第8話 決闘の申し込み
「決闘、ですか?」
フィーネは困惑しながら俺に聞き返す。
「王立魔法学院、というよりこの国では決闘は時に法よりも重んじられる。例え王子と言えどその結果に異論を唱えることは出来ない。フィーネにかけられた風評を覆すとなればそれが一番効果的だ」
「で、でも、アルベリヒ殿下やユージーンさんたちは演習で本職の騎士や宮廷魔術師を認めさせるほどの実力者ですよ? そんな方々をどうやって……?」
確かにキズヨルのゲーム内で他のモブキャラの初期レベル1なのに対してアルベリヒら攻略対象キャラはレベル1ではあるが全員初期レベル5相当のステータスだった。
そして今は2年生へと昇進して数週間が経った段階、積極的にレベル上げせずボスキャラの経験値だけでレベルアップしていればレベル10(実質的なステータスは20相当)となっているだろう。
それはフィーネも同じなのだが、如何せん彼女はこの世界で唯一のヒーラー兼バッファーであり真正面から殴り合えば間違いなく負ける。
そう、フィーネが1人で決闘するとなれば。
「もちろん無策で戦おうなんて思ってないよ。勝つためにやれることは全てやる。ただ大前提としてそれには君の協力が必要だ。さあ、フィーネ。君はどうしたい?」
「わたし、は……やります。孤児院の皆のため、それに自分の尊厳のために」
フィーネは悩みながらもそう答えた。
彼女は抗うことを決断した。だったら俺はその選択を尊重、フィーネの望む未来を実現するために最大限の手助けをしよう。
「フィーネ、君のレベルは?」
「その……、恥ずかしながらまだレベル3です……」
本来であればアルベリヒらと同じレベルになっているはずなのだが、エリーゼ嬢にヒロインの立場を乗っ取られたとなれば経験値を貰える相手と戦えるわけがないか。
しかしこれは悪い話ではない。むしろ吉報と言えるだろう。
「剣の実技演習をしていたのなら扱い方は知っているよな?」
「はい。それはもちろん」
「ならこれから1ヶ月の間はこいつらが君の相棒だ」
「わ、わかりました!」
俺はタンスの中にしまっておいた秘匿領域産の経験値増量の効果がついた片手剣2本をフィーネに手渡す。
キズヨルでフィーネは唯一全ての武器を装備することが可能なキャラだ。二刀流も難なく扱いこなせるようになるだろう。
それとこれについても確認しておかないとな。
「フィーネ、君は虫とか大丈夫なタイプか?」
◇◇◇
「ふん、どうやら庶民という生き物は約束を覚えることすら出来ないらしいな!」
そして1ヶ月後、王立魔法学院に登校してきたフィーナの姿を見てエリーゼと一緒にいたアルベリヒ殿下は顔をしかめてそう怒鳴った。
「わたしの学院の籍は残ったままです。……それに、それにわたしは殿下が仰ったようなことは絶対にしておりません」
「ほお? では孤児院がどうなってもいいと言うのだな?」
「殿下にそうのような権限が本当にあるのですか?」
「……何だと?」
「殿下に国王陛下から認可された孤児院を潰す権限が本当にあるのかとお尋ねしたのです。さあ、お答えください」
アルベリヒは反論しようとするが上手い言葉が思いつかなかったのか、苛立った様子で舌打ちする。
そんなアルベリヒにそれまで乙女ゲームのヒロインのようにしおらしくしていたエリーゼは彼に抱きつく。
「……殿下。もしかすると私が間違っていたのかもしれません。殿下や皆様を拐かしていた本当の悪女は、フィーネ様が言う通り私だったのかも――」
「エリーゼ、そんなことは絶対にない! 君は僕が怪我をした時に懸命に看病してくれた! そんな優しい君が悪女なわけがないだろう!」
罪を認めたような素振りをするエリーゼの言葉を、アルベリヒは感情的になりながら否定し、その光景を見て野次馬となっていた周囲の生徒はより強い嫌悪や侮蔑の視線をフィーネへ向ける。
「アルベリヒの言う通りだぜ、エリーゼ。お前が悪女じゃないことはオレたちがよく知っている。だからあんな悪女の言葉に騙されるな」
「付け焼き刃の知識でエリーゼを貶めようとしたのだろうが、私たちが騙されることはないぞ」
「フィーネ・シュタウト。世の中には金や権力では手に入れられないものがあることを教えてやるよ」
そしてアルベリヒの言葉に続いて攻略対象の3人、ユージーン、レコン、デイヴィットがエリーゼを庇うように現れた。
王立魔法学院の権力の頂点にいる4人に加えて登校途中の生徒たちからも睨まれるというこの状況、フィーネにかかるプレッシャーは相当なものだろう。
だがフィーネは野次馬の中に紛れ込んだ
「教える、とはどういうことでしょうか?」
「フィーネ・シュタウト、君に決闘を申し込むということさ」
「決闘、ですか?」
「ふっ、庶民のお前には理解できないだろうな。決闘は互いの信念と尊厳を賭けて剣を交えることだ。そしてこの決闘の敗者は勝者の主張を法を越えて守らないとならないと王国法に記載されている」
決闘、キズヨルで発生する固定イベントでRPGパートのボス戦に相当するものだ。
その結果は王国の法を優越するということもあり、ゲームでは決闘することになる敵キャラが様々な妨害を行いフィーネたちが不利になるように悪事を企てるが、それを攻略対象との絆によって乗り切られ戦闘になるという展開が多かった。
「わかりました。それで、どなたがわたしと決闘されるんですか?」
「僕たち4人全員と君でだ。貴様のような悪女に紳士であり続ける必要はないからな。だがまあ、誰かが貴様の代理人になるか貴様と共に僕たちと戦うことは許可してやろう。最もそんな奇特な人間がこの学院にいるとは思えない―――」
「じゃ、俺がフィーネ嬢とペアになりますよ」
そこで俺はアルベリヒの言葉を遮って手を上げてフィーネにつくと宣言すると、野次馬をかきわけて彼女の隣に立つ。
「誰だ、貴様は?|
アルベリヒはさらに険悪な表情を浮かべる。
まあ当然の反応だろう。突然部外者の下級貴族が自分の話を遮って我が物顔でしゃしゃり出てきたのだから。
一方の俺はそんな第2王子らの態度を無視して口を開く。
「レーベン家次男アッシュ・レーベンです。以後お見知りおきを」
「レーベン? 聞いたことがない家だな」
「それはそうでしょう。自分の家は先祖代々大した手柄を立てたことがない底辺貴族ですから」
「ならこの決闘に名乗りを上げたことが何を意味するのか分かっているのだろうな!?」
「それはもちろん」
俺は飄々とした態度を意識しながらアルベリヒに返答する。
そんな俺の態度にアルベリヒは苛つき、この行動に伴う代償について怒鳴りつけてきた。
それに俺が躊躇なく返事をするとアルベリヒは歯ぎしりをする。
――そして彼の背後でエリーゼもまた「余計なことをしてくれやがったな」と不愉快そうにしているのも見えた。
「決闘は私たち4人とフィーネとアッシュのコンビで行う。そういうことで本当にいいんだな?」
と、そこでレコンが無理やり話を戻して俺とフィーネに改めて確認する。
「……はい。わたしは決闘をお受けします」
「俺も意思は変えませんよ。というかそちらは本当に4人だけでいいんですか? エリーゼ嬢にも加わってもらった方がいいのでは?」
「っ、貴様らのような愚図の相手をエリーゼにさせられるわけがないだろう!」
俺が挑発するようにエリーゼの参加を呼びかけるとアルベリヒたちの顔に憤怒の表情が浮かぶ。
「わかりました。じゃあ2VS4でやるとましょう。で、決闘には何をお望みになりますか?」
「僕たちが勝った時の望みは決まっている。フィーネ・シュタウト、そしてアッシュ・レーベン! 僕たちの前に二度と現れないようこの国から出ていくことだ!」
なるほど、つまり向こうがお求めになっているのは俺たちの国外追放か。
「では俺たちが勝った場合は殿下たちとエリーゼ嬢がばらまいた嘘やデマの否定と謝罪、そしてフィーネ・シュタウト嬢に二度と退学を強要しないこと、並びに彼女の関係者に危害を加えないことを約束していただきましょうか」
「その程度の要望でいいのか? 幾ら気味の悪い力を使うと言ってもフィーネ・シュタウトの実力は高が知れている。それに貴様のような弱小貴族がついたところで我々に勝てるはずがないというのに!」
「貴方たちこそ負けた後で『不正があった』などと騒がないでくださいよ」
「……どこまでも憎たらしい男だ。決闘は3日後、学院内のコロシアムで行う。いいな!?」
「ええ、構いませんよ」
「わたしもそれで大丈夫です」
アルベリヒは俺たちにそう吐き捨てると、エリーゼを気遣いながら仲間たちと学舎へと歩いていく。
さて、周囲の野次馬に絡まれるのも嫌だし俺たちも各々の教室に向かうとしよう。
「フィーネ、大丈夫?」
「はい。この1ヶ月の間、アッシュさんにしっかり鍛えてもらえましたからおじけたりしません!」
「なら良かった。でも油断は大敵だからな」
「はい」
ああ、そうだ。俺たちはこの1ヶ月の間、エリーゼたちに文句を言わせることなく勝つための準備を済ませてきた。
あとはこれを実行に移すだけだ。
(さあ、逆襲の始まりだ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます