種ポーションを買い占めてフィーネに成り代わって攻略対象との交流イベントを開始した。
楽勝だった。あいつらはゲーム以上にあたしに興味を持ち、そしてそれはすぐに好意へと変わっていった。
あの第2王子が、猛将の息子が、宮廷魔術師の息子が、宰相の息子があたしにゾッコンになっている。
さいっこうの気分だった。
だからあたしはこの最高の気分を守るためにもう少しだけ頑張ってみることにした。
『キズヨル』でトゥルーエンドとなっている逆ハーレムエンド。それを達成するためのイベントを実行しながら、あたしはその裏で「ある噂」を流してみた。
それは「フィーネ・シュタウトは得体の知れない魔法でエリーゼ・リングシュタットを貶めようとしている」というもの。
最初は攻略対象の付き添い人の生徒がいる場で「フィーネの視線が気になる」と、体を震わしながら言ってフィーネ・シュタウトを意識させるようにする。
その後はフィーネの名前を聞くたびに怯えたり、震えたりして攻略対象やそれ以外のモブにもエリーゼとフィーネには何か悪い関係があると思わせた。
あとはもう簡単。攻略対象のフィーネへの意識は完全な敵意へと変わり、モブたちは噂に尾ひれをつけてそれを周囲に拡散させていく。
とどめにあたしはモブ生徒に扮して「フィーネ・シュタウトはエリーゼ・リングシュタットを邪悪な魔法で脅迫している」という情報を流す。
それから程なくしてアルベリヒはあたしにこう言った。
『君に危害を加えようとしていた邪悪な魔女フィーネ・シュタウトを明日退学させる。これでもう君は不安になる必要はなくなるよ』
アルベリヒの語った内容はキズヨルのバッドエンドそのもの。そしてそれは同時にあたしの勝利を意味していた。
万が一の可能性ではあるけれどフィーネはこの世界の元となったゲームのヒロイン、何かのきっかけであたしの立場、この幸せを奪いにくるかもしれない。
そう思ってやってみたけどこれも面白いほど上手くいった。
申し訳なさ? そんなものは感じていない。
最初、あたしはこの世界を【キズヨルに似た世界】だと思っていたけれど今の認識は違う。
この世界は前世のキズヨルと同じゲームなんだ。そうでもなければ人間があれほど都合よく動いたりなんてしない。
だからあたしからしたらアルベリヒたちもフィーネもゲームのNPC、オブジェクトに過ぎないと考えるようになっていた。
ともあれこれでもう王立魔法学院に、このゲームであたしに邪魔をする者はいない。あたしはヒロインとして愛され続ける。
そのはずだったのに、フィーネ・シュタウトは1ヶ月経った後まるで何もなかったかのように堂々と学院に登校してきた。
アルベリヒたちは退学に同意したことを咎めたが、あいつは屁理屈をこねて自分の行動を正当化してきた。
そしてアルベリヒから決闘を申し込まれても退学を認めた時と違って腹立たしいくらい堂々とそれを受け入れた。
そして何よりもうざったらしかったのは、ヘラヘラしながらフィーネの側に立つと宣言したアッシュ・レーベンとかいうモブキャラだ。
あいつはこれっぽっちも自分の勝利を疑わず、『負けても不正があったと騒ぐな』なんて言ってきた。
……うざい、うざいうざいうざい、うざいっ!
ただのモブのくせに、メインキャラに勝てると思ってるあの顔が、あの声が、何もかもがうざい!
「……落ち着きなさい、あたし。あいつはただのモブ。どう足掻いたってアルベリヒたちに勝てるはずがない」
そうだ。あたしはただコロシアムの頂上で地面に這いつくばるフィーネとモブを見下していればいいんだ。
それにアルベリヒたちはあたしのゲーム知識とデイヴィットのコネで入手した本来シナリオ後半でしか手に入らないレア装備で身を固めているのだから勝負にすらならない。
そしてその後は……。
「これだけのことをしておいて国を追い出されてそれでおしまい、なんて思わないでよね。負け組」
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