事件2

「至急至急、佐茂韋さもい大社で、殺人事件発生。近隣配備の車両、至急向かいたし。」


覆面車に一斉無線が入った。


「剪芽梨さん?」


「行け。」


クラウンの覆面車が、サイレンを高らかに鳴らしながら、猛スピードで国道を走り抜けた。




夢野いけみの事件と同時刻に起こったこの事件が、全ての始まりだった。一人の男の子が何者かに殺された。

絞殺だった。

男の子は、駆け付けた緊急隊員が蘇生する間もなく死亡が確認された。

俺と、與那虞よなぐたけし刑事は、この事件の担当として、捜査に就いた。

調べていくうちに一人の男に辿り着く。

真浦まうらジョージ、25歳、日系二世の工場作業員だ。

きっかけは、目撃証言だった。

佐茂韋大社の社で、不審な男がうろついていたという証言を、近所に住む45歳の女性から得ることが出来た。

地取り捜査の成果だと、捜査本部はすぐに任意で引っ張る様指示を出した。

それで俺たちは奴のアパートの前で張っていたのだ。

真浦は、抵抗なく任意の取り調べを了承した。




真浦を応接室で尋問した與那虞は、俺より随分年上の59歳。ベテラン刑事だが、縦社会のこの組織では俺の部下になる。

捕まえたらなかなか離さない蛇のような男だ。

執拗に真浦を締め上げる。


「真浦さん、貴方は佐茂韋大社に何をしに言ったんですか?」




眼鏡をかけた、息ぐさい中年男が俺に顔を近づけながら、執拗に話を聞いてくる。

俺は神社になど行くはずがないと聞き流したが、眼鏡は、俺に更に顔を近づけ、反吐が出そうになった。


「あなたがあの場所にいたとする証拠をお見せしないといけませんか。」


とねちっこい言い方が、はらわたを煮えくり返らせる。




「おい、映せ。」


眼鏡をかけた與那虞刑事は、テレビモニターを真浦に向けた。

部屋には3人の刑事がいた。

剪芽梨班長、與那虞、小森こもり凱夫ときおだ。

小森は、剪芽梨と同期で警察学校を卒業した。

然し彼は高卒上がりだ。

詰まり、剪芽梨より年下となる。

27歳の彼は剪芽梨には頭が上がらない。

小森がSDカードを差し込むと、ネット回線でパソコン動画が、テレビモニターに映し出された。

若いせいか、小森はデジタル機器の使用に長けている。


「これは、神社の防犯カメラです。よく見てください。これ、貴方ですよね。」


與那虞が真浦を執拗に攻める。




俺は、固まった。あんなちんけな神社に防犯カメラがあったことに戸惑った。


「やばい、賽銭盗みがバレちまった!」




真浦ジョージは、否認を続け任意ではこれ以上引き止められないところに来ていた。


「剪芽梨さん、ちょっと。」


聞き込みに回っていた剪芽梨の部下、手塚てづか操市あやいち刑事が、何やら掴んできたらしい。


「何か出たか。」


「えぇ、殺された子供の小銭入れが見つかりました。」


「あったか?」


「はい、ばっちりです。」


「よし、すぐに署長に逮捕状を取るよう報告しろ!」


佐茂韋神社の草むらの中から、子供のものと思われる、流行りのキャラクター柄の小銭入れが発見された。

鑑識がすぐに指紋の検出を行ったところ、今ここにいる、真浦ジョージの指紋と一致した。

ここからは、任意ではなく本当の落とす取調べが始まるのだ。

取調官は、大阪府警きっての落としのプロ、上西かみぜい まもる刑事課長が担当した。






「あの女の顔を見ると反吐が出るが、やっちまうには、会うしかねぇ。始末しねぇと…。」


男は、夢野いけみに金を渡すことにしている。

それには、接点は必要不可欠だ。

夢野のマンションで会う約束をした。

道すがら、車を走らせていると、小さな、寂れた雰囲気の神社が目に入った。

小学校低学年だろうか、男の子が一人で遊んでいた。


「願掛けしておこうか。」


ふと、仏心が出てしまった。女を殺して、逮捕されませんように・・・。


境内は、意外ときれいに清掃されていた。

遠目では寂れた感があったのは、古い時代から積もった歴史だったのだろう。

鳥居に刻まれた年号は、建久3年とあった。

源頼朝が鎌倉幕府を開いた年…


「おじちゃん、ここで何してんの?」


その男の子を見た瞬間、俺の中の何かが壊れた。

俺は何してる。

殺人を犯すのに、口の軽い子供に見られていいのか?と。


「ああ、おじちゃんはね、ちょっとお参りに来ただけだよ。すぐに帰るから、あっちへ行ってな。」


「あの車、おじちゃんの?あれ、ベンツだろ?黒のベンツ好きなんだぁ。」


子供のその言葉は、俺の理性を破壊した。

車種、色、この子供は、車に詳しい。

まずい、このままでは、足が付く・・・

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