第7話 逆襲を始めよう

 フィーネが全てを話し終えた頃には日は落ち、窓から紅い光が部屋に差し込んでいた。

 

「……ごめんなさい。たったこれだけのことなのに、こんなに時間をかけて長々と話してしまって」

「いいや、むしろよく話してくれたよ。本当に辛いことを思い出させて悪かったな」


 フィーネは小さく「ありがとうございます」と呟くが、曇った表情で俯いている。

 何せ本人の口からあの鬱シナリオを語られたんだ。俺も結構なダメージを受けている。


 だけどこれで聞きたいことは知れたと思う。


 まずマザー・ヒルダがフィーネに力――聖魔法をあまり人前で使わないようにと言ったのは聖女として魔王と戦う運命に投じられるのを避けるためだろう。

 マザー・ヒルダはかつてこの世界で最大の宗教【聖女神教】で最高位の司祭だった人で、フィーネの力が聖魔法であり、彼女が光の聖女となることを知っていたと逆ハーレムルートの終盤で語るシーンがあったからな。


 そしてフィーネが山で助けたという鳶色の髪の男はエルゼス王太子で間違いない。

 これについては共通ルート終盤、時期で言うと2年生の2学期辺りに庶民でありながらアルベリヒたちと仲良くしていることを妬んだ一部の上級貴族の子弟がフィーネを陥れるため「フィーネ・シュタウトの王立魔法学院の入学推薦状は彼女が持つ得体の知れない力で偽造されたものである」というデマを流されるイベントが起こり、フィーネと攻略対象キャラはそれを払拭するため奮闘することになるのだが、最後の最後で彼女らの窮地を救ったのがエルゼスなのだ。

 その時のイベント内容がかつて自分が山で命を落としかけた時に助けてくれたのがフィーネだということ、そして彼女の持つ力が光の聖女にしか扱えない聖魔法だと告白するというものだったから、エルゼスだと断言していいだろう。


 問題はエリーゼだ。

 彼女は王立魔法学院という故郷の村を出てはじめて見知らぬ人間ばかり、それも全員貴族の子供という特殊な環境で孤立しかていたフィーネに寄り添い彼女からの信頼を得た。

 そこまでであったら下級貴族の娘が憐憫の感情を抱いたと片付けられただろう。

 しかしエリーゼはフィーネがその日のスケジュールを決め、彼女の行動を誘導したり、ポーションを大量に確保することでアルベリヒ殿下らの怪我を治していたといっていた。

 ……恐らくだが、エリーゼはキズヨル本編でフィーネが取った行動をなぞったのだろう。

 フィーネと攻略対象キャラとの交流は全て彼女がその力で怪我や病を、彼女しか扱えない『聖魔法』で癒して興味を持たれたことから始まる。

 それをポーションによって補うことでフィーネの立ち位置を乗っ取ってしまう。

 加えてフィーネの1日のスケジュールをエリーゼに握ることでアルベリヒらと出会わないようにし、彼らの友好度を稼がないようにする。

 そしてフィーネはエリーゼのことを信頼、というより彼女にマインドコントロールされているからそのことに違和感を持つことはない。

 現状全て憶測でしかないが、もしこれが事実だとすればエリーゼという女はとんでもない人間になる。

 フィーネの僅かな心の隙をつくことで彼女を支配し、それによって攻略対象キャラたちをも自分の思い通りにしてしまう。

 こんなことを出来るのは俺と同じくキズヨルというゲームのシナリオや知識を知っている者、つまり転生者だ。

 そうなるとエリーゼとの戦いはどちらによりゲーム知識があるか、ということになるな。


「……あの」


 そんな風にエリーゼとの戦いを想定していると、フィーネが話しかけてきた。


「ん? どうかしたのか?」

「やっぱりこれ以上アッシュさんにご迷惑をおかけすることなんて出来ません。ですからここを出ようと思います」

「……ここを出て、その後は?」

「それは……、わかりません。でもわたしがここにいてもアッシュさんに良いことなんてないでしょうし……」


 そう言ってフィーネは心の底から申し訳なさそうにしながら、立ち上がろとする。


「確認しておきたいが、フィーネは退学する時に書類にサインをしたか?」

「……? いえ、そういったことはしてませんが……」

(おや? ということは……?)


 それを聞いた俺は早速懐から生徒手帳を取り出し、退学に関する部分の規則を読む。


「……フィーネ、君は学生証と生徒手帳をまだ持っているか?」

「は、はい。持っていますが……?」


 なるほど、それならまだやりようがある。


「フィーネ、君が王立魔法学院を退学するにはいくつか手続きをしないといけない。そして君は今、その手続きを何一つとして行っていない状態だ」

「手続き、ですか?」

「ああ。まずは退学書類へのサイン。それと君に推薦状を与え保証人となっている人の許可、あとはそれらを学院長に認可してもらう必要がある。それが完了するまで君は王立魔法学院の生徒のままだ」

「でもアルベリヒ殿下は……!」

「王族といえど学院に生徒として在籍している以上、規則を無視することは出来ないさ。

そしてフィーネが突然いなくなれば保証人は君のことを探すだろう。それこそ君の故郷の孤児院にまでな」


 フィーネは俺の言葉を聞いて戸惑う。

 何せ大前提が崩壊した上に結局孤児院に迷惑がかかることは変わらないと告げられたら混乱するのも無理はない。

 ……話の内容は多少誇張しているが、これくらい言わなければ俺がこれから告げる計画に彼女は賛同しないだろう。


「このままだと孤児院の皆に迷惑が……、でも保証人の名前なんて知らないし、学院にまた戻るわけにも……」

「――1つ、この状況を確実に改善できる方法がある」

「ほんとですか!? 教えてください! その方法を!」


 俺は敢えて一呼吸置くとその単純明快な方法を話した。


「君とコンビを組んでアルベリヒ殿下たちに決闘を挑む。そこで邪悪な力ではないことを証明し、かけられた疑いを晴らす。それが俺の策だ」

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