第4話 1人目のイレギュラー

 翌朝、目を開けるとそこはリビングのソファーの上だった。

 どうしてこんなところで眠っているのかと一瞬違和感を覚えるが、すぐ昨日起きたことを思い出す。

 俺はそっと寝室を覗いてみると、そこにはベッドでぐっすり眠っているフィーネの姿が。


(そうだ。あの後フィーネが起きなくてベッドで寝かせたんだったか)


 起こした方がいいかと思ったが、このままだと彼女はまたあの路地裏に戻ってしまうだろうと思い躊躇う。

 それと同時に時計を見て始業時間が迫っていることを知った俺は、急いで「部屋のものは好きに使っていい」というメモをリビングのテーブルの上に置くと制服に着替えて寮の部屋の外へ出ていく。


「……ごめんな」


 内心申し訳ないと思いながらも、部屋を出て混乱やトラブルに巻き込まれないようにするため、そしてフィーネがまたあの路地裏に行ってしまわないようにと部屋の鍵を閉じる。

 そして俺は遅刻しないように学舎へと走っていくのだった。



◇◇◇



「よお、アッシュ。体調はどうだ?」


 教室につき授業の準備をしていると1人の男子生徒が俺に話しかけてくる。

 彼の名前はイアン・モーレフ。アッシュ・レーベンと同じく下級貴族で、本編には一切登場しないモブキャラであり、同時に俺の数少ない友人の1人てあった。


「半日寝てたらすっかり良くなったよ。やっぱり睡眠は大事だな」

「そいつは良かった。でも残念だったなあ。あの一大イベントを見逃すなんて」

「……一大イベント?」

「アルベリヒ王子が婚約を発表したんだよ!」


 アルベリヒ第2王子。キズヨルで攻略対象となっているキャラの1人であり、ノーマルルートでは勇者として光の聖女に覚醒したフィーネと魔王を倒すはずの人物で、そしてフィーネをあんな目に遭わせた張本人。

 といっても下級貴族と上級貴族はクラスが分かれているので接触する機会は殆どなく、授業も別で行われているので俺が殿下の顔を直接見たのは入学式の際に新入生代表としてスピーチしているところを遠目から見ていたくらいだ。


「へぇ、それでどなたと婚約されたんだ? やっぱり公爵家とか分家のご令嬢?」

「いやいや、それがオレたちと同じ準男爵家のご令嬢なんだよ」


 俺やイアンの家は準男爵家という貴族の中で最も多く、同時に最も身分の低い家柄で、その時の当主が何かしらの功績を上げないと爵位を没収されてしまう立場にある。

 さらに貴族としての特権はほぼ皆無ということ、金さえ積めば買えるということもあり、伯爵家以上の上級貴族からは実質平民と扱われているのだが……。


「準男爵家の令嬢がよく王族と接点を持てたなあ……。名前は公表されてたりするのか?」

「えっと、確かエリーゼ・リングシュタットって言ったかな? 婚約発表の時にアルベリヒ王子殿下に付き添っていたのを見たけど結構可愛らしかったぜ」


 エリーゼ……、キズヨルをプレイしていてそんな名前のキャラ聞いたことがないな。

 いやまあバッドエンドでフィーネが退学した後に攻略キャラがどうなったのか分からないから知らなくて当然なんだが。

 しかしそれを踏まえても準男爵家の令嬢がどうやって王族と付き合えるようになったのかは気になる。


「そのエリーゼって人、どこのクラスにいるか分かるか? 一度見てみたいんだけど」

「婚約発表と同時に特待生クラスに編入されたからオレらじゃ会いにいけねえよ。でももうちょっとしたら顔を見れると思うぜ。何せあんな派手なことをしてるんだからな」


 そう言ってイアンは窓の方を指差す。

 どういうことかと思いながら窓の外を見て、俺は彼が語った「派手」の意味を理解する。


 金髪碧眼の美青年、第二王子アルベリヒ・クラウン殿下。

 王国屈指の猛将の息子にして無双の槍使い、ユージーン・グライム。

 宮廷魔術師のトップの息子で5つの属性の魔法を使いこなす稀代の天才魔術師、レコン・アルバッハ。

 長きに渡って王国財務尚書として宮廷に支える重臣の息子で、学生ながら複数の商会を運営するカリスマ経営者デイヴィット・ベヌス。

 そんな現王立魔法学院で最も影響力のある4人の美青年、通称“4騎士”に囲まれながら堂々と歩く小柄で亜麻色の髪をした少女。


「……もしてかしてあの子がエリーゼか?」

「ああ。そんでもってあの4人の貴公子様の婚約者でもあらせられる」

「同時婚約って……、そんなの可能なのか?」

「第2王子様の権限で可能にしたそうだ」


 もし俺にキズヨルの知識が無ければ「そんなバカな」と口に出していただろう。

 しかし俺はその展開を知っている。加えて同時に婚約した者があの4人だと考えると余計にこの異常事態に納得してしまう。


 エリーゼと婚約しているあの4人のイケメンはキズヨルの攻略対象だ。

 そして真エンドである逆ハーレムルートでは問答の末にアルベリヒが自身の権限と立場を使ってフィーネとの4人同時婚約をそれぞれの親に納得させるという展開がある。

 それらを考えるとエリーゼはゲームの逆ハーレムルートを歩んでいるということだろう。


 問題は何故エリーゼがフィーネの立場を乗っ取り逆ハーレムルートに突入できたのかということだ。


 そもそもフィーネが4人の攻略対象と接点を持つようになるのは全て彼女が聖魔法を使用したことから始まる。

 そしてゲーム内の設定で聖魔法を扱える光の聖女はその時代に1人しかいないと断言されていた。

 さらにクラスも違えば授業も一緒に受けられないエリーゼは一体どうやって殿下たちと会って逆ハーレムまで持っていたんだ?


「おーい、そろそろ授業の準備しねーとまずいぞー!」

「あ、ああ」


 謎は深まる一方だが、とりあえず俺は授業の準備をすることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る