喧嘩

剪芽梨と大間の勝負は、一発の大間の拳から始まった。

剪芽梨は、勝負どころか、和解を望んでゆっくり話し合う体制で相手と対峙していた。

そんな彼の不用意なところを突いて、大間は、剪芽梨の顎にアッパーを喰らわせた。

不意なことで、剪芽梨は、そのまま後ろに倒され一瞬意識が飛んだ。

だが、彼の首は日本柔道界でもお墨付きの強靭な筋肉を擁していた為、すぐに立ち上がり大間の鳩尾に一発拳をぶつける。

大間は、口から夕食の残渣を吐き出したがすぐに反撃に転じた。

お互い、同等な戦いで終わりがない様相を呈していた。


二人の格闘家同士の戦いに決着をつけたのは、4年生の邑守 宋眞だった。

掴みあう二人を同時にその場に押さえつけ、動けなくした時には3年生全員があっけにとられた。

余りにも強すぎるその決め方に誰もが、さすがはオリンピック候補と唸った。

邑守はその当時、柔道世界選手権で優勝し、次期オリンピックに出場がほぼ決まっていた。


しかし、この時の仲裁が思わぬ災いを呼んだ。

なんと、大間が押さえつける邑守の腹を刺したのだ。

もし仮に剪芽梨に負けた時、彼は殺してでも自分の強さを見せつけようとしていた。

ジャージの懐に父親の匕首あいくちを隠し持っていた。

後で分かったことだが、大間は父親の職業を誰にも話していなかった。

彼の父親は指定暴力団大間組組長だった。

家族が反社会勢力であることが分かった大間は大学を追われ、父親の後目を継いだ。

現在、武闘派の組長として、自ら組を立ち上げている。


腹を刺された邑守だが大事には至らず、オリンピックを諦め、警察試験に合格、たたき上げで本庁捜査一課に配属するまでになった。

そして、大阪府警察署長就任はキャリアとの競争に勝った証でもある。






「ほどほどに頼むぞ、剪芽梨。」


肩を叩きながら言う邑守の柔らかい口調は、大学時代と変わりがない。

ほどほどの意味は組織に従えとの警告にも受け取れた。

地位が上がれば、責任も重くなる。

邑守の態度も、大学時代とは違っていた。


「はい、この度は御足労お掛けします。」


「何を言ってる、お前が考える事じゃない。」


邑守はそう言うと、もう一度、剪芽梨の肩を叩き、署長室へと戻って行った。







「剪芽梨さん、真浦が釈放されるそうです。」



「・・・。」


大阪府警は、容疑者として逮捕した真浦ジョージを証拠不十分として釈放した。

邑守署長の指示だった。

剪芽梨にとっては、当然と言えば当然の結果だった。


真犯人確保は、困難を極めた。

剪芽梨たちは、夢野いけみの実家でもう一度聞き込むことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る