第29話 札幌記念の行方
謎のギャンブラー、坂本美雪と出逢ってから、1か月後。
今度は、もう1頭の所有馬がデビュー戦を迎える。
2002年8月18日(日) 札幌4
「果たして、オジョウはジョオウより上なのか、このレースで証明される」
前回と同じように、相馬と2人で、今度は札幌競馬場に乗り込んだ圭介が、パドックを眺めながら、傍らにいる相馬に問いかけるようにして、呟くが、
「考えてみれば、オジョウとジョオウって、ややこしいですね」
と、相馬は呆れ気味に顔を曇らせていた。
「そんなことより、オジョウの様子はどうですか?」
「馬体の調子は悪くないですね。トモも張ってますし、ガレてもいないですし、調子が悪そうには見えません」
しかしである。
1年前のことが圭介の脳裏に浮かぶ。
ジョオウは、10頭立てのレースで、8着。1着はあの憎たらしい山寺の所有馬、ヤマデラックスだった。
対して、オジョウのレースは、12頭立てで、6枠8番。5番人気で12.0倍。馬柱にも〇がついており、前評判としては、決して悪くはなかった。
それでも、馬券売り場に行って戻ってきた相馬の
彼曰く。「本命は別の馬」とのことだった。
そして、案の定と言うべきか。
スタートしてから、比較的好位を追走し、中団グループに割り込んでいたオジョウだったが、コーナーを回って、最後の短い直線に入るとずるずると後退。
そのまま10着でゴール板を通過していた。
(オジョウもジョオウも変わらんな)
圭介の感想である。
10頭中、8着のミヤムラジョオウ。12頭中、10着のミヤムラオジョウ。
彼は己の見立てと、そして「上手くいかない競馬」というもの自体に、少々嫌気が差し始めていた。
そんな彼の内情を覆すように、あの人物が現れる。
せっかくなので、札幌記念を見てから帰ろうと、前回の函館と同じことを言い出した相馬に付き合って、11Rまでひたすら札幌競馬場で粘ることになる。
札幌競馬場のコースの一番の特徴は他の競馬場に比べて、非常に丸っこい円形に近い形状をしていることだ。第4コーナーからゴールまでの距離は266.1メートル。
これはJRA10競馬場の中では函館競馬場の262.1メートルに次ぐ短さだ。そのため、4か所あるカーブがどれも大きく緩やかなものとなっており、コーナーが占めるコース全体の割合も大きなものとなっている。
内側のダートコースも同様のレイアウトであり、走る場所に応じて距離が変わってくることになる。寒冷地用の芝生のみを使っていることから耐久性が低く、シーズンも終盤になると傷んで走りづらいところが目立つようになる。これらの要素が複雑に絡み合う札幌競馬場は、騎手の駆け引きが大きなポイントとなる、レースの見どころの多い競馬場なのだ。
そして、GⅡ札幌記念は、近年「スーパーGⅡ」と呼ばれるくらい、GⅠの実績を持つ有力馬が出走する。夏競馬で唯一のGⅡになっていることから、注目度が高かった。
そんな中、
「やっほー。オーナーくんに、相馬さん」
前回と同じように、馬の妙なデフォルメイラストが描かれた唾広の野球帽のような物をかぶった、坂本美雪が軽快な動きと共に、競馬新聞を持って現れた。
「出たな、美雪さん」
「出たなって、そんな。幽霊じゃないんだから。それより、相馬さんの予想は?」
早速、彼女は予想を相馬に振っていた。
その相馬は、手元の競馬新聞を睨んで唸っていたが、
「去年の二冠馬、リベレーターだな」
と告げていた。
リベレーター。圭介も知っていたが、昨年の桜花賞と秋華賞で勝って、牝馬二冠を達成していた馬だが、エリザベス女王杯では5着、有馬記念では7着と振るわなかった。
リベレーターとは「解放者」の意味だが、圭介にはやはり第二次世界大戦のアメリカ陸軍の大型爆撃機が浮かんでしまう。
そのリベレーターは牝の4歳。7枠13番で、2番人気。単勝5.6倍だった。馬柱には◎と〇がついていた。
「あたしはね。シーファイアかな」
(それも第二次世界大戦の……)
と、圭介が思ったのは、イギリスが誇る名戦闘機、スピットファイアのことである。そのスピットファイアのイギリス海軍版の名前が「シーファイア」と言う。一説にはこの「シーファイア」の意味は、日本語では「
それはともかく、シーファイア。
同年の中山記念(GⅡ)には勝利していたが、その後の宝塚記念では10着、さらに先日の函館記念では15着と惨敗しており、2枠4番で、10番人気。単勝35.1倍だった。馬柱にも△がかろうじてついている程度。
「まさか。シーファイアは来ない」
「いいえ。来るわ」
謎の強気発言をする坂本に、相馬は訝しんでいたが。
「相馬さん。美雪さんの予想は当たると思いますか?」
その坂本がトイレに中座したタイミングを見計らって、圭介は聞いてみた。
「普通なら来ないでしょう。ただし、あの人のことだ。何らかの意図や自信はあるはずです。恐らく馬券には絡んでくるでしょう」
実はこの当時、「3連単」というのはまだなかった。
ワイド馬券は、1999年から始まっており、「3連複」もこの年の夏から始まっている。3連単は、 2004年から後半4レース限定での発売を開始。 2008年から全レースでの発売を開始している。
いずれにしろ、相馬の見立てでもシーファイアは「3着以内には入る」と言うことだろう。
そして、いよいよレースが始まる。
「スタートしました」
まずは、先頭を突っ切るのは14番人気の逃げ馬だった。
相馬が予想した、リベレーターは中団の前目の好位を取ることに成功したが、坂本が予想した、シーファイアはかなり後ろの方、最後方に近い位置にいた。
2コーナーを回って向こう正面に入ると、リベレーターは4番手につけていた。一方、シーファイアはようやく10番手くらいにつける。
3コーナーに入ると、逃げの14番人気馬は、早くも落ちてきて、代わりに他馬が上がる。リベレーターは徐々に進出し、3番手に上がる。
4コーナーに入ると。
「外を回って、今度はリベレーターが伸びてきた」
実況の声に反応するように、場内では歓声が乱れ飛んでいた。
「シーファイア、来い!」
「リベレーター!」
坂本も相馬も叫ぶ中、レース終盤のクライマックスに入る。
「大外からシーファイアが追い込んで来るが、届かない。1着、リベレーター、ゴールイン!」
「よっしゃ!」
珍しく、感情をあまり出さない相馬が喜びの声を上げていた。
その横で、坂本が苦々し気な表情を浮かべていた。
「惜しい! いや、まさか相馬さんに負けるとはね」
「へえ。美雪さんでも負けることがあるんですね。っていうか、相馬さんが勝ったの久しぶりに見ましたが」
無遠慮な圭介の一言に、2人はそれぞれ応じた。
「この人、たまーに鋭いとこ突いてくるんだよね。相馬眼ってのも全くの嘘とは言えないかもね」
「俺にだって、相馬一族のプライドってのがあります」
(いや、そんなプライドを持ってるなら、ギャンブルにつぎ込んで、借金するより真面目に働けばいいだろ)
と圭介は思って呆れていたが。
「で、相馬さん。配当は?」
「ああ。単勝しか賭けてないから、5.6倍×2000円で11200円だな」
「何だ。だから3連複で買っておけばって言ってのに。まあ、いいか。じゃあ、今日は相馬さんの
「嫌だよ。せっかく勝ったのに。そもそも返済で消える」
「えー。ったくダメ人間だなあ」
「あんたに言われたくない」
なんだかんだで、年の差はあるのに、仲が良さそうに見える二人だった。
こうして、ミヤムラシャチョウに続き、ミヤムラオジョウも惨敗のデビューとなる。
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