第63話 初取材と競馬アイドル

 初の重賞勝利に沸く子安ファームの面々を尻目に、長沢春子は、美里以外に気づかれないまま、さっさと足早に福島競馬場から立ち去って行った。


 彼ら子安ファームの面々は、関係者ではない坂本美雪を除く、圭介、美里、相馬の三人が立ち会い、ウィナーズサークルで「口取り式」に参加する。


 それが一通り終わって、写真撮影が終わった後。


「すみません」

 声をかけてきた記者がいた。


 見ると、30代くらいの若い男性記者が、ボールペンとメモ帳を片手に話しかけてきた。


「はい」

みやこスポーツの石田いしだです。インタビュー、よろしいでしょうか?」


「ど、どうぞ」

 馬主、オーナーブリーダーとして、もちろん初めてこうしたインタビューを受けることになり、緊張気味に圭介が声を上げる。


 同時に、

(『飛ばしのスポ』か)

 と内心思っていた。


 もちろん圭介は知っていたが、都スポーツ。通称「都スポ」。別名を「飛ばしの都スポ」とも言う。


 その理由は、とにかく「面白ければ何でもいい」という、自他ともに認める『眉唾まゆつばもののデタラメゴシップスポーツ紙』の代名詞的な新聞紙として知られていたからだ。


 実際、過去には「宇宙人現る」とか「ツチノコ発見」のような、トンデモ記事が載っていたこともある。早い話が「ガセネタ」記事が圧倒的に多い。


 だが、実はこの都スポは、「競馬」に関しては極めて真面目で、まともな記事を書いていた。それもそのはずで、競馬において、「嘘」を書くと、それこそ新聞社の名誉に関わるからだ。


「随分若い馬主さんですね。馬主になられてまだ日が浅いのでしょうか?」

 から始まるインタビューが始まり、圭介はそれこそ文字通り「根掘り葉掘り」聞かれていた。


 言いにくい部分は、美里が上手くフォローしたため、一応、インタビューとしては滞りなく行われたが、それでも終わるまで15分以上を要した。


 一方、インタビューを受けながら、圭介の目には、この記者の斜め後方にいる、女子高生のように若い女性の姿が入っていた。


(誰だ、あれは? 随分可愛いな)

 と思ったのも当然で、身長155センチほど。小顔で小柄、スタイル抜群で、髪はサラサラで、ツインテールにしていた。その上、アイドルが着るようなフリフリのスカートを履いて、上も赤と白のチェック柄の薄いシャツを着ていた。


 見たことはなかったものの、内心、

(何だろう? どこかで見た気がする)

 とも思っていた。


 およそ競馬場には似つかわしくない人物に映ったが、その実、

(それにしても、マジで可愛いな)

 と、純粋に思えるくらい、小顔で二重瞼ふたえまぶた、目鼻立ちが整った、美少女だった。その美少女が、手持無沙汰気味にこちらをチラチラと見ていたのが気になったのだ。


 ようやく、インタビューが終わり、最後に、

「改めまして、都スポの石田竜平りゅうへいです。子安さん、今後ともよろしくお願いします」

 わざわざ名刺を渡してきた、石田竜平という男は、まだ33歳の若手記者だとわかった。


 彼が去った後、すぐ、

「すみませーん」

 先程の美少女が、妙にニコニコしながら、圭介の目の前にやって来たから、いきなり美少女に迫られたようで、圭介は面食らうと同時に、一瞬、焦っていた。


「は、はい」

 間近で見ると、本当に可愛らしかった。信じられないくらい小顔で、童顔。二重瞼に小さな口、おまけに抜群のスタイル。すべてが完璧なほどの美少女で、女子高生にも見える。


「私、競馬アイドルの緒方おがたマリヤって言いますー。取材、いいですか?」

 まるで都スポのインタビューが終わるのを待ち構えていたかのような、突然の彼女の襲来。


 完全に、「鼻の下を伸ばしている」ような圭介に、隣にいた美里は、機嫌が悪くなると、思いきや、


「あ、もしかして、緒方マリヤさん? え、本物?」

 驚いて声を上げていた。


「はいー」

「マジで! テレビで見たことある。さすがに本物のアイドルだね。可愛い!」

 その興奮したような一言に、緒方マリヤは、


「ありがとうございますー」

 と、ニコニコと、わざとらしいくらいの眩しい笑顔を見せていたが、圭介は、


「あ、なるほど。どこかで見たことがあると思った」

 とだけ呟いていた。彼は、そもそもアイドル自体に詳しくはないし、あまり興味もなかったが、確か缶ジュースのCMで彼女を見たことがあると思い出していた。

 ただ、それでも目の前の美少女には緊張していたが。


 内心では、

(競馬アイドル? そもそもそんなのいるのか?)

 と思っていたが。


 結局、彼女からも「根掘り葉掘り」と色々なことを聞かれてしまい、さらに20分ほども経過。


 その間、

(トイレ行きたいんだけど)

 と、内心、尿意を催していた圭介は、ようやく終わってホッとして、仲間に断ってから、一人でトイレに向かった。


 その帰り道。

 競馬場内の、一般客が入れない、馬主や騎手、マスコミなどだけが使える、競馬関係者専用の喫煙室の前を通りかかった。


 圭介自身、喫煙者ではなかったが、その喫煙所に、あろうことか、その緒方マリヤの姿があった。


 さすがに焦った彼は、咄嗟とっさに喫煙室に入る。その理由は、彼女が18歳と聞いていたからだ。


 しかも、彼女、緒方マリヤは、先程の営業スマイルのような、飛びきりの「天使」のような笑顔と打って変わって、渋い表情をしていた。明らかに「浮かない顔」と言っていい、不満がにじみ出ているような表情だった。


「え、まさか喫煙者? っていうか、未成年じゃ?」

 驚いて、思わず声をかけた圭介に、しかしこの緒方は、少しもひるまず、


「何? もう仕事は終わったわよ」

 先程までのぶりっ子のような態度とは正反対とも言える、ぶっきらぼうな態度で、右手に持った紙タバコを口にくわえ、紫煙を吐いていた。

 ぶりっ子の方が演技で、こちらが「」なのだろう。


「いや、あの。緒方さん。あなた、未成年じゃ?」

20はたち歳よ」


 圭介自身は、喫煙者ではなかったが、北海道は喫煙率が高く、特に女性の喫煙率が全国一位だったから、圭介自身は、彼女が喫煙していることに抵抗はあまりなかったが、それでもこれだけは聞いておきたいと思ったのだった。


「えっ。でもさっき18歳って」

 圭介は、先程のインタビューで彼女からもらった名刺に、18歳と書かれてあったことを覚えていた。だが、圭介がしつこく尋ねるのが、鬱陶うっとうしく感じたのか、突然彼女は、


「ああ、もう。面倒臭いわね。そんなの嘘よ、嘘!」

 若干キレ気味に大きな声を出した。


 幸い、その時、この喫煙室には圭介と、このマリヤしかいなかったが、辺りに響き渡るような大声を出してきたので、圭介は若干「引いて」しまった。


(やっぱ所詮、芸能人か。サバ読んでたな)

 内心、アイドルという物の実態に、圭介自身、失望と同時に、現実を突きつけられた気がしていた。

 だからこそ、彼はアイドルには興味がなかったのだが。


「何、サバ読んでちゃ悪いの?」

 紫煙を燻らせながら、緒方マリヤは、圭介の心を読むように、不機嫌に呟いた。


「いや、別に悪くないけど」

「あんたさあ」


「はい?」

「ちょっと重賞に勝ったからって、調子に乗らない方がいいわよ」

 その上、不機嫌そうに、圭介に絡んでくる有り様だった。年上に敬語すら使おうとしない。


 圭介は、現実という物の悲しさに直面する。彼はアイドルという物に、極端に幻想を抱いてはいなかったが、それでも衝撃を受けた。


「別に調子に乗ってないけど」

「あ、そ。大体さあ、何でわざわざ福島まで来ないといけないのよ。私は東京で仕事をして、もっとビッグに、メジャーになりたいの」

 本音がダダ洩れしていた。彼女自身、この仕事が乗り気ではなかったことが明らかだった。不機嫌の原因がこれだったのだ。圭介には彼女が内心、「福島くんだりまで来るのが嫌」と言っているように聞こえた。福島の人が聞いたら怒りそうな内容だった。


 ただ、彼女は意外と、正直者だという感想を抱き、若干だが、彼女に対して好印象を抱いた圭介は、

「まあ、お互いがんばろうよ。俺も競馬界では全然、ビッグでもメジャーでもないしさ」

 と励ますように口に出していたが、


「馴れ馴れしいわね。言われなくたって、がんばるわよ」

 と、彼女は反論していたが。


 圭介は、内心では、

(つっけんどんで、気が強いところが、ある意味、美里に似ている)

 と、ほくそ笑んでいた。


「何、ニヤついてんのよ、キモいわね」

 途端に毒づいてきたが、彼女自身、圭介が無害だとわかったのか、本心から怒ってはいないようで、目元は笑っているようにも見えた。


「それじゃね、馬主さん。機会があったら、またどこかで会いましょう」

 彼女はタバコをもみ消すと、そう言って右手を挙げて去って行った。


(変な女だ。せっかく可愛いのにもったいないな)

 とは思いつつも、彼女に対してはどうにも憎めない奴だ、と圭介は思うのだった。


 ちなみに、後でネット検索すると。


 緒方マリヤ、本名:緒方茉莉也まりや

 1988年5月17日生まれ。


 と書いてあったが、2006年時点で20歳なら、実際には1986年生まれだろうと思われた。だが、もちろん、「公称」では18歳で、年齢を2歳サバ読んでいた。


 現代よりも、コンプライアンスが甘いこの時代、特に芸能人にはこの手の「サバ読み」が珍しくなかったのだ。

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