銘酒の存在
剪芽梨達は、2軒めの酒蔵、
「いらっしゃいませ~!」
未曾有とは打って変わって若いセンスのおしゃれな酒店、店員の女性も今どきのセンスのある制服を着用している。
店内の内装は、所謂バーという雰囲気だ。
憚りながら、與那虞はその女性店員に警察手帳を見せた。
一瞬、女の顔は凍りつくように青ざめたが、平素を装い、「少しお待ち下さい。」と言い残したかと思うと店の裏に消えた。
「なにか悪い事しましたかね。」
與那虞は何故か申し訳ない思いと気恥ずかしさにも似た羞恥心を剪芽梨に見せた。
與那虞は、50代にも関わらず結婚歴はなく、まだ独身生活を営んでいる。
剪芽梨は、彼の純な性格にほくそ笑んだ。
剪芽梨には、妻と二人の子供がいる。
剪芽梨 みやこ、37歳。
年上女房で、専業主婦だ。
彼は、みやこに何時も助けられている。
家に帰ることができないことが多い職業柄、彼の代わりに二人の子供の面倒を見、彼の世話をもしている。
自らの楽しみなど全く顧みず、ただ、剪芽梨家のために精魂を使い果たしていた。
剪芽梨は、みやこに何もしてやれず、階級が上がらないことでかえって窮屈な思いをさせていることに侮蔑の心を何時も抱えている。
二人の子供の内、長男、
しかし、剪芽梨が帰宅すると一番先に彼を出迎えるのは桔杏だ。
家族のことを思い出しながらも、店内の酒の種類を隈なく探る剪芽梨。
しかし、この店にも六角という酒は無さそうに見えた。
「警察の方が家に何の用でしょう?家は犯罪とは関わらない健全な店ですが・・・。」
與那虞が慌てて答える。
「いえ、少しお伺いしたいことがあるだけです。」
店主は、警察をあまり好んでいないように見えた。
70近いだろうか、髪は金髪、ピアスに派手な服装とどこかの若いチンピラのような風体だが、眼光は鋭く、身体も屈強に見える。
何かしら相手を威圧するほどの迫力がある。
店主の名前を與那虞が聞き出したところで剪芽梨が「あっ!」と声を上げた。
與那虞が慌てて剪芽梨を見ると、彼のその口から「白並さんですか?」と言葉が溢れていた。
「んんっ、あぁ、お前はよく見ると剪芽梨だな。」
「そうです、先生お久しぶりです。」
剪芽梨は丁重に頭を下げ、店主が差し出す手を両手で握った。
「捜査一課長にでもなったかと思ったがまだ大阪にいるということは、大阪府警署長というところか?」
「いえ、未だにうだつの上がらない主任です。」
店主は意外な顔で剪芽梨を敬った。
「白並さんが、店主になってるとは思いませんでしたが、白並さんの酒知識は学生時代から卓越していましたからね。」
嘗て剪芽梨に柔道の神髄を教えた師匠であった。
「
そう剪芽梨は白波に教えを受けた。
剪芽梨が高校卒業時、進路に迷ったときの助言だった。
柔剛結実、この言葉は今でも剪芽梨の座右の銘になっている。
「俺が大酒飲みだと言いたいんだろう?」
「い、いやそんなことは一言も・・・」
白並の言葉にたじたじとなる剪芽梨を見ている與那虞の目には幼かった剪芽梨の姿が浮かび上がっていた。
「厳しさの影にこんな一面があったとは、千里眼の剪芽梨主任警部も人間だったっけな・・・」
與那虞は、改めて彼の人間らしさに信頼を寄せた。
「ところで白並さん、この酒ご存じないですか?」
大笑いしていた二人ではあったが、剪芽梨のこの言葉で姿勢を正すことになった。
「いやぁ、見たことがないなぁ?酒を求めて世界中を歩き回って入るが、一度も出会っていない。これは何処で作られてるんだ?」
「いえ、わかりません。それを知りたくて捜査しているんです。」
「何の事件だ?」
白並の質問にも剪芽梨は答えることはなかった。
こういうブレのない人間がこの世の中を支えていると與那虞は思った。
そろそろ次の蔵に向かおうとする刑事二人に、思い出したように白並が言葉を吐き出した。
「まてよ、このラベル確か・・・」
剪芽梨と與那虞は慌てて白並の話を息を呑んで待った。
「昔、聞いたことがある。日本に銘酒が存在して久しいが、まだ、蔵元で眠っている幻の酒が存在すると。その一本が双神、そして幻と思われている銘酒、六角。」
「幻と思われている?…では六角は実際にこの世に存在すると?先輩、詳しくお聞かせ願いませんか?」
白並に食い付くように剪芽梨、與那虞の二人は話に聞き入った。
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