第5話 秘密の打ち明け

「ふぃー、やっと午前の授業が終わったあ」


 イアンは心底疲れた様子で腕を伸ばす。

 今日の授業は午前中に剣や魔法の実技演習があったから他のクラスメイトもイアン同様に疲れた様子。


「にしてもアッシュ、お前は相変わらず汗一つかいてないな」

「そういう体質なだけだよ。実際すげー疲れてるから」


 と言いつつも、ゲーム知識を生かして冒険者としてそれなりに場数を踏んでいる俺には学院の実技授業は正直かなりのヌルゲーだ。

 絶対に反撃してこない的を相手に得意の魔法を放つだけの魔法演習、怪我をしないようにするための魔道具を発動しながらの剣の訓練。

 どれもこれもダンジョンで繰り広げられる命のやり取りとは桁違いに安全で余裕なものだ。


「ところで昼メシどうする? いつも通り日替わり定食にするか?」

「あー、悪い。今日は寮に帰って食べるわ」

「珍しい。何かあったのか?」

「洗濯物をしまうの忘れてたんだよ。それじゃ!」


 俺は適当な理由をつけると教室を出て学院寮へと向かう。


 王立魔法学院の昼休みは非常に長い。

 これには派閥の結束のためのティーパーティーや実家への報告など貴族としてしないといけないことが多く、そのため学院側も授業は午前中に集中させて昼休みは長めに、午後の授業も自由出席なものにしている。

 メタ的に言えば現実の学校のように授業を詰めてしまうとダンジョンでレベルを稼いだり、攻略対象キャラとの交流をするための時間が無くなってしまうからだろう。


 閑話休題。


 俺が寮に戻る理由は極めて単純、フィーネがまだ部屋にいるかどうかを確かめるためである。

 朝は部屋の鍵を閉めておけば大丈夫だろうと考えていたのだが、フィーネは部屋の窓から飛び降りる展開があったことを昼休みに入る直前に思い出してからは内心ずっと焦っていたのだ。


(と、とりあえず鍵は閉まったままだな……)


 自室の前に戻り鍵を差し込むとガチャリと開く音が聞こえる。

 そして部屋に入るとリビングの大きな窓は完全に閉じられたまま。どうやらあそこから脱出したなんてことはしていないようだ。


(いや、まだ安心できない。寝室にも小さいけど窓はあるし、そこから無理やり脱出するなんてことをしてるかもしれない)


 そう考えて寝室の扉を開くと、フィーネはまだ熟睡したままだった。


(学院を追い出されてからずっと緊張していたんだろうな……)


 しかしこの時間以降は寮に戻ってくる学生が増えてくるので念のため起こして注意をしておかないと。

 ……それにエリーゼについて聞いておきたいこともあるしな。


「おーい、そろそろ起きてくれないか~?」

「ん、んんん……。マザー、もう少し寝かせてください……」


 フィーネが寝惚けながら言ったマザーとは彼女が生まれ育った孤児院の院長であるマザー・ヒルダのことだろう。

 夏休みの里帰りイベントにだけ登場するキャラなのであまり覚えていないが、確か厳しいが心の底からフィーネのことを思っている的な人だったはずだ。


「俺はそのマザー・ヒルダさんとやらじゃないぞ。頼むから起きてくれ」

「……あ、れ? アッシュさん? それにここって――」


 事態を察したのか、フィーネは顔を真っ赤にして俺から距離を取る。


「いやいや! 君には何もしてない! 全能の女神様に誓って言うよ!」

「そ、それは信じます、けど……」

「けど?」

「人様の部屋であんなだらしない格好で寝ていたのが恥ずかしくて……!」


 ……確かに寝ている時のフィーネは非常にだらしないものだった。それは否定しない。

 けれど学院を追放されてからずっとまともに眠れていなかったのであれば、それを茶化すなんてことは俺には出来なかった。


「疲れていたんだろ。仕方ないさ」

「本当にすみません……。あの、わたし何時間くらい寝てましたか……?」

「あー、半日以上?」

「は、半日っ!?」


 それを聞いてフィーネはすぐにベッドから飛び降りると俺に土下座する。


「ごめんなさい、ごめんなさいっ! 人様の部屋でだらしなく寝て、それに半日以上もベッドを占拠してしまって!」

「さっきも言ったけど疲れていたんだろうから仕方ないし、気にしてもないよ。だからもう頭を下げないでくれ」

「うぅ……、本当にごめんなさい」


 フィーネは申し訳なさそうにしながらようやく立ち上がった。

 しかしその目からは最初にあの路地裏の片隅で初めて会った時のような「この世の全てに対する絶望」は感じられない。

 ちゃんと食事を取れて、温かいベッドで眠れたことである程度元気を取り戻せたのだろう。


 だからこそ、これから話す内容は彼女の苦い思い出を呼び起こしてしまうのではないかと思い気が引ける。

 それでも不測の事態に備えるためにもより多くの情報は手に入れなければ。

 

「フィーネ、何点か確認したいことがあるんだが答えてくれないか?」

「え、ええ。大丈夫ですけど……」

「まずエリーゼ・リングシュタットの名前に聞き覚えはあるか?」


 その名前を口にした瞬間、彼女の顔から先ほどまで感じられた明るさが消え失せる。


「……どこでその名前を知ったんですか?」

「昨日、アルベリヒ王子がそのエリーゼ嬢との婚約を発表したらしい。ついでに4騎士全員とも婚約をしたそうだ」

「そう、ですか……。……はい、わたしは彼女のことを知っています」

「彼女はあの日、君があの場所にいたことと何か関わりがあるのか?」

「……あります」

「その関係について教えてもらうことは出来ない、かな?」

「……」


 無言で黙ったフィーネの目はあの時の恐怖や怒り、絶望、この世の全てに対する諦め、そういった負の感情が入り交じったものとなっていく。

 せっかく元の明るさを取り戻せていた時にこんなことを聞くのは酷だが、それでもフィーネをあの光の当たらない路地裏から助けるためだと思い話を続ける。


「酷なことを言ってるのは分かってる。でもこれは君が置かれている状況を改善することに必要かもしれないんだ」


 フィーネは深呼吸をすると俺の顔を見据えた。


「……わかりました。少し長い話になるかもしれませんけど、構いませんか?」

「ああ。大丈夫だよ」


 そして彼女はポツリポツリと呟くように喋り始める。

 自分の身に何が起こったか。エリーゼ嬢が何をしたのかを。

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