第6話 回想(side.フィーネ)
side.フィーネ
わたしには昔からどんな傷や病気でも一瞬で回復させてしまう不思議な力がありました。
わたしは初め、この力は魔法か何かだと思っていましたが、人を癒す魔法は存在しないと聞かされて余計にこの力のことを理解できなくなりました。
ですがマザー・ヒルダは「知らなくていい。理解できなくていい」と仰り、そして「この力を私の許可なく人前で使ってはいけない」と忠告されました。
その時に何となくわたしは察しました。
マザー・ヒルダはこの力のことを知っているのだと。
けれどマザー・ヒルダはこれまでわたしのことを心の底から思って世話してくれました。
だから彼女の言う言葉は間違っていないと考え、わたしはマザー・ヒルダの言葉を素直に受け入れました。
力を使う時はマザー・ヒルダの許可が出て、なおかつ力を使う相手がポーションなどで回復させられない酷い重症を負った時のみ。
わたしはそんなマザー・ヒルダの教えを守りながら、辺境の孤児院で多くの弟や妹たちと平穏に暮らしていました。
ですが3年前のあの日、わたしはマザー・ヒルダの教えを破ってしまったのです。
その日、わたしは薬草を取りに行くために山へ出かけていました。
しかし朝起きた時は晴天だった山の天気は一転して酷い雷雨となってしまいました。
ただその山は幼い頃から登っていたので雨風を凌ぐことが出来る安全な洞窟を知っていましたから、わたしは冷静にそこへ向かうことにしたのです。
その道中でわたしは出会ってしまいました。
金色の目と鳶色の髪を持ち、そして落石にあって怪我をして苦悶の表情を浮かべているそのお方を。
その方の怪我はとても酷いもので、すぐに麓の町にある医院に運ばないと命を落としかねないものでした。
ですがその時の天候で山を降りるのは危険な状況だったので、わたしはその男の人を支えながら洞窟の方を目指すことにしました。
そして洞窟にたどり着いたわたしは男の人を寝かせるとマザー・ヒルダの許可なく“力”を使ってしまったのです。
力により見る見る内に怪我を治癒していく様を見て、男の人は目を見開きこう尋ねました。
『このような魔法は見たことがない。これは何か特別な魔道具なのか? それとも君は誰か高名な魔術師のお弟子さんなのか?』
その方の質問に対してわたしは隠し立てすることなくこう返してしまいました。
「これはわたしが昔から使える力です。詳しいことは何も分かりません」
わたしの返答にその人はさらに驚きましたが、それ以上この力について追及してきませんでした。
ですが雷雨が止み、山を降りられるようになった時、男の人はこう尋ねてきたのです。
『君のおかげで一命を取り留めることができた。是非ともこの礼をしたい。どうか君の名前を教えてくれないだろうか?』
わたしの故郷の村では“犯罪”が起こることは全くなく、あったとしても酒場での喧嘩などのしょうもないことばかりでした。
だかろわたしは無用心にも答えてしまったのです。
「……わたしは、フィーネ・シュタウトです。ですがお礼は必要ありません。わたしは人として為すべきと思ったことをしたまでです」
その返答に鳶色の髪のあの方は大きく笑い、そして『君のことがますます興味深くなった』と伝え、自分の足で山を降りていかれました。
そして1年後、そんな出来事があったことをわたし自身が忘れかけていたその日、村に綺麗な白馬に引かれたとても豪華な馬車がやって来ました。
その馬車から降りてきた身なりのいい格好をした方々は迷うことなく孤児院へやって来ると、出迎えたマザー・ヒルダに『特例措置としてフィーネ・シュタウト嬢に王立魔法学院への入学許可が下った』と告げました。
マザー・ヒルダは『ありがたき幸せです』とだけ答えると、わたしを呼び寄せて尋ねました。
王立魔法学院に入学するかどうかは自分次第だ、と。
わたしはこの力でより多くの人が救えるのであればそうしたいと答え、王立魔法学院への入学を決意しました。
それからは本当に目まぐるしい毎日でした。
貴族社会での礼儀作法や言葉遣い、王都での一般常識、王立魔法学院とは何たるかを教え込まれ、そしてわたしは故郷を旅立つ日を迎えました。
孤児院の子供たちや村の人は王都へ向かうわたしに激励の言葉をかけてくれましたが、マザー・ヒルダだけは悲しげな表情を浮かべていたことは今でも忘れられません。
ともかくわたしは生まれて始めて故郷の村を出て王都へとやって来ました。
煌びやかな街並みに活気のある大通り、村とは何もかもが違うその風景に感嘆し、ここで3年間暮らすことになるのだと意気込みました。
そして寮につくと周囲の人々が奇異の目でわたしを見ていることに気付きました。
それは当然のことでしょう。王立魔法学院は貴族しか入学を許可されない学園で、庶民の新入生はわたしだけなのですから。
「貴女がフィーネ・シュタウトさん? あたしはエリーゼ。これからよろしくね」
そんな中でわたしに臆することなく話しかけてくれたのがエリーゼさんでした。
エリーゼさんとわたしはすぐに仲よくなり、いつも一緒に行動するようになりました。
やがてわたしは自分の秘密について明かすほど彼女のことを信用するようになりました。
ただ1つ気になったのは彼女がわたしの毎日の予定を異様に気にしていたことでした。
その日はどんな授業を受けるのか、どの建物へ向かうのか、街へ出かけるのか、いつ寮へ帰るのか。
そういったことを彼女は毎朝会う度に教えて欲しいと頼んできました。
正直に言ってわたしは毎日予定を立てて行動しているわけではないので、どう答えればいいか苦慮しました。
それでも「今日はこの授業を受ける」「明日は寮にいる」などざっくりとした予定を伝え、それに対して彼女は「今日はこっちの授業を受けた方がいい」「明日は街に出かけた方がいい」と答えました。
本当に愚かな話ですが、エリーゼさんはいつも優しくしてくれていたので、わたしは彼女の言葉を信じてその通りに予定を立てました。
エリーゼさんがわたしのいない場所で具体的にどんなことをしていたのかは知りません。
分かったのは彼女が回復ポーションを大量に保管していたこと、それとアルベリヒ王子殿下らが怪我を負った時にそれを治療したということ。
そして「フィーネ・シュタウトはエリーゼ・リングシュタットを邪悪な魔法で脅迫している」という噂を学院中に広げていたということだけでした。
わたしがようやく事態を把握した時のは2年生になった辺りで、その頃には学院の他の生徒の皆さんが向ける視線は軽蔑や嫌悪を含んだものとなっていて、「売婦」「悪女」「魔女」と陰口を叩かれ、時には教科書を取られたり、頭から水をかけられたりといったことをされるようになりました。
わたしは必死に弁明しました。
わたしはエリーゼさんにそのようなことはしていない。そもそも邪悪な魔法なんて持っていない、と。
ですがその言葉を信じてくれる人は1人もおらず、むしろわたしの立場をより悪いものへとさせていきました。
とどめとなったのは2年生に上がって何度目かの野外戦闘訓練です。
野外戦闘訓練とは基礎戦闘を習得し、2年生になった生徒のレベルを上げて魔力を向上するために行われる魔物討伐のことです。
訓練には宮廷魔術師や騎士の方々が警護役として同伴され、魔物1体に対してクラス単位で戦うことになっていますから余程のことがない限り怪我をすることはないでしょう。
しかしそれを加味してもクラスの皆さんは戦い方はとても危うげなものでした。
わたしはこれまで孤児院の子供たちを守るために村の近辺に現れた魔物と戦ったことはありましたが、王立魔法学院の他の生徒の皆さんは人以外との本当の実戦には不馴れなようでした。
ですからせめて大怪我をしないようにとわたしは自分が唯一使える魔法で『防御の加護』をおかけしたのです。
……そしてそれが終わりの始まりとなりました。
戦いが終わった後、同じ野外訓練に参加していた方々は不愉快そうな表情を浮かべながらわたしを取り囲んでこう仰られたのです。
『貴様、僕たちに一体何をした』
『お前が出したあの変な光、オレたちを魔物に殺させるためのものだろ!?』
わたしは必死に弁明しました。
あれはわたしが使える力の1つ、『防御の加護』で決して皆さんを陥れるためにやったわけではない、と。
『「防御の加護」? 攻撃以外で他人に干渉できる魔法なんて聞いたことがありません』
『やっぱりオレたちを騙そうとしてたんだな!』
『そもそもキミのような庶民に気遣われるほど我々は弱くない』
それでもわたしの話を聞いてくれる人はおらず、最後にアルベリヒ王子殿下は私を汚物を見るような目でこう仰られたのです。
『――気持ち悪い。二度と僕たちの前でそのおぞましい力を使うな』
あの時の絶望や苦しさ、自分の全てを否定される感覚は今でも忘れられません。
それから少し経ったある日、わたしは上級貴族の方々しか入ることが許されないサロンへと呼び出され、アルベリヒ殿下、ユージーン様、レコン様、デイヴィット様、そしてエリーゼに取り囲まれました。
アルベリヒ殿下はエリーゼに「この女がフィーネか?」と尋ね、彼女は怯えた様子で頷きました。
するとアルベリヒ殿下らは烈火のごとき表情を浮かべ、わたしにこう仰ったのです。
『エリーゼへのこれまでの蛮行、許してはおけない。お前はただちにこの学院を退学せよ』
一瞬、わたしは自分が何を言われたのか理解できませんでした。
エリーゼへの蛮行? 学院からの退学? これはたちの悪い冗談か何かではないのか、と。
わたしは頭の中に浮かんだ考えを全て吐き出して、エリーゼからこれはただの冗談だと言ってくれるのを期待しました。
しかしそのわたしの行動はアルベリヒ殿下らには火に油を注ぐようなものだったらしく、あの方々は怒りをさらに増してこう仰いました。
『まだそのような見苦しい言い訳を吐くのか。大人しく認めないのであれば、お前のような悪女を育てた孤児院も潰さなくてはならないな』
それを言われた時、わたしの脳裏をよぎったのは自分に懐いてくれる大勢の弟や妹、そしていつも優しげな笑みを浮かべているマザー・ヒルダ――お義母さんの顔でした。
あの温かい場所が壊されてしまう。
そのことを理解してしまったわたしは、殿下に跪き、「学院は退学するから、どうかあの孤児院には手を出さないでください」と訴えました。
そして殿下はそれを聞き入れ、ただちに学院寮を去るようにと命じました。
そこから先のことはあまり覚えていません。
元々私物なんて持ち込めるほど余裕のある身分ではありませんでしたから、多分そのまま学院の敷地を出ていったのでしょう。
気がついた頃にはわたしは王都の路地裏へと辿り着いていました。
しかしこの時のわたしはもう体力も気力も使い果たしていて、自分で自分に魔法を使うことすら出来ない状態になっていました。
ですがそのことにわたしは不安や恐怖より安心感を得たのです。
王都を出てしまえばわたしはフィーネ・シュタウトではなく何処にでもいる一庶民になれる。どのような末路を辿ったところで孤児院に迷惑がかかることはないと。
そうして1週間が過ぎた頃です。
『おい、あんた。こんなところにいたら風邪を引くぞ』
そう心から心配するように声をかけてくれた人が現れたのは。
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