第50話 前哨戦の行方
2005年のクラシックを決める戦いがついに始まった。
2005年3月6日(日) 中山11
(※現在の弥生賞ディープインパクト記念)
このレースは、「クラシック」と呼ばれる3歳限定のレースの初戦、皐月賞と同じ距離、同じ競馬場で行われる、まさに「皐月賞の前哨戦」とも言えるレースで、3着までに優先出走権が与えられる。
この年の1番人気は、すでに前年暮れの朝日杯フューチュリティステークス(GⅠ)でGⅠウィナーとなっていた、イーキンスで、単勝1.5倍の圧倒的1番人気。8枠10番。鞍上は古谷騎手だった。
次いで、同じく暮れのラジオたんぱ杯2歳ステークス(GⅢ)で重賞を勝っていた、ヤマデラファイアが単勝5.2倍の2番人気。7枠7番。鞍上は鈴置騎手。
そして、そのラジオたんぱ杯2歳ステークスで5着だった、子安ファーム所属の期待馬、ヴィットマンは前走の成績から単勝35.2倍の5番人気。8枠9番。鞍上は池田騎手。
スポーツ新聞の馬柱を見ると、△印はついているが、〇印はついていなかった。つまり正直、あまり期待はされていないようで、競馬新聞やメディア、関係者からの評価は良くはなかった。
中山競馬場、芝2000mは、右回りで、内回りコースを使用する。コーナーを4つ回る小回りコースだ。
スタートから1コーナー途中まで約5mの上り坂。そこから、向こう正面まで約4mの下り坂。
加えて、最後の直線の長さは310mと短いが、途中に約110mの間で約2.2mを駆け上がる急坂が待ち受ける。
コーナーを回る器用さ、坂をものともしないパワーが重要なコースと言えよう。
また、一般的に馬場が荒れて時計の掛かる馬場になる事が多い。開催後半や冬場はその傾向が強く、芝を走っているのに土煙が上がる事も少なくない。スタミナに富んだパワータイプの血統が勝つ傾向にある。
今回もまた、子安ファーム内にある、執務室でレースを観戦することになり、圭介、美里以下、真尋、相馬、結城と全員が揃っていた。
テレビからは、司会がゲストの競馬関係者やタレントに話を振る様子が流れていた。
「どうですかね、今年の弥生賞」
「イーキンスで決まりでしょう」
司会の若い男性の質問に、元・調教師の初老の男性が断言していた。
「つまらないわね」
吐き捨てるように、美里が呟いていた。
「まあまあ、姐さん。競馬に絶対はないんですよ」
そんな美里を、何故か傍にいた相馬がなだめていた。
「そうだよ、ミーちゃん。相馬さんの言う通り、レースではどうなるかわからないからね」
「そう言えば、相馬さん。美雪さんは何か言ってましたか?」
真尋が口を開く中、圭介が相馬に問う。
「いえ、特には。そもそも俺たち、別に付き合ってるわけじゃないですからね」
「そりゃ、そうですね」
どうも、相馬と美雪の関係がよくわからないと思いながらも、圭介は頷いていた。
結城は相変わらず無口で、黙ってテレビ画面を眺めていたが、パドックが映ると、ボソっと口を開いた。
「いい出来に見えます」
と。
次第に高まる緊張感。
テレビに出ていた競馬関係者やタレントの予想では、圧倒的にイーキンスが突出しており、誰もが彼を1着に予想していた。一方、ヤマデラファイアがその対抗に選ばれ、そしてヴィットマンは、「穴」、あるいは「大穴」扱いに近い状態だった。
(誰も期待してないか。だが、3着以内に入ってくれれば)
そう、密かに願っていたのは、もちろん馬主の圭介で、皐月賞トライアルと位置づけられるこのレースで、ヴィットマンが3着以内に入れば、皐月賞の優先出走権を確保できる。
逆に言えば、4着以下だと、獲得賞金の関係から、皐月賞には出走できない可能性が高くなる。
「さあ、今年のクラシックを占う勝負所、弥生賞です」
15時35分。ついに出走の時を迎える。
全10頭で争われるこのレース。枠入りは順調で、ヴィットマンは奇しくも「ライバル」とされるイーキンスと並んでの出走となった。
「スタート。ほぼ並んでのスタートとなりました」
しかし、いざスタートすると、意外なことが起こっていた。
1番人気のイーキンスは最後方から2番手辺り、ヴィットマンは同じく最後方から3番手辺りを追走。
一方、中団の好位置につけたのがヤマデラファイアだった。
だが、3コーナーを回って、残り600mを過ぎると。
「ここで上がって行ったのは、10番イーキンスだ」
「イーキンスが5番手まで上がる」
実況の声が興奮気味に伝える。
4コーナーを回って、最後の直線になると。
「内埒沿いからヤマデラファイア。外からイーキンスが一気に差を詰める!」
観客の大歓声が響く中、ほぼこの2頭の叩き合いに展開していった。
残り200m付近で、イーキンスが追い付くと、ゴール手前でヤマデラファイアをかわしてゴールイン。
クビ差の1着だった。2着はヤマデラファイア。
そして、それよりわずかに遅れて、入線していたのがヴィットマンだった。実況ではあまりというか、ほとんど名前を呼ばれていなかったが、必死に追走し、後半から一気に末脚を発揮して伸びていたのだ。
見事に3着を獲得。
これは子安ファームにとって、初の「重賞での3着」であり、獲得賞金が1400万円を超えていた。ちなみに1着なら5400万円を超える。
「惜しい!」
「もうちょっとだったのに」
真尋と美里が悔しがる中、オーナーの圭介は、
「よし」
小さくガッツポーズをしていた。
「兄貴。これで皐月賞には出走できますね」
その圭介の意を汲んだ相馬が口を開いたように、これでヴィットマンの皐月賞への出走はほぼ確定した。
5番人気、それも単勝35.2倍の低評価を覆し、彼は期待に応えてくれたのだった。
子安ファームにとって、「初の重賞ウィナー」か「初のGⅠウィナー」になるのか。そして、「初のクラシック制覇」となるのか。
注目の皐月賞は、約1か月後になる。
なお、ヴィットマンの同期のミヤムララベンダーとコヤストツゲキオーは、どちらもやっとオープンクラスに上がってはいたが、共に苦戦していた。
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