第33話 希望の星になるかもしれない馬
2003年4月。
また今年もこの季節がやって来た。
幼駒の誕生だ。
前の年、2002年に相馬が推薦したことで決定した、父・ヴィンディケイター、母・サクラノキセツの仔だ。
牝だった。
産まれた彼女は、昨年に美里がセレクトセールで、1500万円で落札した、ヴィンディケイターとキティホークの仔、キティホークの2002と同じ血が流れている。
つまり、母は違うが、腹違いの妹になる。
ということは、相馬や美里が言っていたように「ダートの血」が彼女にも流れているから、将来的にダート戦線で活躍するかもしれない、という期待があった。
その仔を、いつもは無条件にと言っていいくらい、可愛がる牧場長の真尋が、
「うーん。この仔は、面倒そうだなあ」
と呟いていたのを、お産に立ち会った圭介は聞き逃さなかった。
「何が、面倒そうなんだ?」
「そうだねー。気性が荒らそうなんだよね」
「競走馬になるなら、気性が荒い方が得になったりしないか?」
圭介の問いに、美里と真尋が反応した。
「それはケースバイケースね」
「そうだね。ミーちゃんが言うように、あまりにも気性が荒らすぎると、それが影響してレースに全然勝てないこともあるし、それをプラスに生かせれば、強豪を打ち破るような名牝になるかもしれない」
「つまり、運次第ってことか」
「……ですが、この仔は将来、重賞を勝つ、ような気がします」
その若干頼りないような物言いに、圭介は呆れ顔で、
「相馬さんに言われても説得力がないなあ」
と溜め息をついていた。
その時だ。
「じゃあ、あたしならどう?」
そこにいた全員が振り返った先には、トレードマークとも言える、馬のキャラクターロゴが入った帽子をかぶり、ジーンズにジージャン姿の、ラフな格好をした、ロングヘアーの女性がいた。
「美雪さん。どうしてここに?」
「俺が呼んだんです」
もちろん、答えたのは相馬だった。
「何でですか?」
「馬が産まれるって言ったら、見たいと言うので」
圭介は、再び小さな溜め息を突くが、内心では、
(呼ぶのは構わないが、一言くらい相談して欲しかった)
と思っていた。
つまり、圭介にとって、相馬も坂本も、自由人すぎるのだ。
「誰、この人?」
若干不機嫌そうな表情で睨んできた美里に、
「ああ。こちら、さすらいのギャンブラー、坂本美雪さん」
と圭介が紹介すると、
「オーナーくん。合ってるけど、その紹介はどうなのよ?」
と、坂本はケラケラと笑い声を上げていた。
聞くと、昨日、相馬から話を聞き、急きょ、レンタカーを借りて新千歳空港から走ってきたという。相馬と坂本の関係もよくわからないと思う圭介だったが、彼女、坂本美雪は、この幼駒を前にして、目を見張るように見つめていた。
そして、
「どうですか?」
と尋ねる圭介、見守る牧場スタッフたちに対し、
「オーナーくん。あたしは、嘘をつくのが苦手だから、はっきり言ってもいい?」
「ええ、構いません」
圭介が頷くのを確認して、彼女はゆっくりと語り出した。
「すっごく強い馬、にはならないね」
「なんだ」
と、がっかりする圭介や他の従業員たちに対し、しかし彼女は口元に笑みを浮かべ、不思議な予言めいたことを呟いた。
「ただ、ある程度勝って、いいところまでは行くと思う」
「いいところと言うのは? 重賞ですか?」
「うーん。それはさすがに何とも言えないな。ただ、血統も
その一言を聞いた、真尋が目を輝かせて、
「が、がんばります」
と、妙に気合いの入った声を上げていた。
牝なのに、面構えというのが、どうも引っ掛かると圭介自身は思って、苦笑していた。
同時に、いくら競馬に慣れていて、馬を見慣れている坂本とはいえ、こんな産まれたての幼駒の将来まで見通せるとは思っていなかった。
その後、すぐに帰るかと思われた坂本だったが、何故か、
「オーナーくんの馬を見たい」
と言い出した為、仕方がないので、圭介と相馬、美里、真尋が付き合って、厩舎を見せることにした。
一通り、馬房から馬を見た後、坂本は、
「なかなかいい馬を持ってるね」
とだけ感想を言った。
つまり、どの馬が良くて、どの馬が勝ちそうか、と圭介が問いただしても、彼女は笑って、答えてはくれなかった。
現状、厩舎にいるのは、1歳になった仮称「パンツ」ことサクラノキセツの2002、そして美里が妙に可愛がっているキティホークの2002、そして産まれたばかりの幼駒のみ。
3頭ともまだ名前すら決まっていなかった。
果たして、坂本の予言は的中するのか、それともただの
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