第11話 銭湯

仕事終わりに近所の夜遅くまで営業している銭湯に行くのが日課だ。


今日も仕事終わりに向かったのだが、残業をしたこともあって先客もおらず貸切の状態だった。ついてるなぁ、と思いつつマナーとしてお湯に浸かる前に下を向いて頭を洗っていると、足元に石鹸がぶつかって止まった。

自分が頭を洗ってる間に他のお客さんが来たのかと思って石鹸を拾って周囲を見渡すと自分の他に誰もいなかった。そういえば備え付けのボディソープがあるのに何故石鹸が転がってきたのだろう、変だな、と思いつつ体を洗って最後に鏡に飛ばした泡をシャワーで洗い流した際に、紫色に変色して今にも破裂しそうなぐらい膨らんだ体が自分の背後に立っていることに気づいた。


『すみません。』


という言葉と共に、鏡に映るその体が膝をぐぐぐぐ…とゆっくり曲げて、鏡越しに目を合わせようとしているではないか。ひたすら目を瞑って数分経った頃だっただろうか、いつの間にか気配がなくなり、その姿も石鹸も消えていたので早足で浴場を後にした。


あれからどうしても銭湯に行けなくなり、家でお風呂に入るようになった。あれは何だったのか、と思うこともあるが、今日みたいな残業終わりの疲れた頭で考えることではない、と思考を振り払った時だった。足元に石鹸がぶつかってきた。


『すみません。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る