京都の町小路

「お疲れさまです。」


「お疲れ様。早速頼んだぞ。」


「はい。」


鑑識課主任の石巻に現場を預け、剪芽梨、小森の二人は殺人事件の捜査に戻った。






「六角を見たことがあるというんですか?」


大阪浦鐘うらがね地区にある酒蔵、「御山おやま」で剪芽梨達は幻の酒、六角を実際に目で確認したという店主に情報を確認していた。


「えぇ、そのラベルは、桜と水仙が描かれた美しい純度の高い銘酒でした。口に含む前から、その香りに酔うんですよ。この大酒飲みが・・・」


御山の店主の話を聞けば聞くほどに六角の魅力に酔いしれていく。

いつしか、剪芽梨さえも、呑みたい欲望に負けてしまうほどだった。






35年前、大阪。


「ええの。うちはあんたを好いてんねん。それだけで十分や。」


「そやかて、俺は金もあらへんし身分も低い内勤見習いやで。そんな男に燁子はんのようなお人はもったいない。」


「バカね。好いとる同士やないの。身分やなんや言うのは見合い結婚するもん同士の言い分や。どうするの、一緒になるのならんの?」


御影おかげ 有吉ゆうきち沢渡さわたり 燁子ようこは、付き合い始めて6年目。

互いが32歳の同じ年でそろそろ結婚を考えたい燁子とうだつが上がらない有吉の間に考え方の違いが生じてきた頃だった。

有吉は、京都の梅宮神社にある神酒蔵みきぐらで内勤見習いとして働いて14年になる。高校を卒業してすぐに梅宮神社に宮司になるべく出家したが、学生時代からの悪い癖が災いし、神社から酒蔵へと吐き出された。

その悪癖とは酒癖だ。

アル中という不摂生な生活態度で読経さへも怠っていた。


「そんなに酒が好きなら酒蔵で酒でも作れ」と当時の宮司、修羅阿古しゅらこ天正てんしょうから言い渡された。




「燁子はん、俺と結婚してくれ!」


「馬鹿ね、うちあんたなんか好かんわ。金輪際ごめんや。」


「・・・」


有吉は、予想外の返事に呼吸が苦しくなり、大きく息を吐いた。

燁子は、そのまま踵を返し有吉の目の前から去ろうと歩き出す。


「ま、まってや、燁子はん!」


有吉は燁子を追いかけ、彼女の右腕を取り、自分の体に引き寄せる。


「何するの。うちは、あんたが嫌いや言うたんよ。」


二人は、京都の町小路の片隅で熱いキスを交わした。

それは、この京都にある気品のある艶やかさを象徴していた。

それから、2年。






「あんた、この子のおむつ変えといて!うち、もう行く時間や。」


「わかってるで。すぐ行くさかい、なだめとってや。今、ズボン履いとるさかい。」


有吉と燁子は結婚し、子供をもうけた。

光津みつは元気な女の子で二人にとっては人生最後の宝物とも呼べた。

また、光津は大きくなるにつれ、周囲の目を引くような美形の少女に育っていった。


だが、しかし、そんな幸せも長くは続かなかった・・・







「光津ぅー!どうしてぇー!」


「光津ぅー!」



8月。昇神しょうじん祭りの日。

光津は祭りに浴衣一枚で一人で行き、悪酔いした中年に幼い身を辱められ、首を絞めて殺された。

享年、12歳だった。

殺害した犯人、金銅こんどう 鉦吉じょうきち44歳は有吉の働いていた神酒蔵の同僚だった。


傷心しきった燁子は自ら首を吊って命を絶ち、杜氏となる日が2日後だった有吉も燁子の後を追って、梅宮神社近くの川に身を投げた…

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