付箋7:親の心子知らず

 それはお盆休みの出来事、真夏の海水浴場で起こった失踪事件。


 ……というのは大袈裟で、お盆の真っ只中、芋洗い状態の海水浴場で自分の子供を見失った父親と、その後すったもんだになる家族の話である。


 お盆の時期は毎年父方の法事があり、私たち家族は海の近くにある遠い親戚の家に行く。


 子供の頃、お泊まりというのはとてもワクワクした。たとえそれが法事であっても、子供には全く関係無い話になってしまう。それよりもその時にしか会えない同い年のいとこ達と遊ぶのが楽しみだった。


 ひとりっ子の私はその時だけ兄弟ができたような気分になる。ご飯も一緒、お風呂も一緒、遊ぶのも一緒だ。


 そして何よりも楽しみだったのが海だ。すぐ近くに有名な海水浴場があった。水着に着替えそのままみんなで歩いて海まで行った。そして夕方まで遊び、また歩いて帰宅する。


 事件が起きたその夏は、たまたま私の家族だけで海へ行った。一緒に遊ぶ同じ年頃の子供はいない。少し寂しい気持ちもあったが、私はひとりっ子、1人で遊ぶのはいつもの事。上手に遊べるのだ。


 海水浴場へ着きお世話になる海の家を決め、母は荷物を広げ一息つく。私は浮き輪を持って父と海へ向かったのだが、海で泳ぐと言うより砂浜でシーグラスや貝殻を探すことに夢中だった。公園のお砂場のような色をした砂浜だったが、その中にキラリと光るシーグラス、可愛い形の小さな貝殻……。当時の私は、その砂の中のお宝探しに夢中だった。


 「海に入って遊ばないの?」と父が言う。うるさいなぁ……私は宝探しをしいてるのに。


 多分父も暇すぎたのだろう、と今はわかる。でも当時の私はものすごく嫌だった。

 

 「パパうるさい!あっち行って!」


 覚えていないのだがそう言ったらしい。そして父は海の家へ戻って行った。母がそう話している。父が1人で帰って来たから理由を聞いたらあっち行ってと言われたから戻ってきたと。母は頭から湯気が出るほど怒ったらしい。


 そこから私の大捜索が始まった。父はすぐ私の元へ戻ったのだがもうどこにもいない。母はそれを聞き、今度は父と一緒に私を探しに向かった。けれどお盆真っ只中の海水浴場、すぐに見つかるはずがない。


 私はと言えば砂浜お宝ハンターと化し、砂浜を移動しながらシーグラスや貝殻を探していた。両親が元の場所に戻っても、私はそこにいるはずがなかった。


 「あっちにもある!わ!あっちにも!」


 私はどんどん砂浜を移動していく。両親は私を見つけられずにいる。この混雑の中探すのは不可能、という事で、迷子のお知らせを頼みに案内所へ向かった。


 「杉の樹ちゃん、杉の樹ちゃん、お父さんとお母さんが探しています。~~~」


 何回かアナウンスしてもらったらしい。この呼び出しは1回につき幾らかは忘れたが料金がかかると言っていた。


 一向に戻ってくる気配がない。もう一度呼び出しをお願いする。……戻ってこない。


 私はお宝探しに夢中で聞こえていない。自分の世界に入り込んでいる。


 案内所の方に「ここまで呼び出して戻ってこないということは……」と言われて父と母は青ざめ震えが止まらなかったらしい。「何度でも呼び出してください!幾らかかってもいいので!」と言い十数回アナウンスしてもらったと話す。そして(次の呼び出しを最後にしましょう、それで戻ってこなかったら警察に連絡しましょう)と言われ座り込んでしまったらしい。


 一方砂浜お宝ハンター、ふと自分の名前を呼ばれていることにやっと気づいた。ええ?なんで私呼ばれてるの?やだなぁもう、これじゃあ迷子じゃん!!


 ちびまる子ちゃんのアニメならばここで「れっきとした迷子である」とナレーションが入る。


 呼ばれている(案内所)と言うところに渋々戻っていった。その場がどんな状況になっているかも知らずに。


 父と母、それと数名の大人達がいた。


 「なーにー?」私は超不機嫌な顔でそう言った。それは薄らと覚えている。


 そんな太々しい態度で戻った私を見て、両親と案内所の方々は一瞬唖然としていた。そして、両親は途端に涙混じりの苦笑いになり、ありがとうございました!と案内所の人に何度も言い頭を下げていた。案内所の人は(お子さんですか??良かった!本当に良かった!)と、もうお祭り騒ぎだった。そしてペコペコ頭を下げながらそのまま海の家に戻った。私は何が起こっているのかさっぱり分からなかったが、とても嫌な気分だった。


 大人達は皆、口には出さないが私に何かあったのだろうと思っていた。たとえ不機嫌なぽっちゃり小学生がムッとした表情で戻ってきたとしても(笑)無事だった事の方が何より喜ばしい。とにかく良かった!!と見送られた。

 

 そんなお祭り騒ぎで、双方が呼び出し料の事をすっかり忘れていた。両親がお金を払ってないと気づいたのは、もう家も近い帰りの電車であった。


 ──今思い返すと、子供の頃の自分と大人になった自分が混ざり合い、なんとも言えない感情になる。大人にしてみたら緊張感漂う状況だったんだと今は分かる。何度呼び出しても帰ってこない自分の子……生きた心地がしない。


 かと思ったら不機嫌極まりない態度で戻ってきた我が子。何もなくて本当に良かったと思う気持ちと、人様に迷惑をかけてしまったという申し訳なさと、恥ずかしさのようなものがその時に込み上げたのではないだろうか。


 全く本当にとんでもない子供だ。


 (「お前さんのことである」)



 ……ん?誰か何か言った?




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