第11章 勝ち運

第77話 進撃王伝説の幕開け

 圭介は、真尋に言われたことで、妙に美里を意識するようになっていたが、そうは言っても、今すぐに結婚を考えるようなことはなく、相変わらずダラダラと曖昧な関係が続いていた。


 その間に、次のレースが決まる。


 関厩舎に預けていた、ミヤムラシンゲキオーのデビューだ。


 珍しく、関厩舎の方から電話がかかってきて、

「是非見に来て下さい。きっと素晴らしい物が見れると思います」

 と、圭介自らに連絡があった。


 そのため、彼は、デビュー場所が近いこともあって、美里と相馬といういつもの2人を連れて、札幌へと足を向けた。


 2007年9月1日(土) 札幌4Rレース 2歳新馬戦(芝・1200m)、天気:晴れ、馬場:良


 発走は12時30分。


 朝から出発し、昼前には札幌に着いていたが、その車中。


 運転する圭介が、後部座席にいる相馬に尋ねる。

「シンゲキオーは何番人気ですか?」


「1番人気です」

「へえ」

 助手席に座る美里が、補足するように声をかけてくる。


「単勝2.0倍。3枠6番ね」

「ライバルになりそうな馬は?」


「いないわね、多分」

 珍しく1番人気。

 とはいえ、「新馬戦」というのは、後に重賞に参加するような名馬も、ほとんど無名のまま消えていく馬も、一緒に走るレース故に、どうしても「力の差」が出たりするので、「新馬戦だけでその馬を評価できない」というのも事実としてある。


 札幌競馬場、芝1200mは、右回りで、最後の直線が約270mと短く、高低差が殆ど無い平坦な小回りコース。スタートから最初のコーナーまでの距離が長めだ。


 札幌競馬場は、欧州で使われる緑が鮮やかな洋芝が使われているのが大きな特徴。芝の根付きの関係で野芝より馬場が柔らかく、非常に時計が掛かる。その為、欧州血統やパワータイプの馬が活躍する傾向。また洋芝は耐久性が無いので、開催後半になると馬場が荒れ、短距離のわりに外差しが決まりやすくなる。


 ちなみに、かつて圭介は「勘違い」していたが、父がデヴァステイター、母がナイチンゲールという、共に「外国産馬」から産まれたとはいえ、ミヤムラシンゲキオー自身は、「日本で」産まれたので、この場合「内国産馬」扱いとなり、「外国産馬」にはならない。海外で産まれた場合は、「外国産馬」として、出走レースに制限がかかる。


 札幌競馬場に着いて、パドックに行ってみると、早くも彼女が待っていた。

「おー。お疲れー、オーナーくんたち」

 もちろん美雪だった。


「美雪さん。ミヤムラシンゲキオーですが……」

 恐る恐る尋ねていた圭介に対し、彼女が、自信満々に言い放った一言が、強烈だった。


「ここから伝説が始まるよ、きっと」

「えっ?」


「彼はすごい馬だと思うよ」

「いつも思うんですけど、美雪さんは何でそんなに『当てる』んですか?」

 前から圭介が疑問に思っていたことだ。


 ひたすら「的中率」が高い美雪が、不思議でならなかった。それに対し、彼女は笑顔を浮かべたまま、

「それは企業秘密だね」

 と言葉を濁すが、


「ただ、一つだけ言えるのは、私は『データを徹底的に見る』ってことかな」

「データですか?」


「そう。過去のレースはもちろん、馬の適性、馬場状態、天候、騎手、枠順、調教タイム。あらゆる物を考慮し、計算した上で、私は予想をするからね」

「へえ」

 確かに、美雪の的中率はずば抜けていたから、圭介としても信頼は置いていたが、その美雪の目を持ってしても、ミヤムラシンゲキオーは、「すごい」らしい。


 パドックで見ている限り、圭介の目には、それほどすごいようには映っていなかった。


 美雪を伴い、馬主エリアに行き、観戦する。


 4レース、新馬戦。


 一見すると、それは何の変哲もない、ただの新馬戦のはずだったが、見ていた観客は度肝を抜かれることになる。


「スタートしました」

 あっさりスタート。

 全16頭が一斉に動く中、3枠6番は、最初から「逃げた」。


「人気の、ミヤムラシンゲキオー、好スタートを切りました」

 という実況が示すように、ミヤムラシンゲキオーは、先頭を争うように8番の馬と競って、前に出る。


 そのまま3コーナーに入る。3~4コーナーに入る頃には、ミヤムラシンゲキオーは後続を突き離して、逃げ込み体勢に入ろうとする。


 4コーナーを回って、最後の直線。残り200m。


 ぐん、と末脚を発揮し、一気に伸びたように、圭介の目には見えた。


 そのまま一気に加速。残り100m。


「ミヤムラシンゲキオー、独走態勢に入る!」

 気が付くと、後続の2番手とは、何馬身も離れていた。


 そのまま、何の苦労もなく、危なげなく、ゴール板を通過。

「ミヤムラシンゲキオー、圧勝です。見事、人気に応えました」


 終わってみれば、まるで他の馬を「子供扱い」しているような圧勝劇だった。「逃げた」レースではあるが、ほとんど「他の馬が追い付けない」レベルだったのだ。結果的に「逃げ」になっただけに過ぎないとすら思えた。


 最終的に着いた、2番手との着差は何と「9馬身」。

 もはやレベルが違いすぎるくらいの圧勝だった。


「おお!」

「すごいわ、シンゲキオー」

「これはマジですごいです」

「だから言ったでしょ」

 皆が口々に喜びの声を上げる。


 ちなみに、騎手は、鈴置歳朗騎手だった。


 しかも、この圧勝劇を終えた後。口取り式後に、圭介が彼と話すと。

「すごい馬です。走ってるというより、『飛んでる』ような感じでした。膝が非常に柔らかいですね」

 との感想だった。


 鈴置騎手と話すと、彼は現在リーディング順位3位。そして、まだ一度も「ダービー」に勝っていないという。騎手にとっても、もちろん「ダービーに勝つ」ことは憧れだ。


 すでにミヤムララベンダーの主戦騎手を彼に任せていた圭介は、鈴置騎手の人柄も実力も知っていたので、彼に任せることをあっさりと決める。

「鈴置騎手。ミヤムラシンゲキオーをあなたに任せます。活躍を期待しています」

「ありがとうございます。がんばります」

 こうして、ミヤムラシンゲキオーがあっさりと新馬戦を通過。


 翌朝のスポーツ新聞には、ほとんど記事すら載っていなかったが、ここが後に続く「伝説の幕開け」になるとは、この時、ほとんどの人が気づいていなかった。

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