赤い顔

3日で、肉体関係になった。

左近も、10代の頃から女性に不憫したことはなかった。

モテ男の代名詞も彼には付いていた。


「花梨、いつものところで待ってる。」


「うん。」


山縣 花梨やまがた かりん、彼女はそう自分の名前を名乗った。

山縣だから、田舎者かとも思ったが、生粋の東京人だった。

年齢は、見た目とは裏腹に、左近と同じ年だった。

同年代のせいか、話すことに事欠かなかったのが、3日で関係を深められた原因だったと左近は今更ながら思う。

彼女は、純粋さが目立ったとおり、処女だった。

自分が、男関係が遅くなったことを強く卑下していた。

そのせいか、一度殻を破ると、左近がたじたじとなるほど、セックスに積極的になっていった。


「おい、待てよ!まだ、立たないよ!」


「大丈夫よ、私、上手いの。」


その間中、左近の心理にはこの女とも長くはないだろうという想いに駆られていた。






「至急、至急。勧進町かんじんちょうしまが池で、男女の水死体。警ら中の車両は向かいたし。」


勧進町に覆面、通常パト、救急車、車両搬送車、など複数台が集結した。

大阪府警本部は、捜査中の事件と関連性が疑われるため、捜査員全員が駆けつけた。


「あっ、剪芽梨班長!こっち!」


剪芽梨は、3週間ぶりに自宅へ帰っていたが、玄関に着いた途端、與那虞からの電話で署に引き返した。

出迎えたしっかり者の娘が、我慢の限界に達したのか、大泣きした。

剪芽梨が、その泣き顔を見たのは、いつ以来だっただろうか?

水死体の上がった現場に着くまで、子供達の生まれた頃からの思い出を振り返りながら、被害者二人が、今の捜査に関係がないことを願った。


「剪芽梨、これが仏だ。自殺に見せかけた殺人事件だな。」


「殺人?なにかおかしな点が?」


「トリカブトだ。」


「えっ!」


剪芽梨の驚き様はなかった。

それでも、今後の捜査で、遺体がいくつ出てくるのか分からないというのに、更に増えていく現状に驚愕を隠せないでいた。


「係長、遺体の身元はもう?」


「ああ、分かった。石巻いしのまき!こっちに来い。」


「はい!」


「剪芽梨に詳しい現状を報告してくれ。」


鑑識班、課長代理、石巻洋次ようじは、剪芽梨班が聞き入る中、水死体の身元を始めとして死亡推定時刻、足跡から池のどの方角から二人が来たのか、

持ち物から、何処からどうやってここに辿り着いたのか、感心するほど詳細な情報が言葉の中に詰め込まれた。


「これが、遺留品か?」


剪芽梨の目に最初に飛び込んできたのは、包装された誰かへのプレゼントのようなものだった。


「中身見ていいのか?」


「さすがにここでは・・・。包装紙に包まれた犯人に繋がる物証です、塵や埃などでもこの遺留品から確認できることもありますので。」


「うむ。結果を教えてくれ。」


「剪芽梨主任、鑑定はお任せ下さい。」


石巻は、遺体が浮かんでいた池の傍まで戻っていった。


「主任。」


「何だ、小森。」


剪芽梨が、遺体を見ている小森に耳をそばだてる。

二人共、遺体を確認し続けている。


「遺体の顔、若干赤くないですか?」


「赤い?」


水死体の皮膚は、大量の水を飲み込む分、血圧が極度に低下するため、青から白に近い色となる。


「それは、何処かで殺されて、運ばれたとすれば生活反応が残っていてもおかしくないだろう?」


「いえ、なんかこう酒を飲み過ぎた顔に見えるんですが・・・」


「酒?」


横から口を出した與那虞と小森のやり取りを聞きながら、無言の剪芽梨の思考神経が高速演算機のように事件と赤い顔を関連付けていく。

與那虞も直感的に反応した。


「鑑識さん!もう一つ聞かせてくれ!」




男性と女性の遺体は共に大量のアルコールを飲んでいた。

而も、アルコール臭からビールや水割りではなく、日本酒のようだとも石巻は言った。


「男と女が付き合えば、当然、酒の一つも・・・」


というのが、さっき報告しなかったことの理由だった。


「また、銘酒を巡る殺人が・・・。」


剪芽梨の中に焦りという痼が生まれ、じわじわと彼の冷静さを蝕んでいった。


「一体、被害者は何人いるんだ・・・。」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る