第80話 天皇賞の壁
ミヤムラシンゲキオー、そしてコヤストツゲキオーの活躍により、活気づいてきた子安ファーム。
ようやく収益も安定してきたし、何気に宿の予約が結構入ってきており、黒猫のネネは観光客に大人気となっていた。
馬産地の日高地方でも、かなり奥まった、交通の不便な場所にある、子安ファームだが、そもそも北海道は、圧倒的な「車社会」なので、地元の人は自家用車で、観光客はレンタカーで来ることが多い。
おまけにナビを設定すれば、簡単に来ることが出来る。
そんな流れに、「水を差す」かのように、勝てない馬がいた。
グデーリアンだ。
第二次世界大戦の戦車戦の先駆者、ハインツ・グデーリアンにちなんだ大仰な名前で、「閣下」と呼ばれていた、というより彼らだけが呼んでいたその馬は、デビュー戦以降、条件戦に苦戦し、何とかオープンクラスに上がってからも、苦戦を続け、重賞にも何回か挑むものの、どうにも勝ちきれずにいた。
ついたあだ名は「ブロンズコレクター」。
実際に、惜しいレースが多く、重賞を含め、レースでも3着が多かったことに由来していた。
「韋駄天ハインツ、戦車将軍のはずが、『ブロンズコレクター』ですか。やはり相馬さんの見立ては、ダメでしたね」
執務室でスポーツ新聞を眺めながら、辛辣に述べる圭介に対し、その時、所用で執務室に呼ばれていた相馬は、申し訳なさそうに、
「すみません」
とだけ言っていたが、彼自身にも考えはあった。
「しかし、父のフリードリヒは、ヨーロッパの伝統ある重賞を勝ってます。母のエデルガルトもまた、血統はいいのです。つまり、『競馬に絶対はない』ということです」
「相馬さん。それはわかります。でも、事実として勝ってないですからね。もっとも3着が多いので、収益には貢献してますが」
と美里が渋い表情で突っ込んでいた。
「グデーリアンの次のレースは何ですか?」
「
「マジですか? そりゃ、無理でしょう。クラシックでも全然勝てなかった、閣下ですからね」
圭介が否定的な見解を述べる、理由は前年の3歳時のクラシック戦線にあった。
その前年にかなり善戦しながらも1冠も取れなかったが、菊花賞2着と大健闘した、1つ上の先輩、ヴィットマンに対し、期待を一身に浴びていた、閣下の成績は。
皐月賞 賞金不足で不出馬
日本ダービー 12着
菊花賞 10着
と、ある意味、散々だった。
3歳のその頃は、「ブロンズコレクター」ですらなかったのだ。
ようやく頭角を現したのが、4歳の今年に入ってから。
重賞の京都金杯で3着、しばらく置いて、ダービー卿チャレンジトロフィーでも3着。そこから「ブロンズコレクター」と呼ばれ始めていた。
そして、色々と試行錯誤しながら迎えたのが、秋の天皇賞。
何気に子安ファームから、この「秋天」に出場する馬は、彼が初めてだった。「春天」はすでにヴィットマンが参戦している。
伝統ある天皇賞は、1年に春と秋の2回、開催されるが、春の天皇賞は4歳以上の古馬しか参加できないのに対し、秋の天皇賞は3歳以上から参加できる。つまり、クラシック戦線を戦った馬も古馬も相手にしなければならない。
開催は2日後に迫っており、すでにスポーツ新聞や競馬新聞には、出馬表と予想オッズが出ていた。
それによると、1番人気はヤマデラファイアだった。そう、ヴィットマンとも死闘を演じた、現在5歳の牡馬。そして、山寺久志の所有馬だった。
これが単勝2.0倍。
そして、グデーリアンはというと。
単勝24.5倍の6番人気だった。
正直、あまり乗り気はなかった、圭介だったが、とりあえず飛行機の手配をして、東京を目指した。
2007年10月28日(日) 東京11
東京競馬場、芝2000mは、1コーナーの奥のポケットからスタートし、2コーナーまでの距離はおよそ130m。多頭数の外枠は不利となる。
2~3歳戦、下級条件ではスローに流れて先行馬が活躍するシーンもあるが、クラスが上がると差し馬が台頭する傾向にある。また、スローに流れても逃げ残りは難しくなってくる。
当該コースでは、天皇賞(秋)、フローラステークスの2重賞が行われるが、天皇賞は上がり最速馬が活躍。フローラステークスはタフさが求められるレースになり易い。また、連続開催が行われる序盤は馬場状態をキープするためか、芝丈も長く、差しの効く傾向がみられる。瞬発力と地力がより求められてくるコースだ。
ということで、ミヤムラオペラのNHKマイルカップ以来の、東京競馬場訪問となった。
ここ東京競馬場には、馬主専用駐車場があり、施設自体も広くて豪華。至れり尽くせりの施設だ。さすがに日本を代表する名競馬場だけのことはあった。
ちなみに、馬主席に着くには、ある程度のドレスコードが必要で、男性はスーツ、女性は特に決まりはないが、サンダルなどのラフな格好はNGとされている。
そのため、わざわざ正装に近い格好で、彼らは乗り込んだ。
そして、
「まいどー。儲かってるかい?」
いつものように、馬主エリア前で、彼らが来るのを待ちながら、予想をしていたらしい。
「美雪さん。早速ですが、予想は?」
もうこれしか聞くことがない、圭介は「
「そうだね。悪くはないんじゃないかな、グデーリアンは」
「また、それですか? 結局、明言を避けてるだけじゃ……」
いつになく、怪訝な表情を浮かべ、彼女を揶揄するように呟く彼の一言を、彼女は遮った。
「オーナーくん。競馬の予想は難しいんだ。馬ってのは、個性がある生き物だからね。直前で調子を崩したり、出走取消になる馬もいる。ただ、今回もやっぱり強いのは、ヤマデラファイアだと思うよ」
「やはりですか? 確か重賞の……」
「目黒記念だね。それを制している。他にも札幌記念で3着。相変わらず中距離だと強いね」
実際にクラシック戦線でも、ヴィットマンに先行して、日本ダービーを制していたのが、ヤマデラファイアだった。正直、美雪の予想では、グデーリアンが何着に入るかはわからなかったが、少なくとも「いいね」はもらっていなかった。
そして、馬主エリアから、美雪も交えての観戦となる。
さすがに年に2回ある、伝統の天皇賞だった。
客の入りは、ものすごく、10万人はいるだろうと思われる大観衆が詰めかけており、スタンド付近から柵の前まで人でぎっしり埋まっていた。
派手なファンファーレの後、スタートとなる。
なお、グデーリアンは3枠6番。ヤマデラファイアは1枠1番だった。
スタート直後、両者のうち、ヤマデラファイアが中団、グデーリアンは割と後ろからの競馬になっていた。
レースは逃げ馬を追うように、展開され、1000mの通過タイムが59秒6だった。
そんな中、最終の4コーナーを回って、直線へと進む。
馬場の真ん中、馬群を割って出てきたのが、
「ヤマデラファイアが伸びてきた!」
だった。
しかしながら、
「グデーリアンがいい脚で上がってくる」
と実況に言われたように、グデーリアンが外側から馬群を突き抜けていた。
残り100m。
「しかし、先頭はヤマデラファイア」
そして、
「2番手争いは接戦だ」
実況が告げるように、先頭は2馬身ほど離れてヤマデラファイア。
続く2番手を7番人気の馬と争って、文字通りのデッドヒート、叩き合いを演じていたのが、グデーリアンだった。
そのまま、7番人気の馬ともつれ合うようにして、ほぼ並んでゴールイン。しかし、わずかに7番人気の馬が先着していた。
「おおっ!」
「やりますね」
「って、また3着」
圭介、相馬、美里が声を上げる中、電光掲示板に数字が表示される。
「6」
という数字が、上から3番目に入っていた。
「また3着か。さすがブロンズコレクター」
美里が溜め息混じりに告げるが、
「いえ、姐さん。天皇賞秋で3着は十分立派です」
「そうだぞ。がんばったじゃないか、閣下。まあ、また勝てなかったが」
「連対は外しちゃったけど、よくがんばったよ」
相馬と圭介、そして美雪が弁護していた。
なお、ヤマデラファイアの馬主の山寺久志は、何故かこの時、馬主エリアには姿を見せていなかった。
やはり「天皇賞の壁」は厚かったのだ。
果たして、グデーリアンが勝つ日は来るのだろうか。それともこのままブロンズコレクターで終わるのか。結果はさらに持ち越しとなる。
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