第76話 ジューンブライド
5月下旬。
2歳になった、ミヤムラシンゲキオーを美浦の関厩舎に預けることになる。
関厩舎でデビューまでの準備を進め、デビューは夏以降になる予定だった。子安ファームにとって、今、一番の「期待の星」、「流星の子」のデビューが待たれる中。
6月。
子安ファームを経営する、圭介がいつものように、執務室にいると。
ノックがして、珍しい組み合わせが入ってきた。
なお、美里はすぐ傍で別の仕事をしていた。
二人組は、真尋と結城だった。
「何だ、朝から?」
午前中の仕事を始めていた圭介が、書類に目を通しながら、答える。
「あの、今日はオーちゃん、じゃなかったオーナーに大事な報告がありまして」
「何だ、改まって」
いつものような軽口ではなく、妙に形式ばったしゃべり方と、緊張したような面持ちの真尋の様子が気になっていた圭介の耳に、信じられない一言が飛び込んできたのは、次の瞬間だった。
「私たち、結婚することになりました」
「はっ?」
「だから、結婚です」
「誰が?」
「私が」
「誰と?」
「結城さんと」
「何で!」
もはや、驚きすぎて、頭が回っていない圭介に対して、真尋は照れ臭そうに、頬を赤らめながらも、
「何でって、そんなの好きだからに決まってるじゃん」
「だから何で? 大体お前ら、性格的に正反対すぎるだろ。ありえねー」
明らかに、「変な物」でも見るように、否定的な意見を述べている、圭介に対し、さすがに結城が可哀想に思えたのか、それとも別の意図があるのか、助け船を出したのは、美里だった。
「私は、別に驚かないわ」
「何でだよ?」
「鈍感なあんたはわからないかもしれないけど、恋愛ってのは、『正反対』か『似てる』方が上手くいくものなの。一番良くないのは『中途半端な』こと」
妙な自論を展開する美里に、圭介は疑問を感じつつ、探りを入れてみることにした。
「もしかして、お前、気づいてたのか?」
「まあね。無口だから勘違いされやすいけど、結城さんは優しいからね。よくマーちゃんを助けてたし、2人がいつも一緒にいるのを見てたから、いずれこうなるとは思ってたわ」
女の勘とは恐ろしい、と圭介は思いつつも、まずは素直に二人を祝福することにした。
「そうか。驚いたけど、おめでとう」
「ありがとう!」
「式は?」
「今月中にやるよ。ジューンブライドって言うくらいだから、6月中に式を挙げたいから」
ということで、急きょ、林原真尋と結城亨と結婚が決まり、その後、とんとん拍子に式の準備が進んで行くことになる。
そして、6月下旬。
子安ファームからはだいぶ離れているが、札幌市にある、教会というか、チャペルで盛大な結婚式が行われることになり、圭介も美里や相馬と共に出席。
他にも、坂本美雪や、獣医の岩男千代子などが参加し、賑やかながらも、幸せな結婚式が行われた。
26歳の林原真尋と、28歳の結城亨。当時の結婚としても、割と早い年齢での結婚となった。
なお、林原真尋は、姓を夫の姓に変えることになり、以降、「結城真尋」となる。
そして、意外なことが結婚式後に起こる。
すべてのプログラムが終わり、結婚式後の夜には、札幌市内で「披露宴」が行われることになった。
それも全て終わって、皆が出来上がって、解散を迎える頃。
圭介は、真尋に呼ばれた。
酔った顔のまま、ふらふらとした足取りで、真尋が待つ一室に向かう。どうやら、宴会用の控え室のような場所だった。
真尋一人ではなく、夫となった結城亨の姿もあった。
この頃には、披露宴も終わっているので、真尋はウェディングドレスを脱ぎ、ラフなドレスにスカート姿だったし、亨はカジュアルスーツのような姿だったが。
「何だ、こんなところに呼び出して」
まだ酔いが残っている圭介は、若干不機嫌だった。
「この際だから、聞いておきたいことがあってね」
「だから、何だ?」
「オーちゃん。前から聞きたかったんだけど、ミーちゃんのこと、どう思ってるの?」
「美里? ああ、まあ良くやってくれてるよ」
「そうじゃなくて。異性としてどう思ってるの?」
「面白い奴だよ。からかい甲斐がある」
「それだけ?」
今日は、妙に絡んでくるな、と圭介は思いつつ、言葉に困っていると。
先手を打たれていた。
「まあ、わざわざ自分の馬に『ミヤムラ』ってつけるくらいだから、嫌いじゃないんでしょ」
「そりゃ、まあ嫌いではないかもだが……」
改めてそう言われると、否定はできない圭介は言葉が詰まる。
「はっきりしないですね。男ならはっきりして下さい」
今度は、珍しく結城亨に突っ込まれていた。
「……そう言われてもな」
圭介があまりにも不甲斐なく、言葉を濁すため、真尋はしびれを切らし、畳みかけるように言葉を継いできた。
「いい、オーちゃん? ミーちゃんはあれで結構モテる方なんだよ。早く決断しないと、愛想つかされて、別の男のところに行っちゃうよ。それでもいいの?」
「……まあ、ちょっと考える。けど、今すぐにどうこうってのは無理だがな」
「マジでヘタレだねえ、オーちゃんは。ミーちゃんの気持ちとか考えないの?」
「全くです。
改めて、夫婦となった2人にボロカスに言われ、圭介はさらにヘコむことになるのだが、同時に、ようやく「遅まきながら」美里について、真剣に考えるきっかけにはなっていた。
ちなみに、2007年の誕生日を迎えると、圭介、美里共に30歳を迎える。
結婚を考えるには、決して「遅くなはい」時期だったのだ。
しかしながら、生来のヘタレな圭介の性格が、この決断をさらに遅らせることになるとは、この時、誰も気づいていなかった。
とにかく、こうして、林原真尋改め、結城真尋が牧場長として、結城亨がその夫として、夫婦で厩舎を扱っていくことになる。
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