第27話 函館競馬場にて
そんなこんなで、相変わらずデビューした後に、1勝もできない、ミヤムラジョオウ、ミヤムラボウズにもやもやしている間に、次の世代のデビューがやって来た。
2002年7月21日(日) 函館5
この日、圭介は相馬と2人で、函館競馬場に来ていた。
理由は単純で、
「私は忙しい。あんたが勝手に決めた馬なんだから、勝手に行ってこれば」
と、どうも機嫌が悪い美里を残して、行くことになり、かと言って一人というのも寂しいので、そこそこ馬に詳しそうな相馬を連れて行ったのだ。
だが、函館までの長い道中、デビューするミヤムラシャチョウの様子を圭介が尋ねても、
「さあ。俺が選んだわけではないですし、正直、未知数ですね」
相馬の答えは、どうにも煮え切らないものだった。
確かに、昨年のセレクトセールで、ミヤムラシャチョウという牡と、ミヤムラオジョウという牝を入手したが、実際に、「格安」という理由で、選んだのは圭介だった。事実として彼、ミヤムラシャチョウの落札値段は300万円と安かった。
一方、相馬が「父が重賞を勝ってます」と推挙したのが、この後にデビューを控えているミヤムラオジョウの方だった。もっともそちらも500万円と安かったが。
実は、ミヤムラシャチョウもミヤムラオジョウも、所属は同じ美浦の関厩舎だった。
共に、関調教師が面倒を見てくれる。
函館に着いた。
函館競馬場は、函館中心部にあり、海に近い。時折、潮風が場内に吹きつけてくる。
そして、地方の小さな競馬場ゆえに、札幌競馬場よりもさらに、人が少ない。
来ているのは、コアな競馬ファンだけだろう。
一応、この時期、つまり7月から9月頃までは、夏競馬と言って、主な開催競馬場は札幌、函館(北海道)、福島、新潟、小倉(九州)に分かれる。
その夏競馬の中で、この7月21日は、函館記念(GⅢ)のレースが開催される。つまり、それ目当ての客がほとんどだ。
一応、ここにも馬主席はあるが、観戦人数が少ないことと、せっかくなので、間近で見たいと思った圭介は、柵の目の前に陣取った。
ちょうどゴール付近に近い、芝生席に陣取ることが出来た。
ダートコースは、手前の芝コースの奥にあるため、直接的には見れない位置にあるが、大きなスクリーンが見えるため、そこでも補強はできる。
そして、見守ることになったのだが。
そのレースでは、ミヤムラシャチョウは1枠1番、つまり最内枠を手に入れた。
もっとも、この函館競馬場のダート1000mの特徴として、スタートしてから3コーナー途中まで、緩やかな上り坂が続くことが挙げられる。
1000m戦だが、かなり時計は掛かるだろう。
また、最後の直線は約260mでJRAの10競馬場の中で最も短い。つまり別に最内枠だからと言って有利なわけではなく、むしろデータでは外枠の方が有利という結果が出ていた。
ちなみに、ミヤムラシャチョウの人気は5番人気、倍率は10.9倍。悪くない前評判だった。スポーツ新聞の馬柱には△印がかろうじてついていた程度だったが。
「スタートしました」
さすがにただの新馬戦なので、客からも全然注目を浴びていない。
しかし、
「あちゃー。これはダメだな」
思わず圭介が呟いていたように、スタートから躓いて、最後方から追走という形になっていた。
そのまま、短距離のレースが続き、あっという間にコーナーを回って、最後の短い直線に入る。
騎手は、無名の20代の若い騎手だった割には、持ち直し、最後にはまくって上がってきたが、最終的には8着。
新馬戦で、8着であっても、馬主的には大体100万円ほどの収入は入るのだが、それでも負けは負けだ。
「じゃ、帰りますか」
と、あっさり帰宅を促す圭介に、しかし相馬は首を振った。
「せっかくなので、函館記念を見て行きましょう」
と。
「まあ、いいか。で、相馬さんの予想は?」
常に競馬新聞を持参している相馬は、目を輝かせた。
「俺のオススメは、コルセア。牡の5歳です。直前の目黒記念で2着、その前の日経賞では5着。2000mクラスでは、なかなかですよ」
「ふーん」
相馬が持つ、競馬新聞を横から覗き込む圭介が見たのは、このコルセアという馬の馬柱に〇印がついていたことだ。2枠4番に入っていた。
なお、コルセアとは「F4U」。アメリカ海軍と海兵隊が運用したレシプロ単発単座戦闘機のことを指し、愛称の「コルセア (Corsair)」は、バルバリア海賊の意だという。
どうやら2番人気らしい。
しかし、圭介が気になったのは、1番人気の馬だった。馬柱に◎が多数ついているその馬の名前が、
―ルントシュテット―
だったからだ。
「ドイツの軍人かよ! しかも古い!」
競走馬の名前には、ルールがあり、「著名人のフルネームはNG」とされている。
つまり、過去の偉人であっても「ジョージ・ワシントン」や「ナポレオン・ボナパルト」や「オダノブナガ」などはNGになる。
一方、名前の一部ではOKになる。「ワシントン」、「ナポレオン」、「ノブナガ」などはありなのだ。
圭介はナチスドイツの陸軍軍人で、第二次世界大戦中に軍集団司令官や総軍司令官などを務めた、ドイツ国防軍の象徴的存在である、ゲルト・フォン・ルントシュテットを思い浮かべていた。
だが、このルントシュテットが、4枠8番に入り、単勝3.4倍の1番人気だった。前走は、米子ステークスで1着だった。同じく5歳馬だ。
函館記念は、この日のメインレースだから、11Rになり、発走が15時30分になる。
競馬好きの相馬はそれまでの間、全てのレースに賭けており、圭介はいちいちそれに付き合わされていた。
結果は、五分五分。つまり、勝ちと負けがほとんどイーブン。この結果を持ってしても、やはり圭介は、
(相馬さんに本当に相馬眼があるのか、やっぱりわからない)
と思うのだった。
そして、函館記念のレースが始まる。
「スタートしました。まず
粛々とレースが始まったかと思ったが。
この函館競馬場の芝・2000mは、欧州で使われる緑が鮮やかな洋芝が使われているのが大きな特徴だった。
これは芝の根付きの関係で野芝より馬場が柔らかく、非常に時計が掛かると言われる。その為、欧州血統やパワータイプの馬が活躍する傾向にある。
さらに洋芝が使われている札幌競馬場が、勾配の殆ど無い平坦コースなのに対し、函館競馬場は緩やかながらも最大高低差3.5mのアップダウンがある。加えて、約260mでJRAの10競馬場の中で最も短い最後の直線の部分はほぼ平坦。豊富なスタミナと、先行力が好走には求められる。
コースはスタートからホームストレッチを通過し、4つのコーナーを回って、またホームストレッチを通過してゴールする右回りのコース。
そんな中、相馬が推していたコルセアは中団の好位につけており、そのすぐ後ろにルントシュテットがいた。
また、スタートから最初のコーナーまではかなり長く、先手争いはそれほど激しくならない。
「さあ、最終コーナーを回って、各馬が一斉に動く」
実況の声が淀みなく場内に響く。
「先頭に立ったのは、4番のコルセアだ」
「おお」
一瞬、圭介が驚くほど、コルセアが押して、内枠から前に出ていた。
しかし、
「おら、ルントシュテット、何やってんだ! 池田! てめえ、関西から来てんだろうーが。意地見せろや!」
やたらと気合いの入った声で怒鳴っている声が、すぐ近くから聞こえてきて、圭介は思わず振り返っていた。
その声が、女性の物だったからだ。
そこには、ロングの髪を振り乱しながら、右拳を握り締め、左手に競馬新聞を持って、叫ぶ容姿端麗な若い女性がいた。
その女性は、少し細い狐のような目をしていたが、鼻筋は通っており、見た目には綺麗なのだが、その表情は鬼の形相だった。
特徴的な馬のデフォルメイラストが描かれた野球帽のような唾広の帽子をかぶり、白いシャツの上に、薄い夏用のカーディガンを羽織っており、下は丈の長いスカートを履いていた。
ちなみに、池田とは、ルントシュテットに乗っている、池田
そして、
「大外からルントシュテットだ! すごい脚で迫ってくる!」
「よっしゃ! 行け! 差せ!」
相変わらず所構わず叫び続ける女性。ある意味、今よりも女性が珍しく、中年のおじさんばかりだった競馬場では、珍しい存在で目立っていた彼女は、注目を浴びていた。
「かわすか、かわした! ゴールイン! 2着はコルセア!」
「よっし!」
右拳でガッツポーズを取る彼女。
その彼女と、圭介というより、相馬の目が合っていた。
「あれ、相馬さん?」
「おう、久しぶり」
「えっ? 知り合いですか?」
圭介の方が驚いて、目を見開いて相馬を見ていた。
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