大阪府警察署長


「社長、今回の事案は中国を拠点に展開しようと思い、子会社を置くことにしたいのですが如何でしょうか?」


「ああぁっ!中国に子会社だと?それでいくら取れるんだ?」


「収支予想からすると、200億は。」


「そうか。うむ。やってみろ。」


皆兵かいへいエナジー商店、資本金1億円の石油輸入業者だ。今回、中国人の低賃を利用し、ロシアから日本へ石油の輸入を実現しようとしている。世界情勢の不安から、ロシアとの貿易を断った日本。かといって規制された法律はなく、所謂法の網をくぐる貿易だ。ロシアと中国の良好な関係に付け込み、大きな利益を上げようとしている。ある意味、世界への反乱とも呼べた。

皆兵エナジー商店取締役社長、三鬼縞みきしま 常工つねのり48歳は、一代でこの会社を軌道に乗せ、世界との貿易を続ける剛腕社長だ。乱立する石油業界が、戦争という有事に巻き込まれバタバタと倒産を続ける中、皆兵エナジーは、三期連続で黒字決算を迎えている。


「このままいけば、来期も黒字。来年は一つ、会社を任せて世界一周の旅行でもするかな。あの女が死んでくれたおかげで…」


「社長、ロシアの外務省から国際電話です。」


「ば、馬鹿野郎、ノックをせんか!」


三鬼縞の表情は、青ざめていた。

つい零した女の死という言葉。

それが意味するものは、夢野いけみの死の事だった。


「神主さん、いい加減に話して下さいよ。あんたがあのエロ本捨てたんだろう?」


「ば、馬鹿なこと言わないで下さい、刑事さん。私は神にお仕えしてる身ですよ。そんな卑猥なものを境内の近くに捨てるわけがないでしょう?」


「あ~ぁ、言っちゃったぁ。嘘は続かないって。何故境内近くって分かったんですぅ?」


「えっ、ああ、いや、それはですな。ニュースで見…」


「事件の詳細は分かりません、が、今の所の報道ですが。いい加減、吐けや!」


「手前ぇが捨てたんだろう!エロ本!」



神主が白状した。

境内で見つかった幼児の猥褻な本は、この神社の主、皆素みやもと 則驍のりたけ58歳の物だった。時々、外で、性行動をしていた事も白状した。

しかし、警察はこの事で本命から遠のくことにもなった。


「もう一度、猥褻本のDNA鑑定をやり直せぇ!」


府警署長、井田垣の厳しい檄が飛んだ。


大阪府警では、大変な騒ぎとなっていた。

鑑識課の主任がこの事件の解決を急ぎ、あろうことか、鑑定結果を捏造していた。

更にその指示を出したのが、大阪府警察署長だった事も署内で明らかとなった。


「署長は何を考えてるんだ。」


剪芽梨は、疑心暗鬼にも近い猜疑心に包まれた。


「いったい誰を信じればいいんだ。」






この事態に、本庁が動いた。

人事異動だった。

大阪府警署長、井田垣 兌夫、小笠原署署長を命ず。





「飛ばされた。」


署内の全員が、認識した。

鑑識課主任は、警察学校鑑識係に移動になった。


新たに鑑識課主任に就いたのは、新井にい 攻星こうせいだ。

新井は本庁期待の新人鑑識だった。

稀な人事異動に、大阪府警全体が本庁に馬鹿にされたと思った。


そして大阪府警署長に任命されたのは、剪芽梨が良く知る人物だった。




「先輩宜しくお願いします。」


剪芽梨が頭を下げる邑守むらかみ 宋眞そうま大阪府警署長は、大学時代柔道部の先輩だった。


「剪芽梨、元気だったか。」


気さくな人柄の邑守は、剪芽梨の肩をポンと叩いた。


「ご無沙汰してしまって、申し訳ありません。」


剪芽梨は彼に恩があった。

大学柔道部で喧嘩騒ぎがあった時、助けてもらったのだ。




剪芽梨、20歳の時・・・




「今度の試合で勝った方が、来年この柔道部を仕切る、それでいいな!」


馬鹿な考えだった。

誰が上だろうが、まじめに柔道を極めればそれでよかった。

しかし、格闘家には、強者に対する異常なほどの執着が切っても切れないものだ。

柊伯館しゅうはくかん体育大学、3年の秋の事だった。

全国大学柔道選手権に出場が決まった我が柊伯館は、一回戦で優勝候補の明倫桜めいりんさくら大学と対戦が決まった。

大会前日、宿泊先の旅館で、3年が集まり来年の主将を決める話し合いがあった。

柊伯館では生徒の自主性を重んじ、主将は部員が多数決で決めることになっている。

大概は、3年が決めたことを、2年以下1年も従うのが慣例となっていた。


「候補は、大間たいけんと剪芽梨だな。」


誰もが二人のうちどちらを押すか思案に苦しんだ。

それほど二人の力は拮抗していた。

佐久間という部員がこの勝負の間に入り、決定は選手権の個人戦上位者という事になった。

剪芽梨は主将になる気はなく、大間に譲ると遠慮したが、大間はこれを不服とし、自分を馬鹿にするのかと威圧的に勝負を望んできた。


「そうじゃない、俺は個人的な勝ち負けよりも、柊伯館の優勝が欲しいと言ってるだけだ。」


剪芽梨の言葉は、火に油を注いだだけだった。

大間は、その夜、剪芽梨を旅館の外に呼び出し、喧嘩勝負を望んできた。


「決着は早い方がいい。お前はいつもかっこつけなんだよ。素直にお前なんか相手になるかと言えよ。」


大間は、既に仲間意識が消え、剪芽梨への対抗意識が燃え盛っていた。

それは何時しか、相手を殺してでも地位を奪うという犯罪意識にも代わっていった。


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