第26話 宮村美里の予感
同年7月。
すでに3回目となる、セレクトセールへの参加となった。
場所は、一昨年、昨年までの苫小牧と異なり、
そこのオーナーブリーダーの牧場を借りて、開催となった。
例年と同じように、圭介は美里と相馬を連れて行くことになる。真尋と結城は留守番兼馬の世話だ。
そして、例年のように、多くの馬主、もちろん山寺や長沢の姿もあったし、参加した仔馬たちの血統ももちろん素晴らしいものばかりだった。
そんな中、普段はあまり馬に関して、自己主張しない美里が珍しく、強気に発言した。
それは、パドックのようになっている場所で、一通り、対象となる仔馬を見て、セリ会場となる建物へと移動する前のことだった。
「キティホークの2002ってのがいいわ。ううん、絶対あれを買うこと」
いつになく強い言葉で、主張する彼女に、圭介は半信半疑で尋ねる。
「どうしてだ?」
美里曰く。
「父はヴィンディケイター。母はキティホーク。この間、種付けした馬と同じ父だけど、この母のキティホークも重賞を勝ってるわ。血統も零細じゃないし、この仔にもダートの血が産まれるかもしれない」
「なるほど」
「そして、何よりも」
「何よりも?」
「可愛い!」
「はっ?」
「だから、可愛いんだって。さっきのあの仔の目、見た? 円らな瞳でじっとこっちを見てたのよ」
まるで真尋のようなことを言う美里だが、確かに、圭介も気づいていたが、そのキティホークの2002は、当歳(0歳)の牝の幼駒だった。
まだ生まれて1年も経っていない幼駒だが、その小さなポニーのような浅黒い色の仔馬が、何故かじっとこちらを見ていた。
いや、正確には「美里を」見ていた。馬の気持ちなどわからないが、美里に何か感じていたのかもしれない。
彼女も、そんな仔馬の視線に何か感じるものがあったのだろう。
「まあ、値段次第だろう」
と、購入に関しては、一際慎重になる、オーナーの圭介だったが。
「さすが、姐さん。お目が高い。キティホークの2002はいいですよ。きっと将来、いい馬になります」
「ですよね。さすが相馬さん」
と、相馬まで美里の機嫌を取るように持ち上げていた。
そして、セリに入る。
「では、キティホークの2002。300万円から入ります」
司会の蝶ネクタイの男がマイク片手に語り出す。
たちまち、客席から声が飛んだ。
「500万円!」
「700万円!」
「800万円!」
次々に飛び交うセリの声と雰囲気に押され気味の子安ファームの面々だったが、不意に美里が手を挙げて、声を高らかに上げた。
「1000万円!」
「おおっ!」
歓声が響く。
「おい、美里。1000万円はちょっと……」
と、圭介は勝手に決めようとする美里を制しようとするが、彼女は手で制して、
「黙ってて。2000万円まで行ったら降りるから」
有無を言わさず強い口調で言ってきた。
一応、このセリに入る前に、圭介は、
(限度は2000万円まで)
と指示していたから、別に約束違反ではないのだが、美里が妙に強気なのが彼は気になったのだ。
そして、展開は面白いことになっていく。
「1200万円!」
手を挙げたのは、あの山寺久志だった。
一見、ハーフのようにも見える容姿端麗な顔が、ニヤリと口元に不敵な笑みを浮かべて、美里を見ていた。
さらに、
「1400万円!」
次に手を挙げたのは、同じくライバル馬主の長沢春子だった。
場内が静かに、少しずつどよめいていく。元々、このキティホークの2002は、それほど評価が高くない、と思われていて、前評判が低かったのだ。
ついに、
「1500万円!」
美里が手を挙げた。
再びどよめく場内。
「1500万円出ました。他にいませんか? 1500万円~」
独特の節をつけるように、呟く司会者。
しかし、ここでさらにヒートアップするかと思いきや、ライバル馬主たちは誰も手を挙げなかった。
「では、キティホークの2002。子安ファームさん落札です」
カーンと鐘が鳴り、落札が決まる。
瞬間、美里が席からガッツポーズを作っていた。
(そんなに欲しかったのか)
と、圭介は内心、不思議に思うのだった。
なお、他の馬主が引いた理由は、このキティホークの産駒に、今まで優秀な馬がいなかったからだ。
つまり「期待値」は賭けていたが、「のめり込む」ほどの馬ではないと判断したようだった。
ともかく、このキティホークの2002を引き取った美里が、この馬を迎えに馬房に行くと、
「良かったねー。君はウチの子だよ」
まるで、真尋のように抱き着いて、目を細めて可愛がっていた。
宮村美里の相馬眼は正しいのか、それとも単なる「勘」なのか。結果は数年後に判明することになる。
こうして、彼らはキティホークの2002を入手する。今まで1歳の幼駒ばかり手に入れていたが、0歳の仔は初めてだった。
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