第22話 女王のデビュー

 その後、買い取ったミヤムラシャチョウやミヤムラオジョウの世話をしながらも、徐々に牧場施設を改修したり、訓練施設を強化しながらも、夏を過ごした。


 北海道の夏は、内地に比べて過ごしやすいし、それ故に「夏競馬」と言って、道内開催の競馬も多かった。


 そして、その「夏競馬」に、彼女がデビューする。


 2001年9月2日(日) 札幌4Rレース 2歳新馬戦(ダート・1000m)、天気: 晴れ、馬場:良


 今度は、「ミヤムラジョオウ」のデビューだった。


 しかも、地元、北海道の札幌競馬場だ。


 通常、この「札幌競馬場」での開催は、夏の間、つまり7月下旬から9月頭くらいまで行われるが、この日が、この年の札幌開催の最終日だった。


 圭介は、

「札幌なら、近いんだから行かないとダメ」

 と、半ば強引に美里に命じられ、仕方がないので、彼女と真尋、相馬を連れて車で札幌競馬場に向かった。結城のみ、牧場に残って馬の世話をすることになった。


 札幌競馬場には、学生時代を含めて、何度も来たことがある圭介だが、オーナーブリーダーになってからはほとんど来ていなかった。


 懐かしい思いを感じながらも、圭介は、パドックに向かった。

 

 パドックからミヤムラジョオウを見た感じでは、ガレてもいなかったし、そこそこ調子が良さそうに見えた。馬体重も悪くない。


 その後、馬券売り場に並ぶ。


 今回は、彼の中では、ミヤムラボウズより期待値が高かったのか、単勝で1000円を賭けていた。もっとも人気では最低の10番人気、単勝倍率は250.6倍もあった。もちろん馬柱には印すらついていない。


 それでも1000円という馬券の金額を見て、美里は、

「ケチくさい」

 と、ばっさり言っていたし、真尋は、


「あはは。まあ、いいんじゃない」

 と、無邪気に笑っていた。


 相馬は、相変わらず無言で、競馬新聞を眺めていた。


 一応、馬主に当たる彼らは、通常の客席とは異なる、「馬主エリア」という部分を使え、そこにある馬主席から競馬を眺められる。

 通常の席より豪華な椅子が配された、その座席に、真尋は、


「すごい。セレブ感があるね」

 と、感動していたが、相馬は、


「次のレース。5番と9番が来ますよ」

 早くも、直前に迫ったレース、つまりミヤムラジョオウの発走レースの予想をしていた。しかもその5番と9番は、いずれもミヤムラジョオウの番号ではなかった。


 そんな中、レースがやって来る。


 今回は、ミヤムラボウズの時と違い、10頭立てで、ミヤムラジョオウは6枠7番と真ん中あたり。


 札幌競馬場のダート・1000mは、右回りの高低差が殆ど無い平坦な小回りコースで、最後の直線が約260mと短い。その為、前残りのレースになる事が多い。


 コーナーが緩やかなカーブを描いており、1000mの短距離戦だが大きくスピードが落ちる事は無い。


 つまり、「小倉競馬場の芝・1000m」と形状では大差がない。


 これでいい成績を残せば、ミヤムラジョオウはミヤムラボウズより実力が上だとわかるはずだ。


 そんな期待値を込めて、圭介は観戦した。


 ちなみに、騎手は、ミヤムラボウズの時と同じく、特に指定はしていなかったが、40代のベテラン騎手だった。


「スタートしました。まず先手を取ったのはマジョリティー……」

 ダートの上を、土煙を上げながら馬たちが走り抜けるが、ミヤムラジョオウは、やはりと言うべきか、後方からのスタートになっていた。


 1000mは、競馬においては、かなりの短距離レースになり、実力差が現れやすい。というより、逃げや先行が有利と言える。


 つまり、出遅れた時点で、勝敗の何割かは決まっているようなものだ。


「外を突いて、ヤマデラックスがマジョリティーをかわしてゴールイン!」

 実況中継の声を聞いて、圭介は早くも嫌な予感がしていた。


 そして、ミヤムラジョオウのデビュー戦は8着と終わる。


 その嫌な予感が、やはりと言うべきか、向こうから近づいてきた。

「はっはっは。どうだね。我がヤマデラックスは。こんな新馬戦など、彼にとって、通過点に過ぎないのだよ」

 その尊大な態度としゃくさわる笑い声で、すぐに誰だかわかる。


「山寺さん」

「君のところの……。ミヤムラジョオウか。ふざけた名前だし、相手にもならなかったな」


「いや、あなたのところのヤマデラックスも、十分ふざけてるでしょう」

 美里がここぞとばかりに食ってかかる。

「何だと」


 言い争いになり、不敵に笑顔を浮かべならがも、互いに睨み合うような形になっている二人に、割って入ったのは、意外にも真尋だった。


「まあまあ、二人とも。ジョオウちゃんは、これからの馬ですからねえ」

「これからだと。これだから素人は。この新馬戦がすべてを物語っている。断言しよう。ミヤムラジョオウは活躍できん」


「そんなことを言うからには、根拠はあるんでしょうね」

 突っかかる山寺に、美里は問いかけていたが、


「僕の勘だ」

 と言われると、溜め息を突いていた。


「勘? 馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿馬鹿しいとは何だ、まったく」


 なんだかんだと自慢話を告げてから、山寺は去って行った。


「相変わらずムカつく男ね」

 吐き捨てるように言う美里に対し、圭介は、先程の真尋の発言を気にしていた。


「真尋。さっきの『これからの馬』ってのはどういう意味だ?」

「そのままの意味だよ、オーちゃん。ジョオウちゃんはね。大器晩成型だと私は見てるんだ。ちゃんと育てれば、きっといつかは重賞を勝つくらいの馬にはなると思う」

 牧場長兼厩務員にして、馬のことを誰よりも愛しているような、真尋の言葉には、謎の説得力がある。


 圭介には、その一言が、まるで「予言」のように響くのだった。


 ちなみに、勝ったのは5番のヤマデラックス、2着が9番のマジョリティー。つまり相馬の予想通りの結果だった。


「よし! 馬連うまれんで8400円!」

 密かに勝ったことを喜んでいた相馬を横目で見て、圭介は、


(この人、相馬眼があるのか、ないのか、マジでわからん)

 と内心、思っていた。


 そもそもこのミヤムラジョオウを初めてのセールで推薦したのが、この相馬だった割には、彼はミヤムラジョオウに賭けていなかった。


 もっとも、その理由は、後に判明することになるのだが。


 女王のデビューは、こうして不本意に終わるのだった。


 季節は一気に流れて行く。

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