第87話 進撃王 VS 電撃王
結局、圭介は子安ファームのメンバーと相談することにした。
ある日の夕食。圭介は従業員を集める。美里、真尋、結城、相馬が集まる中、説明した。
つまり、ミヤムラシンゲキオーのスプリングステークスと、ヴィットマンの阪神大賞典の日程がかぶることを。
「私はせっかくだから、ミヤムラシンゲキオーの方を見に行きたいな」
「俺は隊長の方が気になります」
美里と相馬の意見だった。
「私は見たいけど忙しいから、パス」
「俺もです。宿泊施設や管理馬の方もありますし」
真尋と結城の意見だ。
ということで、決まりかけるが、
「では、ミヤムラシンゲキオーの方は俺と美里、ヴィットマンの方は相馬さんで……」
「待った」
「何だ、美里?」
「相馬さんを一人で行かせるのは危ない」
やはりと言うべきか、美里は相馬の「競馬狂い」の性格を危惧して、待ったをかけていた。
「しかし、お目付け役がいないしなあ」
「お目付け役なんていりませんよ」
必死に否定する相馬だが、そもそも圭介も美里も、彼を信用していない。
「仕方がないな。美雪さんに頼んでみるか」
圭介は渋々ながらも、電話を取って、彼女にコールした。
正直、圭介はあの美雪が「苦手」な一面もあった。明るくて可愛らしい一面もあったが、破滅的にギャンブル好きだからだ。勝っている時はいいが、負け始めると、泥沼に沈みそうな気さえする。
「はいはい。オーナーくんからかけて来るなんて珍しいね。何、デートの誘い?」
また、酒でも入っているのか、彼女は上機嫌だった。
「違いますよ」
そう断って、一応、事情を説明した。
すると。
「いやあ、それは悩ましい問題だよね。体は一つしかないから。私も悩むんだよなあ。どっちも行きたい!」
「それはわかりましたが、ここは何とかお願いします」
しばらく彼女の中で逡巡があったように、圭介には思えたが、やがて、
「わかった。しょうがないから、私は阪神大賞典の方を見に行くよ」
と応じてくれるのだった。
「よかった。では、頼みます。相馬さんが賭けそうになったら、蹴ってでも止めて下さい」
「あはは。わかったよ。貸し一つにしておくね」
「ありがとうございます」
こうして、圭介と美里は、ミヤムラシンゲキオーのスプリングステークスを見に、中山競馬場へ。相馬と美雪は、ヴィットマンの阪神大賞典を見に、阪神競馬場へ。
それぞれが向かうことになったが。
出発当日。
空港に向かう車中で、美里が、唐突に言い出した。
「あ、言い忘れてたけど、こっちにはもう一人、来るから」
「もう一人? 誰だ?」
「岩男千代子」
「岩男先生? 何で? 大体、獣医って、忙しいんじゃ」
「あんた、バカね。病院は日曜日、休みでしょ」
「あ、そうか」
頷くも、圭介には意外なことではあった。
まるで競馬に興味がなさそうな気がする、獣医の岩男千代子。まさか彼女が同行することになるとは思わなかったのだ。
新千歳空港に着くと、彼女はすでに待っていた。
身軽な格好で、ラフなセーターとスカートの私服姿に薄いコートを羽織っていた。
「子安さん、それに美里さん。今日はよろしくお願いします」
丁寧に挨拶をしてきた。
飛行機の中で、3列に並んで座った彼ら。
圭介は真ん中の座席だったため、右隣に座る彼女に質問を投げていた。
「どうして、今回、来たいと思ったんですか?」
圭介にとっても不思議だったからだ。
だが、彼女は薄っすらと笑顔を浮かべ、興味深いことを告げるのだった。
「馬を見る獣医にとっても、彼はとても興味深いのです」
「どういうことですか?」
「私は、今まで様々な競走馬を見てきましたが、彼ほど体が柔らかくて、筋肉に伸びがある馬を見たことがありません。ですので、『彼の夢』を一緒に見てみたいな、と思いまして」
(へえ)
これは圭介にとっても、意外なことだったが、獣医である彼女は、普段から馬に限らず動物に触れあっているからこそわかるらしい。
彼、ミヤムラシンゲキオーがどこか「特別な存在」だと。
ちなみに、ミヤムラシンゲキオーのライバルとも言える、ナガハルホクトオーは、すでに3月9日に実施された、弥生賞を勝っており、早くも皐月賞への出走を決めていた。
中山競馬場に着くと、初めて来る岩男千代子は、人の多さに驚いていた。
2008年3月23日(日) 中山11
GⅡとはいえ、このレースには、注目のミヤムラシンゲキオーが出走することで、競馬ファンの注目を浴びていた。ナガハルホクトオーは弥生賞を勝っていたから出走しないが、その代わり、実は後に短距離戦線で歴史を創ることになる、後の名馬も出走していた。
その馬の名は、サンダーボルト。
「電撃王」と異名を持ち、短距離で爆発的なスピードを誇っていた。
デビュー以来、1200mや1600mの短距離、マイル戦線で圧倒的な「逃げ」を見せ、3歳にして、すでに古馬並みの走破タイムを記録。将来有望な牡の鹿毛の馬だった。
陣営は、ここで試しに中距離を使ってみようと思ったらしく、このレースに出走させたようだった。
ミヤムラシンゲキオーにとっても、新馬戦、500万下、朝日杯フューチュリティステークスでも走ったことがない、初の1800mとなる。
この対決が、競馬ファンの間で盛り上がっていた。
「進撃王 VS 電撃王」
と、すでにスポーツ新聞やテレビ界隈、そしてインターネットでも盛り上がっていた。
その人気が、オッズにも出ており、単勝1.6倍のサンダーボルトが1番人気。単勝2.8倍のミヤムラシンゲキオーが2番人気。
実は、ミヤムラシンゲキオーは、年明けすぐの坂路調教中に左腰を捻挫し、出走予定のレースを回避していたため、またもレース間隔が空いていたのが、多少影響していた。
「しかし、このレース。ファンの間では『進撃王対電撃王』などと盛り上がってるそうですが、どうですか?」
テレビの競馬中継、ヴィクトリー競馬では、すでにその話題で持ち切りだった。
「面白い対決ですね。ただ、私はサンダーボルトは、短距離の方が強いと思いますが」
元・調教師の初老の男が呟く。
一方、久しぶりにテレビには、彼女も映っていた。緒方マリヤだった。「競馬アイドル」として、一躍有名になっていた彼女は、最近、ネット界隈でも有名になって来ていたのだ。
「私は、ミヤムラシンゲキオーに期待します」
たとえ、それが嘘やパフォーマンスであっても、そう言ってくれるのであれば、圭介にとっては嬉しい一言ではあった。
中山競馬場、芝1800mは、スタンド前の直線半ばからスタートする。最初のコーナーまでが205mと短く、スタート後すぐに急坂を上がるため、極端に速いペースにはなりにくい。従ってすんなりと前のポジションを取った馬が有利で、逃げ、先行馬の成績がいいとされる。
コーナーを4つ回るため、外々を回らされるとその分ロスが大きくなって厳しくなる。
上がりの平均タイムがクラス別で大きな差がなく、上がりの競馬にはなりにくい。前半から中盤のペースが勝ちタイムの差となって出てくると言われている。
そして、いよいよファンファーレが鳴って出走となる。
ミヤムラシンゲキオーは、1枠1番。対するサンダーボルトは、3枠4番。
スタート直後、見ている者たちにとっては、少し意外なことが起こる。
「先行勢い。内から1番のミヤムラシンゲキオー、つれて4番のサンダーボルト。注目の2頭が早くも競りかける」
スタート直後から、この2頭が頭一つ抜けて、いきなり「競り」始めたのだ。
つまり、両者とも「逃げ」を打った競馬となる。
新馬戦こそ圧倒的な強さで、「逃げ」に近い形で、9馬身と圧勝していた、ミヤムラシンゲキオーだが、その後、500万下、朝日杯フューチュリティステークスでも「逃げ」戦法は使っていなかった。
陣営は、戦法を変えてきたと見ていい。あるいは、この「電撃王」に合わせたのか。
レースは、それほど速い展開ではなかったが、この注目の2頭が終始、競り合う、最初から見物のレース展開となって行った。
そのまま、ミヤムラシンゲキオーがハナを切るが、さすがに「大逃げ」にはならず、すぐ後ろにぴったりとサンダーボルトがついていた。
「残り1000mを切りました」
と、実況の声が告げても、まだ彼は先頭に立っていた。
「800m。先頭は依然として、ミヤムラシンゲキオー。リードは1馬身。2番手はサンダーボルト」
進撃王と電撃王が、観客の期待に応えるかのように、見事なデッドヒートを繰り広げ、両馬がレースを引っ張っていた。
しかし。
「400を通過。第4コーナーに入りますが、先頭はミヤムラシンゲキオー」
(おおっ!)
と、圭介が興奮気味に思うほど、レースは意外な展開を見せ始める。
「ミヤムラシンゲキオー、ここでさらに突き放す。リードは4馬身くらい。これは強い。2番手争いは混戦だ」
実況が告げるように、ミヤムラシンゲキオーがここで一気に突き放す末脚を発揮。一方、電撃王こと、サンダーボルトはここに来てずるずると後退。
代わって上がってきた複数の馬によって、文字通り、2番手争いが、大混戦の様相を呈していた。
だが、レースは。
「200を通過。ミヤムラシンゲキオーが逃げ切り体勢に入る。リードは6馬身、いや7馬身か。これは圧勝だ」
大歓声に包まれるゴール前。
結局、
「ミヤムラシンゲキオー、圧勝でゴールイン」
2番手との着差はなんと7馬身。
前走の、朝日杯フューチュリティステークスこそ、ほとんど差がなかったが、新馬戦で9馬身、500万下で6馬身、そしてこのスプリングステークスで7馬身。
もはや、その強さは「揺るがない」確実な評価となる。
一方で、電撃王こと、サンダーボルトは、あれだけ期待されていた割には、最終的に12着と惨敗していた。
だが、この時、観客は知らなかった。サンダーボルトは、途中まで好勝負を演じていたものの、結果的にこの1800mこそ惨敗したが、後に短距離戦線で爆発的な強さを見せることになる。
つまり、彼の主戦場は「短距離」にあったため、単純に距離適性で合っていなかっただけだった。
「すごいわ、ミヤムラシンゲキオー!」
「ああ。これはマジで伝説を作るかもな」
「素晴らしいです」
彼らが喜びの声を上げる。こうして、ミヤムラシンゲキオーが皐月賞への切符を、あっさりと入手していた。
翌日の都スポーツはじめ全てのスポーツ新聞の一面には。
「栗毛の怪物、皐月賞へ前進」
「シンゲキオー、合計22馬身の驚異」
「流星の貴公子、驚異的な速さ」
などとミヤムラシンゲキオーが大きく紹介されていた。
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