第81話 ダートのニューヒロイン
この年、8歳を迎え、フェブラリーステークスで3着、高齢ながらも大健闘していた、子安ファームの大器晩成馬、ミヤムラジョオウ。
あのレース後、調教師の関と相談して、地方に路線を定め、地方ではまだ元気に走っていた。
何よりも、ケガと無縁の丈夫な体格が生きた。
地方で、そこそこ活躍し、まだ馬主に貢献していたが、さすがにそろそろ引退が噂され、圭介も決断の時を覚悟し始めていた11月。
そのミヤムラジョオウに代わる、「新たなダート活躍馬」が、子安ファームから誕生する。
当時、まだ武蔵野ステークスにジャパンカップダートの優先出走権は与えらえなかった上、みやこステークスは存在自体がなかった。
だが、ダート路線で走る馬にとって、「ジャパンカップダート」(※現在のチャンピオンズカップ)は、一つの目標であり、そしてここを制するのがダート路線の「栄誉」の一つだった。
ミヤムラジョケツは、かつて坂本美雪が「すっごく強い馬、にはならないね」、「ただ、ある程度勝って、いいところまでは行くと思う」と言った通り、気性難で、大物にはならない可能性があったが、デビュー戦から2着に8馬身もつけ、ナガハルダイオーという、長沢春子の所有馬に圧勝していた。
そのミヤムラジョケツ。なんだかんだで、美雪の言う通り、苦戦しており、近年はなかなか勝てずに、条件戦やオープンクラスを行ったり来たりしていた。
だが、4歳のこの時。
ようやくダートのオープン特別競争を勝って、次のレースに臨むも、休養明けで4か月ぶりの出走となっていた。
2007年11月18日(日) 東京11
ただし、重賞ではなく、オープン特別競争。グレードは落ちる。
当然、観客の注目度は違う。
そして、このレースにはライバルとも言える「ナガハルダイオー」は出走していなかった。彼はその前の重賞、武蔵野ステークスを制していたのだ。
すでにライバルに差をつけられていた、ミヤムラジョケツ。
しかし、
「私だよ、私」
レースの前々日の金曜日に、またも、圭介にオレオレ詐欺のような電話をかけてきたのは、緒方マリヤだった。
「何だ?」
不機嫌そうに話し始める圭介に、彼女ははっきりと口にした。
「次の霜月ステークス。見に来なさい」
と。
「何でだよ?」
「ミヤムラジョケツ、彼女はすごく面白い。勝っても負けても、いいレースが見れると思う」
まるで坂本美雪のような、予言めいたことを彼女は発言してきた。
半信半疑ながらも、内心ではやはり気になっていた圭介は、再び東京へ向かうことになった。
その東京競馬場では、珍しく出走前に、緒方マリヤから呼び出され、馬主席に半ば強引に案内させられていた。
もちろん、美里と相馬は別に嫌な顔はしなかったが。
一方、珍しいことに坂本美雪はこの時、ここにはいなかった。
「さて、ジョケツはやってくれるかな」
内心、一番楽しんで見ているように見えたのは、圭介にはこの緒方だと思った。目を輝かせて見ていたからだ。
なお、そのミヤムラジョケツ。単勝5.6倍の2番人気だった。1枠1番。
だが、このレース自体が、全体的に「人気が割れて」おり、つまり圧倒的な1番人気はいなかった。全体として人気がバラけており、1番人気の馬でも単勝4.8倍だったからだ。
解説によると、「速いレース展開になるだろう」とのことだった。
「非常に綺麗なスタートを切りました」
と、実況が告げるように、全16頭がお手本のように、綺麗なスタートを切った後。
ミヤムラジョケツは、中団よりやや先行して、先頭から4番手くらいに食い込んでいた。
解説が告げたように、流れるように速い展開となっており、あっという間に1400mのダート戦は、府中名物の大欅の横を通過して、最終コーナーに入る。
実は、この東京競馬場、ダート1400mでは「外枠が有利」という過去データがある。つまり、最内枠のミヤムラジョケツは、不利になると思われていた。
そして、ここの最後の直線は約500mで、すべてのダートコースの中でも直線が非常に長い。
さらに直線上、残り450m付近から府中名物とも言える、高低差2.2mの上り坂が待ち受けている。
しかし、
「残り200m。ミヤムラジョケツが上がってきた」
全体的に、この最後の直線は、混戦状態となっており、正直どの馬が来てもおかしくない団子状態。
そこをわずかに真ん中から抜けてきたのが、ミヤムラジョケツだった。
「まだミヤムラジョケツが粘っているが、外から……」
外からの追い込み馬が迫る中、ミヤムラジョケツは懸命に足を動かし、粘っていた。
残り100m、残り50m。
「前は2頭だが、わずかに白い帽子。ミヤムラジョケツが制しました」
ゴール板を駆け抜けていた。結果的には、わずかにハナ差の1着だった。
「勝ったか」
「よくやったわ」
「ですね」
圭介、美里、相馬が声を上げる。
「ミヤムラジョケツ、いいじゃない!」
興奮気味に声を上げていたのは、緒方マリヤだった。
「緒方さん」
美里が顔を向ける。
「ミヤムラジョオウに代わる、ニューヒロインの誕生かもね。このまま、ジャパンカップダートに出走するの?」
「それはわからないが、調教師の先生と相談してみる」
「絶対に出なさいよね。あれも東京競馬場だから」
相変わらず、自分の故郷でもある、東京にこだわる、緒方マリヤだった。
こうして、ミヤムラジョケツが地味ながらも、勝利を収め、これでダート2連勝となっていた。
一方、その頃。
鮮烈的なデビューを飾り、新馬戦で圧勝したミヤムラシンゲキオー。レース直後に管骨の骨膜炎を発症して、レースを回避していたが、11月下旬に500万下(※現在の1勝クラス)に出走。
2番手から残り400メートルで先頭となり、後方に6馬身も離して入線し、2連勝をしていた。
末恐ろしい力を発揮していた、ミヤムラシンゲキオー。新馬戦の9馬身と合わせて、つけた着差が「15馬身」。子安ファーム始まって以来の才能が開花しようとしていた。
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