第75話 勝利の美酒

 ついに、子安ファームとして、「初めて」GⅠを制した彼ら。


 オーナーの圭介以下、美里と相馬が口取り式に参加したが、正直、カメラのフラッシュがひっきりなしにかれ、新聞社やテレビクルーからのインタビューを受け、大忙しだった。


 もちろん都スポ記者の石田からもインタビューを受け、ミヤムラオペラは一躍注目を浴びる存在となる。


 40分以上経ち、ようやく解放されてから、圭介は渋々ながらも、関係者用の喫煙室に向かった。


 だが、さすがに時間が経っているためか、着いたところで、ガラス戸の向こうの喫煙室に、彼女の姿はなかった。


 仕方がないので、彼女の携帯電話にかけると。


「ああ、やっと終わったの? 今から行くわ」

 一方的に話され、一方的に切られていた。


(相変わらず、せっかちだな)

 圭介は、元から彼女、緒方マリヤがせっかちだと思っていたが、それは時間に追われる芸能人の癖なのかもしれない、と思い直した。


 喫煙者ではない圭介が、手持無沙汰気味に喫煙室の外で待つこと5分ほど。


 ようやく彼女が現れた。

 いつものように、フリフリのフリルスカート姿かと思っていたら、やけにあっさりとした、ワンピース姿のラフな格好だった。髪の毛もボサボサで、何故かサングラスをしていた。


「今日は、仕事じゃないのか?」

「違う。個人的に来たの」

 そう言って、サングラスを外し、早速、喫煙室に入り、紙タバコをくわえて、ライターに火をつける緒方マリヤ。


 仕方がないので、圭介も中に入る。

「で、何だ?」

 ぶっきらぼうに呟く圭介に、彼女は、照れ臭そうに、そしてどこか気まずそうに発した。


「とりあえずおめでとう」

「ありがとう」


「前にあんたが言った通りだったわね」

「何のことだ?」


「忘れたの? 期待が持てそうな馬が2頭いるって言ってたじゃない」

 言われて、ようやく圭介は思い出していた。フェブラリーステークスの後、彼女自身に圭介が言った言葉で、その2頭がミヤムラオペラとヴィットマンだった。


 だが、圭介自身、まさかミヤムラオペラがGⅠを勝つとは想像もしていなかった。

「そうだったな」


「でも、ヴィットマンは確か怪我だったわね」

 そう言われて、圭介は苦い気持ちを思い出していた。


 実はヴィットマンは、つい先日、骨折の怪我をしており、目標としていた「天皇賞春」を回避していたのだ。

 怪我自体は、軽い骨折だったが、それでも今年の春から夏、恐らく秋も治療とリハビリのために消えるだろう。

 そのことを説明する。


「残念だったわね。天皇賞に出てたら、またイーキンスといい勝負が出来たのにね」

 その天皇賞春は、先日の4月29日に行われ、しくも前年に勝った、ヴィットマンのライバルのイーキンスが危なげなく勝って、「春天2連覇」を成し遂げていたのだ。


「ああ。だが、これからは、さらに他の馬が勝つかもしれん」

「他の馬?」


「グデーリアン、コヤストツゲキオー、ミヤムラジョケツ、そしてミヤムラシンゲキオー。こいつらはいずれも期待が出来る逸材だと思っている」

「へえ。らしくなってきたじゃない。そうなるとオーナーブリーダーも楽しくなるんじゃない?」


「まあ、それなりにな」

「じゃあ、また東京競馬場で会うこともあるかもしれないわね」


「ああ」

「そっか。あんたには、感謝してるよ」

 いきなり、彼女が躊躇いがちに口を開いていた。


「何だ、改まって?」

「私が、推していた馬が、たまたまあんたの馬で、勝ったお陰で、私の株が上がったからね」


「そりゃよかった」

「と言うことで、またよろしく。出来れば東京競馬場で勝ってねー」

 あっさりタバコの火をもみ消し、彼女は去って行った。


(難しい注文をつける奴だ)


 マイペースかつ、せっかちな緒方マリヤ。しかし、実際に彼女自身が、「競馬アイドル」として、各種のテレビや雑誌に登場して、世間の注目を浴びていたのは事実だった。


 そして、そんな彼女が「推して」くれたお陰で、実は子安ファーム自体にも、世間の注目が集まっていた。


 何よりも、翌日の新聞。都スポーツが他の新聞社よりも、一際派手に書いてくれていたのに、圭介は驚きと喜びを隠せなかった。


―重量級の女傑スプリンター現る、新たな女王の誕生か―


 との見出しで、ミヤムラオペラがスポーツ新聞の1面を、派手に飾っていた。

 確かに、ミヤムラオペラは、牝の割に大柄で、重量級と言えるが、その力強さを発揮して、スプリンターとしての道を自ら切り開いたとも言える。


 競馬では一般的に、スプリンターは重量級、逆にステイヤーは軽量級が多いとも言われるのだ。


 もちろん、以降も取材が申し込まれたり、観光客が子安ファームに来て、宿泊したり、と相乗効果として、収益も上がって行った。


 ちなみに、これらの「知名度」により、圭介は隠していた、両親に仕事の内容がバレていたが、既に収益を上げているのと、美里がいることに両親は安心したようで、結局は馬主業は問題なく続けることになった。

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