第49話 騎手との出逢いと将来性

 平成17年(2005年)2月。


 普段なら、地元・北海道からあまり動かない、圭介の元に一本の電話が来たことがきっかけだった。


 その相手が意外な人物だった。

「立木や」

 関西の栗東所属の調教師、立木安信調教師だった。


 ある意味、ミヤムラボウズが安楽死するきっかけになったとも言える人物で、真相はわからないものの、「スパルタ調教」で有名な関西人だった。


 内心、苦手とはしながらも、圭介にとって、直近ではヴィットマンを預けていた彼からの電話で始まった。


「これは立木先生。どうしました?」

「あのな。ヴィットマンのことについてなんやけど」

 という切り出しから始まった話は、意外な方向へ進んで行く。


「はい」

「池田重徳っちゅう騎手、知っとるやろ?」


「はい」

 もちろん、圭介は知っていた。現在、リーディング2位。1位の古谷騎手に差はつけられていたが、彼と同い年のベテラン騎手にして、古谷騎手のライバルとも言われている。そして、ヴィットマンにとって、新馬戦から条件戦、前走のラジオたんぱ杯まで彼が騎乗していた。


「そいつがな。あんたに会いたい言うとるんや? どうや? 一度、関西に来てみんか?」

「わかりました」

 圭介には珍しく、即答していたのは、もちろん池田重徳という人物に興味があったのと、ヴィットマンの様子も見たかったからだ。


 早速、美里に話すと、彼女はあっさり、

「いいんじゃない」

 と承諾。


 早速、関西への手配を進めると、どこから聞きつけたのか、相馬がやって来て、

「俺も連れて行って下さい」

 と懇願してきた。


「あのですね、相馬さん。遊びじゃないんですよ。今回は競馬観戦でもありません」

「わかってます。俺の目でもう一度、成長した隊長を見たいんです」

 珍しく熱心に説く相馬の態度に、圭介は折れた。


 渋々ながらも2人分の航空券を手配し、その週の真ん中の水曜日に関西へと飛んだ。


 栗東トレセン。

 そこにヴィットマン、立木調教師、そして池田騎手がいた。


 ヴィットマンは、厩舎にいて、いつも通り落ち着いて見えたし、体つきも少し大きくなって、精悍に見えた。


 そして、立木調教師は相変わらず、横柄と言うか、ぶっきらぼうな態度だったが。

「池田さん。こちらがヴィットマンのオーナーさんです」

 珍しく、騎手に気を遣うように、彼を紹介してくれた。


 池田重徳。1969年産まれで、ライバルと目されている古谷騎手とは同学年だった。現在、35歳でこの年、満36歳になる。


 古谷騎手同様に、騎手らしく小柄だが、肉付きがよく、筋肉質な体型をしており、短髪に、人の良さそうな笑顔を浮かべていた。


「はじめまして、オーナーさん。池田重徳です」

「子安圭介です」

 互いに挨拶をして、握手を交わした。


 その池田騎手が、興味深いことを口走ったのだった。

「いや、わざわざ北海道からすんませんな」

「いえいえ、構いませんよ」


「今回、実はお願いがありまして」

「何ですか?」


「ヴィットマンを、私に任せて欲しいのです」

「どうしてですか? こう言っちゃなんですが、年末のラジオたんぱ杯ではヤマデラファイアに見事に負けました。正直、彼は未知数ですよね」

 オーナーとして、一人の競馬好きとしても、圭介はヴィットマンの実力をまだ疑っていた。

 相馬は黙っていたが、どうやらこの池田の見立ては違うらしい。


 柔和な笑顔のまま、彼は続いて口を開いた。

「今はまだかもしれへんですけどね。ヴィットマンは将来性ありますよ。それに、どちらかと言うと長距離向きかもしれへんですな」

 特徴的な訛りのある関西弁をしゃべりながらも、彼は上機嫌だった。


「長距離向きですか? ですが、新馬戦は1400m、続く条件戦も1600m、ラジオたんぱ杯は2000m。つまり、まだ長距離レースは走ってませんが」

「まあ、そうですやろな。ただ、調教をしていてわかったのは、ヴィットマンにはかなりのスタミナがあるということです。クラシックには参戦させたいと思てますやろ?」


「それはまあ」

 圭介にとって初めての「クラシック」。同時期にデビューした、コヤストツゲキオーはイマイチ勝ちきれていなかったし、ミヤムララベンダーは、どちらかと言うとダート向きという評判だった。つまり、今、所有馬で一番クラシックに近いのがヴィットマンだった。


「ほんなら、私に任せてもらえれば、重賞の一つくらい勝てるかもしれへんです」

 柔和な笑みの割には、強気な発言だった。


 その時、黙って聞いていた、相馬が口を開いた。

「兄貴。池田騎手の言うことにも一理あります。俺も密かにヴィットマンは長距離向きだと思ってました」

「ほう。あんた、ええ目しとるな」

「どうも」

 池田騎手が、相馬に視線を向けて、微笑んでいた。


 一体全体、彼、相馬の「相馬眼」は本物なのか、未だに圭介はわからなかったが、目の肥えたベテラン騎手の池田が推している。

 素直に従うことにした。


「わかりました。主戦騎手をお任せします」

「ホンマに。ありがとうやで」

 そう言って、微笑む池田騎手は、いかにも人懐こい関西人という感じで、圭介は好感が持てるのだった。


 そして、この池田騎手との出逢いが、後々まで重要になってくるのだった。


 こうして、ヴィットマンの主戦騎手として、池田重徳が確定する。

 その後、ヴィットマンの調教内容や、今後のレースプランを話し合って、圭介と相馬は栗東トレセンを後にした。


 ヴィットマンの次走は、クラシック前哨戦の弥生賞と決まった。

 ライバルのヤマデラファイア、そしてイーキンスも出場予定だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る