謎の酒

「マンション?」


「えぇ、私達も娘が死んでから知ったんですが、大阪の高層マンションで彼氏と過ごしていたと知らない女の人から電話があって…」


「知らない女の人からの電話ですか?…」


夢野いけみの実家に行き、話を聞いていると、母親のきみ子が不審な電話があったと証言した。





剪芽梨は、すぐさま電話履歴の取得へ動いた。電話の履歴確認書類を揃え、形式に沿った捜査を行った。


「この履歴からすると、電話の主は、大月おおつきみやび、住所は隣の家の住所になっています。」


「ああ、小森、裏取りに行くぞ!」


「は、はい。」


剪芽梨は小森刑事と共に、不審電話の主だと目される、大月の家へと向かった。








「社長は何処へ行ったんだ。」


「分かりません、今朝から連絡がついていないので。」


「マンションに誰か行かせたのか?」


「はい、係長の井吹を向かわせました。」


皆兵エナジー商店では、社長の三鬼縞 常工が、会社に出社せず、所在不明となっていた。

中国に子会社を設立する当日に社長が不在では、中国当局にも示しがつかず、会社内は大混乱となっていた。




「リリーン!」


「もしもし、皆兵エナジー社長室です。」


「もしもし、私です。」


「井吹さん、社長はいましたか?」


「そ、それが・・・」


「どうしたんです、社長はいるんですか?井吹さん!」


「・・・・」


井吹の沈黙は、事の重大さを現していた。

秘書の早乙女さおとめカリンは、一抹の不安を覚えた。


「井吹さん、社長はいるんですか、どうなんですか?」


井吹が重い口を開く。


「いる、しかし・・・し、死んでる。」



三鬼縞 常工は、毒殺遺体で見つかった。

トリカブトが日本酒の一升瓶に混入されていたのが鑑識の結果判明した。

剪芽梨は、急遽現場に向かい状況を確認した。


「剪芽梨さん、この酒、見たことがありません。」


「ああ、六角むかくか?それとも六角ろくかくか?多分非売品だろう。蔵元を当たってみるか。」


剪芽梨、與那虞、両刑事は大阪にあるすべての蔵元をしらみつぶしに調べることにした。




まず最初に訪ねた酒蔵は、大阪で一番大きい「未曾有」という酒店だ。


「失礼します。少しお話を聞かせてください。」


與那虞が先に店のレジに立つ20代位の若い男性に警察手帳を見せ話を聞く。


「は、はい。」若い男はこの店でバイトをしている大学生だとのことだ。

素性まで聞いてはいなかったが、何故か本人が自分の住所と氏名、大学名を話し学生証まで開示した。

京坂文化大学。

日本では、3本の指に入る超難関大学。

優秀な人となりがスラリとした姿からも伝わってきた。

それにしても、警察手帳という存在は一般市民には重く伸し掛かる存在なのかもしれないと剪芽梨は常々思っている。


「この店には、酒蔵がありますか?」


與那虞の質問にバイトの男は、はいと答えた。

これから何件回るか分からない酒蔵のことを考えるとこの時に「六角」の写真を見せようかと彼は迷い、剪芽梨を横目で見る。

剪芽梨の千里眼に縋ったのだ。

答えはノーだ。

捜査情報を軽く扱うことは、今後の捜査を混乱させる火種にもなりかねない。

ここで、剪芽梨が口を開いた。


「社長さんはいらっしゃいますか?」


何よりもこの店に詳しい店主から聞き出すのが適切であると判断した。

より詳しい、つまりこの店にこの酒がなくても、その情報源となる可能性があるからだ。


「ちょっとお待ち下さい。」


バイトの男は、機敏な行動で店の裏に消えていった。

店主を待つ間、未曾有の店内を二人は眺めた。

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