第3話 看病されました

「……やらかした」


 俺は喉の痛みやめまい、足がつるような感覚や倦怠感に苦しみながらベッドの中でそう呟く。

 仮に俺が上級貴族の家の者だったら今頃使用人が看病をしてくれるのだろうが、下級貴族の家に学院に通う間付きっきりで面倒を見てもらう使用人を雇う余裕などない。

 そして学院側もそれを承知しているのか下級貴族の寮の部屋は独り暮らしが出来ることを前提にしたものとなっている。

 よりメタ的なことを言えば、ゲーム内で発生するフィーネのデートイベントでお弁当を作らせるためのものなのだろうが。


 ともかく俺はあの雨の日の翌日、盛大に風邪を引き、授業を早退してこの学院寮の小部屋で苦しむ羽目になっていた。


 王立魔法学院は問題を起こすことなく3年過ごせば自動的に卒業となる。

 上級貴族の家の者は派閥争いでその問題を起こそうとあれこれ画策しているようだが、下級貴族には縁のない話だ。

 だから遠慮することなくこうして休んでいればいいのだが……。


「レベルアップで免疫が良くなったりすればいいのになあ……」


 これもあるキャラの攻略ルートでフィーネが風邪の看病をして、その次の日に風邪を移され逆に看病されるというイベントを起こすためなのだろうが。

 こうして考えていると本当にこの世界はフィーネを中心にして回っていたのだなと実感する。


 世界の中心、主人公。生まれながらにその運命が決定づけられているということの重責は一体どれほどのものか。

 そしてその主人公の座を追い出されるということはどれほど苦痛なのだろうか。


 ダメだ。風邪のせいで思考がどんどんおかしくなっていく。

 とりあえず水を飲もう。そう思って立ち上がった、その時。


『トントン』


 突然部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。

 おかしい。今の時間帯、他の生徒は皆授業に出ているはずだ。

 寮の管理人が見舞いに来たという可能性もないだろう。あの男はただ世話をしているフリをしつつ、貴族の出世頭に尻尾を振ることしか能がない人間だ。


『トントン』


 そんなことを考えている間にも扉をノックする音は続いている。

 荒っぽい奴ならとっくの昔に部屋に押し入っているだろうし、何か襲われるようなことにはならないと見てよさそうだ。

 そもそも襲われるような身分でもないのだが。


「はい、どちら様です――っ!?」


 気だるげに扉を開けた俺は、ノックしていた人物の姿に驚き目を大きく見開く。


「……こんにちわ、アッシュさん。上着をお返しに来ました」


 桃色の髪に翡翠色の目の容姿の整った美少女、フィーネ・シュタウトが綺麗に洗って折り畳んだ制服の上着を持ってそこにいたのだ。


「……なんで俺の名前を? それに寮の部屋をどうやって――」

「制服の上着にこれがありましたので」


 そう言って彼女は自分のポケットから学生証を取り出す。

 そしてそこには転写魔法で貼られた俺の顔写真と名前が記されていた。


「授業中だから最初は守衛さんに届けようとしたのですが、寮の部屋にいると聞いたので直接届けに来ました」

「あ、ああ。ありがとう……」


 学生証のことを忘れて上着をあげるとか、マジでバカなことをしてたな。

 俺は自分が取った行動に呆れながら、フィーネから制服を受け取ろうとして――。


「あ、れ……?」


 不意に力が入らなくなり、フィーネの方にふらっと体が傾いてしまう。

 そんな俺を彼女は優しく受け止めると、真剣な表情でおでこを触る。


「あの。風邪を引いてますよね?」

「……まあ。でもこれくらい寝てたらその内すっかり元通りになるから気にしなくていいよ」


 そう言ってフィーネから離れようとするが、やはり体に力は入らず今度は仰向けに倒れそうになってしまう。

 それを見てフィーネは部屋の中に入ると、俺の体をぎゅっと引っ張って倒れないようにする。


「寝室に向かいますよ。いいですね?」

「いやっ、そこまでしてくれなくても」

「いいですね?」

「……はい」


 俺はフィーネの力を借りながら何とか寝室のベッドに戻るとそこに寝かされた。

 最高にカッコ悪いけど、今は大人しくフィーネの言う通りにした方が良さそうだな。


「どこか痛む箇所はありますか?」

「鼻と喉、それと頭も……」

「パッと見た感じだと風邪ですね。薬は?」

「……ない」

「そうですか。わかりました」


 俺の返答を聞いてフィーネは何か覚悟を決めたような表情をすると、両手を俺にかざす。


「気持ち悪いかもしれませんが、我慢してください」


 そして忠告するようにそう言うと、聖女だけが使える状態異常を回復する魔法の言葉、『キュア・コンディション』を唱えた。

 すると彼女の手が光るのと同時に俺の体から黒い靄のようなものが浮き出て即座に消滅する。

 それと同時にさっきまで感じていた倦怠感や喉の痛みなどが消えていく。

 だがそれ以上に強く感じられたのは彼女が使う聖魔法の美しさだった。


「熱も下がったようですね。もう大丈夫でしょうけど念のために今日1日は大人しく休んでいてください。それでは」


 フィーネは俺のおでこを触ると返事を聞くことなく寝室を出ていこうとする。

 

「ま、待ってくれ! 何かお礼を――」

「お気持ちだけいただきます。昨日も言った通りわたしは」


 と、その時。どこからかお腹が鳴る音が聞こえてきた。

 最初は朝から何も食べてない俺の腹から聞こえたのかと思ったが、フィーネの真っ赤になった顔から何となく察してしまう。


「な、なあ? 腹が空いたから何か食べようと思うんだけど料理を手伝ってくれないか?」

「……それでしたら。アッシュさん、何か食べたいものとかありますか?」

「え? 君が作ってくれるのか?」

「流石に病み上がりの人に料理をさせられませんよ。それで何が食べたいですか?」

「……ならお粥で」

「わかりました。ならここで待っていてください」

「お、おう。部屋にあるものは好きに使ってくれていいからな」


 フィーネは恥ずかしそうにしながらも寝室を出て台所に歩いていく。

 キズヨルはメイドインジャパンの乙女ゲームということもあってか、舞台は中世ヨーロッパだが食事には日本食があり、入浴文化も普通にある。

 おかげで日本人としての感覚にギャップを持つことなく生きてこれたわけだが。


 そう考えながら天井をボーッと見上げているとフィーネが土鍋と茶碗が載ったお盆持って寝室に入ってくる。

 蓋を開けるとそこには実に旨そうな玉子粥が。


「お待たせしました。美味しいかは分かりませんが……」

「いや、これめっちゃくちゃ旨いよ!」


 ほっこり優しい味わいで旨味が効いた玉子粥は絶品の一言で、茶碗によそわれた粥は一瞬で無くなってしまう。


「あれ、食べないの?」

「……わたしも食べていいのですか?」

「君が作ったんだから当然だろ? ほら遠慮せずに」

「……では、いただきます」


 フィーネはそう前置きしてから新しく茶碗を持ってくるとそれにお粥をよそぎ、スプーンですくって咀嚼する。

 すると彼女の右頬を一粒の雫が伝う。


「ど、どうかしたのか?」

「いえ、久しぶりに温かい料理を食べたのでつい……」


 ゲームの内容を思い返してみると確かバッドエンドルートのフィーネは食堂すら使わせてもらえず、残飯で1日の飢えをしのぐ生活をしていた。

 それを考えるとこうしてまともな食事を取るのは本当の久しぶりのことなのだろう。


 それから俺たちはゆっくりと時間をかけて玉子粥を食べていく。

 そして土鍋が空になる頃にはフィーネは緊張の糸が切れたのか、ベッドに寄りかかる形で眠ってしまっていた。


「……疲れていたんだろうな」


 俺は食器を盆に収めるとフィーネを起こさないよう注意しながら台所へ向かうのだった。

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