第2話 裏ワザ
キズヨルでは両手に装備することが出来る武器が幾つか存在する。
例えば最初に見つけて回収を断念した両手斧を初め、刀、槍、両手剣、そして二刀流が可能となる片手剣といった感じだ。
そしてこの中で片手剣だけはそれぞれに付与された特殊効果が重複して発動するという仕様となっている。
例えば右手に麻痺効果のある片手剣A、左手にクリティカル率を増強させる効果付きの片手剣Bを装備したら両方の効果が発動するということだ。
では全く同じ効果、同じステータスの片手剣――今回ドロップした経験値増量効果付きのものを二刀流で装備したらどうなるのか?
答えは簡単、単純に経験値増量効果が2倍となる。
こうしたことからレベルカンストしたければ経験値増量効果持ちの片手剣を2つ確保しろとwikiの裏技・小ネタの欄にしっかりと記載されており、前世の俺もそれに素直に従ってレベル上げをしたものだ。
加えてゲームが現実となったこの世界では非常にラッキーなことに秘匿領域の武器は武器屋で買える最も安い武器と見た目が全く変わらない。
メタ的に言えば「ランダムドロップのアイテムに一々専用グラなんか用意したくねえよ!」というデザイナーの声を反映させたのだろうが、ともかく俺みたいな人間が持っていても盗まれる心配のないデザインだったのは心理的にとても安心できた。
何はともあれ、秘匿領域での装備回収マラソンを終了した俺は地下水道に別れを告げ、ようやく王道の魔物退治の依頼を受注した。
ちなみにこの頃、兄と婚約者が正式に結婚して土台を固め、両親は「今住んでいる家はくれてやるから王立魔法学院を卒業したら家を出ていけ」とさらに俺を放置するようになってきていたが、下手に干渉される可能性が減ってより自由に動けるになると喜んだものだ。
というわけでまたメイドに特別手当てを出すと唆して保証人になってもらって個人口座を開設した俺は、秘匿領域で回収したアイテムの売却金を振り込んで自立の準備を進めていったのだが、これはまた別の話。
さて、俺が初めて倒すことになったのはワーク・ビーという人間を視認すると同属を大量に呼び出すという特性を持つモンスターだ。
こいつは単体の攻撃力はそこまでではないのだが、その数の多さから新米冒険者からは危険なモンスターと認識され、中堅以上の冒険者からはドロップアイテムがしょぼいことや地味に硬いことから無視されており、“冒険者ギルド泣かせ”なんて2つ名が付いている。
だが運良く経験値増量効果持ちの秘匿領域産片手剣を2つも手に入れた今の俺からすると、絶えることなく経験値が運んできてくれる絶好の獲物だ。
加えてワーク・ビーのレベルは10。レベル1の俺が倒せばレベル差による経験値上昇補正が加わり1体倒すだけでレベルアップする。
そしてキズヨルはレベルが上昇すると状態異常を除いてステータスが全回復する仕様。
つまり奴らを根絶やしにせず絶妙に数を調整すれば幾らでもレベルアップが出来るということだ。
かくして俺は無限湧きするワーク・ビーを相手に剣を振るい続けた。
その内、ワーク・ビーの攻撃を受けても余裕で耐えられるようになると今度はより強いモンスターとの戦闘を意識した剣技の試行錯誤も行うようになり、自分でも納得がいく型が身につくようになった頃にはすっかり日が落ちてしまっていた。
そこでようやく今すぐ帰らないと冒険者ギルドが閉まってしまうということに気付いた俺は残ったモンスターを一掃して王都に駆け足で戻ることにしたのだ。
この日討伐したワーク・ビーは凡そ394体。レベルは1から一気に30まで上昇した。
共通シナリオ最後のボスキャラの討伐推奨レベルが25ということを考えるとかなり強くなったといえるだろう。
それにワーク・ビーからドロップしたアイテムの換金額も結構なものとなり、秘匿領域で入手して換金したものと合わせれば両親が今住んでいる家よりももっと上等なものを王都の一等地に建てられる程度には貯金が増えた。
まあ成人もしていないような下級貴族の次男坊がそんなことをすれば悪目立ちすること間違いなしなので魔法学院に入学するまでは今の家で大人しくしておくが。
ただまあ、大量に持ち込んだワーク・ビーの死体とドロップアイテムの換金で受付嬢を涙目にさせてしまったことは今でも申し訳なく思っている。
だけど冒険者ギルドの受付カウンターが閉まる頃には他の冒険者は殆どいなくなるということを知れたのは幸運だったと言えるだろう。
それから俺は朝から受付カウンターが閉まる直前までモンスターを倒し続けるという毎日を繰り返し、王立魔法学院に入る頃にはレベル50にまで上昇させられ、貯金についても余計な贅沢をしなければ一生グータラできるくらいにまで増えていた。
だがこれ以上のレベル上げは原作のラストダンジョンじゃないと難しいだろう。
秘匿領域とラスダン以外で出現するモンスターの最高レベルは40。それも1日に1度しか出現しない特別なモンスターで、それを除くとレベル30のダンジョン出現モンスターであるリザードマンとなる。
そしてこのリザードマン、剣や盾を持っているから1体倒すのに結構な時間を持っていくモンスターなのだ。
試しに初めてワーク・ビーを倒した時と同じように無心で剣を振り続けても1日20体が限度だった。
しかも換金額はワーク・ビーを300体倒した方が遥かに割がいいときたものだから、レベル上げも換金アイテム採取も詰まりかけていたと言っていいだろう。
しかしその一方でこの頃の俺にはレベル上げへの興味や熱意は殆どなくなっていた。
俺はレーベン家を継がない。というかそもそも継げない。かといって元貴族の次男坊ともなると色々這い寄ってくる連中も多いと聞く。
だったら俺は学院を卒業したらあの家で毎日グータラ暮らすことにする。
どうせ世界の危機はヒロインが何とかしてくれるのだから気にする必要もないだろう。
そう思っていたんだが……。
「まさかバッドエンドルート突入してるとはなあ……へくしゅっ!」
雨風に打たれてしまったからか、体を震えさせながら魔導洗濯機に着ていたものを突っ込むと俺は早めにベッドに入る。
恐らく遠くない未来、ラスボスである魔王は復活してしまうだろう。
そうなった時、光の聖女がいないこの世界はどうなってしまうのか。
「――……頭、痛くなってきた。もう寝よ」
俺は倦怠感と頭痛で思考を放棄し、眠りにつこうとする。
『ご心配ありがとうございます。でも結構です。わたしはここで野垂れ死にますから』
(クソ……、全然頭から離れやしない)
だけどあの時のフィーネの顔がどうしても忘れられず、結局眠りについたのは夜中になってからだった。
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